(2)日常の裏側で-1
時間を変えてみよう。僕の手の中にあるのはもう言葉だけ、でも言葉の上でなら、どんなことでもできるのだから。
あの日、初めて『変身』した日、初めて『怪物』と遭遇した日、『ウーティス』に出会ったあの日。
怪物と戦ってから、僕はできるだけ人に見られないように、周囲を気にしながら家に帰った。もっとも、どう注意したところでたいして変わりもしなかった。
家に着くと、僕はついてきたウーティスに「後で呼ぶから」と念を押してガレージの屋根に投げ上げた。そこから二階にある僕の部屋に入らせるってわけだ。もちろん、周りに見られないように、慎重に確認してから。
ただいまも言わずに家に入ると、大急ぎで自分の部屋に駆け込み、窓を開けて、待ち受けていたウーティスを部屋の中に放り込んだ。
とりあえずベッドの上で布団をかぶせておき、僕は体操服を脱ごうとした。右肩のあたりで痛みがしたけど、かまわず、一気にそのまま脱いだ。体操服にはべっとりと血糊がついていて、それが肌から引きはがされるとき、ずきりと痛んだのだった。
僕は適当なシャツを着込んで居間に走り、棚の中から消毒液と一番大きな絆創膏を持ち出した。そこにいた祖父が何か言いかけたようだったけれど、僕は無視して風呂場に向かった。
そして全身の血と泥を洗い落とし(傷口は痛くて仕方がなかった)、めいっぱい消毒してから絆創膏を貼った。しかしいくら洗っても血がとれないような気がして、痛みに耐えながら傷口のあたりをごしごしとぬぐいまくった。
他にも細かな擦り傷が手足のあちこちにできていたけれど、そちらにはほとんどかまっていられなかった。すっころんで膝をすりむいたりしたときにも、同じように消毒して絆創膏を貼っていたけれど、それがこの肩の傷にも正しいやり方だったのかは分からない。
どうしたって、僕にはこうする他になかったのだから仕方がなかった。結果的には、痛みに苦しんだことと、家族に対するいいわけをするハメになったくらいで済んだ。
まず祖父に対して、僕は転んだと答えた。しかし、その傷が多すぎるために、しつこく迫られて、僕は「たいしたことないって」と何度繰り返したか分からないほどだった。
そして、珍しく僕と祖父だけでなく父も加わっていた夕食の時にはまた怪我の話が蒸し返され、僕は転んだせいだと言って、何でもないと繰り返した。父や祖父がそれで納得したかどうかは僕にとってはどうでもよかったし、どうしようもないことだった。
僕が本当に何を体験したのか、何によってそんな傷ができたのかは、話してもしょうがない、いや、話してはならないに違いなかったのだから。
そういう思いは、夕食の後、やっとじっくりと、ウーティスと名乗ったウサギだかなんだかよく分からない角の生えた毛玉と話をしてから、ますます強くなった。僕は何かに巻き込まれていて、それはとんでもないことなのだと、はっきりと理解したからだ。
話を疑う気は全く起きなかった。身をもって体験していたのだから、そうするほかなかったと思う。




