(4)特別な夕方-3
あんまり暗くなる前に、という約束をしていたから、空が真っ黒くなる前に、僕たちは祭りから帰ることになった。もっとも、ずいぶんと日は落ちていて、鹿屋さんと並んで降りていった参道は暗かった。だんだんと遠ざかっていく夏祭りの喧噪が、妙に寂しく耳の中で響いていた。
名残惜しさよりも、鹿屋さんと過ごせた時間が与えてくれた高揚感の余韻に浸りながら、僕は彼女と別れた。いつもの朝なら合流する場所で、家まで送るという彼女の言葉をどうにかして断るために、延々と押し問答をした末に。
僕にすればその空の暗さはどうということもなかったけれど、彼女にとっては心配の種になるらしかった。
何も起こるわけがない、何も変わるわけがない、そんな夜だと僕は思っていた。違うのは、それまで過ごした時間が、自分一人や他の誰かとでもなく、鹿屋さんとのものだったというだけだと思っていた。
だから、そんな時間の余韻の心地の良さこそあれ、彼女が心配するようなことや、悪い予感なんて、僕の心の中には影すら見せなかった。ようやく説得に応じてくれた鹿屋さんが見せた微笑と、「また明日ね」という言葉が、今はもう遠くかすかな祭りの喧噪に加わった。
一人で暗い帰り道を歩いている間も、ずっと僕の心は弾んでいるみたいだった。楽しさやうれしさはまだ思い出にもならずに、今そこにあるものとして、心の中で重みを持っていた。
なぜこんなにも心が晴れやかになるのか、そのときの僕には分からなかった。でも、きっと明日もこの先も、こんな気持ちが、大小こそあれきっと変わらずに続いていくのだと思うと(愚かにも、僕は本当にそう思っていた!)、本当に、たまらなくうれしかった。
僕がそんな気持ちでいた、帰り道の三分の二ほどを歩いた頃のことだった。団地に向かう坂道を歩いている途中、ふと僕は振り返った。別に何の意味や意図があったわけではなかった。あったとしても、ただなんとなく、きっと暗い夜の中にある街(というほどの光の賑わいはない)を見ようとしたくらいのことだった。
控えめな夜景が見えた。遠くの小高い山は、まるで昔見た夜の海のように、ぽっかりと真っ暗な影を作っていた。
そのとき、僕は見たのだった。その山の中腹で、大きな光が輝くのを。
比喩でも何でもなく、僕は確かに見た。光はまず三秒くらいかけて大きくなっていき、その後、大きくなったり小さくなったりを何度も繰り返した。その光は白くて、何にも似ていなかった。街灯にも、車のライトにも、そのほかの何にも。そして十秒ほどたつと、すうっと小さくなっていき、やがて消えた。
あまりにも遠かったし、その場所は夕闇に覆われていたので、光の他には何も見えなかった。ついでに言えば、その光と結びつくような音も聞こえなかった。
頭の中が感嘆符と疑問符でいっぱいになって、僕はその光の源だったものを、必死に目をこらして探してみたけれど、もう何も見えなかった。山火事とか誰かが持っていた明かりとか、思いつく限りのことと記憶の中にある光を照らし合わせても、全く当てはまりそうになかった。
不思議なことだと僕は思った。そのくらいにしか考えず、それがどんな意味を持っていたのか、僕はまだ知るよしもなかったし、何の予感も起きなかった。
その夜は、そんな出来事も、明日鹿屋さんに話そうかどうかという思いの中にしまい込まれ、不思議だと感じた心も、早々に胸の奥の方に隠れていった。
鹿屋さんと過ごした時間の余韻はずっと続いていたけれど、家に帰ったとき、意外にももう帰っていた両親に、遅く帰ったいいわけをする羽目になって、最後になってこの素敵な夜にけちがついてしまった。結局こうやって両親が僕の枷になっているのだと内心舌打ちしながら、僕は謝らされ、食事を済ませるとすぐに風呂に入ってベッドの布団の中に潜り込んだ。そして豆電球の明かりを見つめながら、僕が今日どれほど素晴らしい時間を過ごしたのか、その余韻を心の中からかき集めて、感慨に耽った。
そして、あの光のことは、鹿屋さんにもやっぱり秘密にしておこうと考えたあたりで、僕の意識は眠りの中に落ちていったのだった。




