(4)特別な夕方-1
さて、ようやく僕が待ちかねた時間がやってきた。それまでの間にはいろいろあったけれど――学校での激怒とか、集中できない読書とか、辺根さんと歩いた帰り道だとか、自分の部屋で時間をつぶしてくれたゲームとか、夕方から出かけることについての、そして遅くなるかもしれないとか言ったりした祖父とのやりとりとか――、全部省いて語ることも許されるのではないかと思う。
楽しいことも、愉快とはとても言えないようなことも、まだまだたくさん残っていることだし。
まずは楽しいことから。僕が待ち合わせの場所たどり着いたのは、約束した時間よりも遙かに前だった。時計の長い方の針が、半分以上ぐるりと回るだけの時間が残っていたくらいに。
祭りはもう始まっていて、参道の階段の下にも屋台が出ていた。空はまだ明るくて、雲のほとんどない空は、だんだんと夕焼けの色に染まりかけている。人はいくらか集まっていて、朝とはまるで違う賑やかな雰囲気だった。
そんなとき、僕はたった一人、早足でやってきたせいで息を切らしていた。暑い空気のせいで汗まみれになってしまっていて、時間つぶしに入った、道路を挟んで向かいにある書店の冷房が心地よかった。読みもしない雑誌の見出しや、文庫本の背表紙のあらすじを見たりしながらも、僕の胸は、運動が原因ではなく高鳴り、高揚感に満たされていた。
僕は何かを期待していた。何を、かは分からない。むしろ、何を期待しているかとはっきり言えるほど固まったものではなく、曖昧なままだったのかもしれない。そしてその期待は、約束の時間ぴったりにやってきた鹿屋さんの姿によって、はっきりと応えられたに違いなかった。
僕は慌てて書店を出て、じれったい信号に待たされ、やっとの思いで彼女の前にたどり着いた。彼女が僕に気づいたのは、僕が彼女に向かって駆け出したときのことだった。信号が青に変わるのと同時に。
息を弾ませて駆け寄ってくる僕を、彼女はどう思っただろうか。少なくともそのときの僕にはそんなことを考える余裕はなかったし、今もわかりはしない。想像はできるにしても、そしてそれが間違っていても。
遠くからでも一目で彼女だと分かったはずのその姿は、不思議と、近づいて見るまで、普段とは全く違っていることに気づけなかった。
いつも僕が目にする高校の制服は家に置いて、アイボリーの短いスカートのように見えるズボンのようなもの(キュロットスカートとか言うらしいと知ったのは後になってからのこと)を履き、上には青い柄の入ったサイズの大きなTシャツをゆったりと身に着け、肩から小さなバッグというかポーチを提げていた。
僕はいつも通りの、というか朝と同じ格好で、彼女は、少なくとも僕にとっては、『いつもの』格好ではなかった。そんな彼女を見たせいか、僕は自然と笑っていて、彼女の名前を呼ぶのを抑えきれなかった。
――鹿屋さん!
――友利くん。
彼女は、駆け寄る僕が名前を呼んだことに、名前を呼ぶことで応えた。ほんのりと笑いながら。
――待ちました?
――今来たところだから。友利くん、時間ぴったりだね。
こんなことを尋ねたのは、その答えがわかりきっていたからだった。こうやって問いかければ、僕がどのくらいの時間待っていたのかを彼女に悟らせないようにすることができると思っていたのだと、後から思い返して気づく。
彼女には、余計な(と僕が思う)ことを、気にしてほしくなかった。そして同時に、僕の間抜けさというか、彼女との時間を待ち望んでいたという、恥ずかしく思える心の有様にも、目を向けられたくなかった。




