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(5)最初の戦い-5

 怪物はまた立ち上がった。


 ――きりがないね。


 僕が言おうとしたことを、いつの間にかすぐ脇にいた毛玉が先に口にした。


 ――もっと派手に力を使いなよ。必殺技ってやつでとどめを刺すんだ。分かるでしょ?

 ――使うって、どうやって……

 ――体が、力が教えてくれるんだよ。やってみなって。


 『やってみる』というのがどういうことなのか、僕には分からなかった。しかし分からなくても、毛玉の言う通り、体がこわばって、勝手に動くようだった。


 両手を合わせて腰にため、その手を離していくと、その間を火花が飛び、光の球が現れた。力を込めて(それがどういうことかは僕自身にも説明できない)、そして両手を大きく開いていくにつれて、光球も大きくなっていった。


 ――カリュブ、ディシーラ……


 口をついて出たのは、僕の知らない言葉だった。後は、口と同じように体が勝手に動いていた。両手はもう肩幅を超えるくらいまで大きく離され、その間にある光球も、それだけ大きくなっていた。太陽がそこに現れたかのように、木々の間で薄暗かった周りが明るくなっていた。


 ――ストォーム!


 僕は光球を担ぎ上げ、最後の言葉を叫び(その必要があったかどうかは、このときの僕にとっては思考の埒外だった)、体を反り返らせ、そして怪物に向かって投げつけた。


 光球は地面に衝突し、音もなく光が炸裂した。そして木々を揺らし草葉を舞い散らせる爆発が起き、ようやく爆音が聞こえた。一陣の爆風が僕(たち)のところにまで到達し、目を開けていられないほどだった。


 光球が着弾した場所には自動車がすっぽり入りそうなほどの大きなクレーターができ、そこにあったはずの木々は完全に姿を消していた。怪物も消えてなくなってしまったのか、と思った瞬間、視界の外から咆哮が聞こえた。


 外したのだ、間抜けにも――などと考える間もなく、


 ――何やってるんだよ!この……


 毛玉の叫び声にも怪物にも背を向けて走った。手袋、ブーツ、マント、スーツが、ぼろぼろと崩れていっているのが分かった。さっきので、さっきの『必殺技』で、力を使い果たしたからだと、何の説明も必要とせずに理解していた。


 怪物の足音が迫ってくるのを、聞くというよりも感じながら、僕は走り、進路を妨害する太い木の枝のへし折った。いよいよ僕の体を覆っていた衣服(と言っていいのかどうか)がほとんど消えてなくなりそうになった瞬間、僕は振り向いた。


 迫り来る怪物の大きく開いた口に、手に持っていた木の枝が突き刺さった。怪物は僕に飛びかかろうとしていたらしく、その勢いのまま木の枝は怪物の口から背中までを刺し貫いた。糸が切れたかのように怪物は動きを止め、その場に倒れ伏した。


 汗びっしょりになり、ついでに血も流しながら、素っ裸で呆然と息を荒げて立ち尽くす僕の足下で、怪物の体がほの明るく光を放ち始めた。怪物の体は溶け出すように光の粒へと変化し、どんどん小さくなっていった。


 その光の粒は、僕を追いかけてきた毛玉の角に集まっていった。呆然とする僕の前で、毛玉は何か儀式でもしているように、目を閉じて、厳かな様子で怪物から現れ出た光の粒を集めていき、そして最後には、犬らしい犬の死体と、それを見下ろす何の動物にも似ているようで似ていないような毛玉と、それらを見下ろす全裸の僕が残った。


 ――やったじゃないか、アンティノス。

 ――何なんだよ、その名前……それに、どういうことなんだよ、あの怪物とか、さっきの僕の格好とか、あの力とか、とにかく……

 ――全部説明してあげるよ、アンティノス……じゃなくて、今はシズカかな。シズカ、君は選ばれたんだ。特別な力、ヒーローになれる力にね。


 毛玉は僕を見上げ、にっこりと笑った。そんなものを見せられた僕は、とても笑う気になんてなれなかった。


 ――まずは帰らなきゃね。君の家に。

 ――君も、来るの?

 ――もちろん。でも安心してよ、他の人には見つからないようにするから。

 ――へえ、そう……君の……名前は?

 ――僕かい? 僕はウーティス。僕を知っている連中は、みんなそう呼ぶのさ。


 毛玉、いやウーティスがまた笑った。僕は大事なところを手で隠しながら、山の中に置き去りにした荷物を探しに山を下りた。


 幸いにも体操服があったから、素っ裸で家に帰るという最悪の事態だけは避けられたということに、心底安心していた。もっとも、下着なしで体操服を着るというのは、それはそれで嫌な感触を残すことだったのだけれど。


 しかしいずれにしろ、これで終わりはしないだろうと予感できるくらいには、僕は馬鹿ではなかった。すっかり日の落ちた空を見上げ、ここまで帰るのが遅くなったことを、血のついた手を、きっと家にいるはずの祖父にどうやっていいわけをしたものかと考えながら、僕は、ウーティスと名乗った毛玉とともに、山の中に何本かのへし折れた木と、口から背中を木の枝に貫かれた犬の死体を残して、帰り道を歩いていった。

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