(5)最初の戦い-3
毛玉はいつの間にか僕に飛びついていて、肩の上に乗っていた。しがみついていたと言うべきかもしれない。
そんなことはお構いなしに、後ろからは何度も咆哮が聞こえた。あの白い大きな犬のような化け物は木々に激突しながら僕を追いかけているらしく、派手な音が後ろから聞こえていたけれど、振り返ることもできないまま、僕はただ必死に逃げ回っていた。
――何だよあれ、いったい!
――だから敵だって言ってるじゃないか!
――君の、だろ? 僕に関係なんか……
――そんなに物わかりのいいやつじゃないからね。もう、僕も君も一緒さ。
――じゃあ、どうすればいいんだよ!
次の瞬間、怪物が目の前に躍り出てきた。そのはずみで、木が一本、僕の目の前で根元からへし折れた。もはや僕の足は震えるばかりで、一歩ずつ、唖然とするほどゆっくりと後ずさることしかできなかった。
――どうって、決まってるでしょ?
そんな僕のぶるぶる震える肩から毛玉は飛び降りて、僕の足下に立った。そして、その顔を僕の方に向け、にやりと目を細めて笑い(ああ、確かに笑っていた)、
――戦うのさ。
そう言った。汗が一筋、たらりと頬を伝って流れ落ちていくのを感じた。
怪物が咆哮を上げ、真正面から飛びかかってきた。僕はなすすべなく仰向けに組み伏せられ、唾液を垂らしながら怪物の大きく開いた口が眼前に迫ってくるのを認めたころには、もう終わりだと思った。
心の器の底が抜けたように、あらゆる感情が頭から胸の奥を流れ落ちていき、恐怖すらもどこかに消え失せた。ところが、僕の思いに反して、まだ終わってはいなかった。
待ち構えていた痛みも熱も寒気も現れないことに気づき、いつの間にか固く閉じていた目をおそるおそる開けてみると、すぐ前に怪物の大きく開かれた口があった。その口からはよだれがしたたり落ちるところで、その汚らしい液体が僕の顔に垂れてきた。しかし、それだけだった。
――こんなのは一回だけだからね、覚えておいて。
毛玉がじとりと僕をにらみながらそう言うのが聞こえた。すると、怪物が吹き飛ばされて木にたたきつけられた。いつの間にか僕の体は光――僕が目にした、あの光だ――に包まれていた。
その光は、僕の顔を見下ろす毛玉の、その角から放たれていた。ああこれがそうだったのかと、僕はひどくぼんやりとした、波も立たないような思いでそれを見つめた。
そしてその光はだんだんと弱まっていき、毛玉の角と、僕の下腹部のあたりだけに光は収まっていった。
――さあ、立ちなって。君は選ばれたんだから。
――え、選ばれたって……何のこと?
下腹部が輝くという異常な状況を見つめながらどうにか立ち上がった僕に、足下にいた毛玉が言った。
――君は選ばれたんだ。特別な力、ヒーローになれる力にね。
それを聞いて僕がどう思ったかと言えば、何も思っていなかった。頭と胸の中にあったのは、ただひたすらに訳の分からなさだけだった。
でもようやく、この状況、つまり、木に激突していた怪物がまたゆっくりとこちらに向かってきているという状況を、どうにかしなければならないと思った。
そしてそうするための方法を、どうやらこの毛玉が知っているらしいということに思い当たると、ようやく、僕は毛玉に向かって言った。
――ど……どうしろって言うんだよ。
――唱えるのさ、言葉を。君にはもう、分かってるはずだから。そうだろ?
確かに毛玉の言う通り、僕はどんな言葉を口にすれば、どんなことが起きるのかを知っているような気がした。頭で理解するというよりも、僕の下腹部の光に引きずり出されるられるように、言葉が、胸の奥からわき上がってくるようだった。




