(5)最初の戦い-4
――あ……
息を飲み込んで、僕は声を絞り出した。そして、威嚇するように吠え声を上げて、今にもこちらに迫ってきそうな様子を見せた怪物をしかと見据えながら、僕は叫んだ。
――アンティノース! オルタレーション!
一瞬静まり返り、風が木々を揺らす音が聞こえた。僕も、毛玉も、怪物も、動きを止めた。
恥ずかしさが心の底からわき上がってきて、毛玉に何かとてもひどい言葉を浴びせかけようとしたとき、下腹部の光が強まり、そして大きくなって、僕の周囲の空気が渦を巻き始めた。そしてとてつもない嵐が僕の周りで巻き起こり、僕の着ていた服を残らず細切れに引き裂き、今度はまた別の恥ずかしさのせいで、僕は慌てて股間に手を当てていた――間抜けというか、無様にもほどがあるという有様で。
しかし次の瞬間には、下腹部の光が帯になって僕の体に巻き付いていき、僕の心配は必要なくなったわけだけれど、結局は別の問題が待っていた。
光の嵐が収まると、僕はほんの数秒前とはまるで違う格好になっていた。赤い肘まである手袋、膝近くまであるブーツ、マント、それから、体を覆うスーツ――ただし足の付け根が切れ上がっていて、僕の体の線にぴったりと張り付いている。だから股間の膨らみまで丸見えで、しかもそのスーツやらブーツやらは確かにそこにあるのに着ているという感触が全くなかったものだから、まるで何も着ていないかのようだった。おかげで余計に恥ずかしさが増したというのは、もう言うまでもないと思う。
――やったぁ! 完璧じゃん!
毛玉がはやし立てたけれど、僕は恥ずかしさと、結局のところ何がどうしたのか、何が起きたのか全く分からず、唖然としたままだった。
――何、これ……
――君の戦士としての姿だよ、アンティノス!
毛玉が口にした音の並び、無意識に僕の口をついて出た僕自身が叫んだ声、それが表すアンティノスという名前に、僕はただ立ちすくんでいた。
怪物が飛びかかってくるのに気がついたのは、その爪が、とっさに上げた僕の右腕に突き刺さる寸前のことだった。怪物の爪は手袋を突き抜けて腕に達し、激痛が襲った。
しかし、それはほんの一瞬のことだった。倒れ込みながら僕は闇雲に左腕を振り回し、それが怪物の頭に突き刺さると、怪物は冗談じみた勢いで吹き飛び、山の斜面を転がり落ちていった。
僕は呆然としながらも、手袋に開いたはずの穴がないことと、ほんの一瞬前に感じたはずの激痛が、綺麗さっぱりとなくなっていることに気がついた。
そして怪物をぶっ飛ばしたあの感触を思い返し、何が起こったのかということを、少しずつ理解していった。自分が何か、とんでもない力を得てしまったのだと。
――さっさと、とどめを刺しなよ!
毛玉が叫んだ。呆然としながらも、毛玉の言う通り、この状況をさっさと終わらせなければならないと思い、僕は怪物の転げ落ちていった方に向かった。一歩一歩、これまで感じたことがないほど、自分が力強く地面を蹴っているのが分かった。全身に、特別な力が満ちていた。
しかし、怪物が落ちていったあたりにたどり着いても、そこに怪物の姿はなかった。はっと気づいた瞬間には、真上から怪物が降ってきて、僕はうつぶせに組み敷かれた。もう驚くよりも先に体が動いていて、とにかく振りほどこうと体をよじり回していた。
土と葉と草にまみれて斜面を転がり落ちながら、ちょうど木に激突した瞬間に、怪物がその牙を僕の肩口に突き立てていたのに気がついた。とっくにその牙は深々と突き刺さっていたのにそれまで気づかなかったのは、その痛みを感じなかったからだ。きっと体を覆うスーツのせいだった。
いや、正確に言えば、痛みは繰り返しやってきた。牙を突き立てられても痛みは感じなかったけれど、牙が少しずつ体に食い込んでいくたびに、一瞬だけの痛みが現れる。しかし痛がったその次の瞬間には痛みは消えてなくなってしまっていた。それが繰り返された。
痛みが次々に、消えてはやってくる。そんな体験や傷口から流れ出した自分の血の暖かさにぞっとすることは忘れて、僕はとにかく転げ回った。
どれほど暴れてからか、闇雲に振り回した拳が怪物の顔面に命中し、ようやく毛むくじゃらの怪物にまとわりつかれるという不快にもほどがある感覚から逃れることができた。
もう自分の格好にも、汗一つかいていないのに荒くなった息も、血の感触にもかまわなくなって、ただとにかく、この場からどうにかして逃げたいという思いだけがあった。




