↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/18

第9話:集客とは『来てください』と懇願するものではありません

「さて、目標が定まったところで、直ちに全村民説明会の集客プロモーションに入ります。開催目標時刻は本日十三時ジャスト。現在時刻は午前十時三十分ですので、リードタイムは残り二時間三十分です」


「二時間半!? あの頑迷で排他的な村人どもを、どうやってそんな短時間で一網打尽にする気ですか!? だいたいババア村長が『余所者の戯言に付き合う暇はない』って全員にボイコット指示出してるかもしれないんですよ!?」


「問題ありません。人口の少ない集落ですから、村全体の世帯数は二十にも満たない規模です。集客とは『来てください』と懇願するものではなく、『来なければ取り返しのつかない不利益を被る』という危機感と、『行くだけで即座に手に入る明確な実利』を同時に提示し、相手を行動へ追い込む工学的な動線設計にすぎません」


黒井は愛用のジェットストリームのペン尻で、手帳にさらさらと村落の勢力図を描き殴った。


「現在の八咫村におけるステークホルダーは、大きく三つにセグメンテーションされます。第一に、現場の過酷な肉体労働を強いられている『若手労務層』。第二に、八咫神様への過大な奉納コストに喘ぎつつも因習を手放せない『古参農家・実力者層』。そして第三に、集落の先行きのなさに不安を抱える『一般生活者・主婦層』です。それぞれに刺さる訴求ポイントを打ち分け、村長宅への物理的なトラフィックを発生させます」


「マーケティング用語で因習集落をハックしようとすんなし……!」


「まずは現場の実働部隊である若手層へのインサイドセールスです。白石、移動しますよ」


黒井はさっさと踵を返し、あぜ道へと大股で歩き出した。


◇


村の中央へ戻るあぜ道の物陰。

そこには、今朝の土蔵の前で見張りをしていた若手たちが、手持ち無沙汰に煙草をふかしながらしゃがみこんでいた。

黒井たちの姿を認めるや否や、二人はビクッと肩を跳ねさせ、慌てて竹槍を握り直す。


「あ、あんたたち……! 役場から追い出されたんじゃなかったのか!?」

「村長が『あの余所者どもは放っておけば山を降りる』って言ってたぞ!」


「ええ、村長はお茶の間で煎餅をかじるのに忙しいご様子でした」


黒井は穏やかな笑みを浮かべ、若者たちの前にスッと歩み寄った。

そして内ポケットから取り出した細長い銀色のパウチ――ブドウ糖とクエン酸を高濃度配合した速効性エナジーゼリーを、二人の手のひらへ一本ずつ手渡した。


(そろそろ先輩の収納力が怪異に由来してないと説明がつかないのでは……?)

そういぶかしむ白石をよそに、黒井はお近づきの挨拶を続ける。


「今朝の三六協定遵守の件、現場の皆様の体調はいかがですか。昨晩のような極度の緊張状態と夜間伏臥は、乳酸の蓄積と筋膜の微小断裂を引き起こします。作業前のエネルギー補給にどうぞ」


「えっ……あ、ありがとう……って、いや、騙されねえぞ! 俺たちは村長の命令で――」


「田所さん。川中さん」


「……は!? な、なんで俺たちの名前を知ってんだ!?」


二人が驚愕して目を丸くする。白石も「え、なんで?」と首を傾げた。


「先ほど立ち寄った村役場で名簿を拝見しました。壁にはお二人が写った青年団の清掃活動の写真も掲示されていましたね。それに、村長が広げていた手作りのガリ版刷り新聞――『八咫村だより』にも、農道の補修を担った功労者としてお二人の名前が丁寧に記されていました。……あの村長は決して冷徹で身勝手なだけの支配者ではありません。やり方は歪んでいますが、この村の血脈と若者たちを何としても守り抜きたいという郷土愛そのものは、本物なのでしょう」


「長老が……俺たちのことを……」


田所と川中が胸をつかれたように息を呑む。

村長が自分たちを大切に思っていること、そして目の前のスーツの男がそれを一瞬で見抜き、敬意を払っていること――その事実が、若者たちの頑なな警戒心を急速に溶かしていった。


だが、黒井の瞳は次の瞬間、鋭利な刃物のように細められた。


「しかし、だからこそ問わねばなりません。――昨晩のような、いつ首をへし折られるかもわからない理不尽な夜間監視任務、あと何年続けるおつもりですか?」


「…………っ!」


二人の息が止まる。

川中が震える手でゼリーのパウチを握りしめ、掠れた声を漏らした。


「そ、そんなこと言われたってよぉ……! 俺たちだって好きでやってるわけじゃねえ! でも、村の掟に逆らったら【ゲホウ返し】様に首をねじ切られるんだよ!」


「ほう?」


黒井は即座に手帳を開いた。


「貴重な一次情報です。詳しくお聞かせ願えますか。先ほど私は住民票を受理され、法的に正規の『村民』ステータスを獲得しました。それでもなお、ゲホウ返しのキルゾーンに抵触する例外条件が存在するのですか?」


「あたりまえだろ!」

田所が怯えたように村境の山林を指差した。


「住民票があろうがなかろうが、夜間に『村境の境界線を越えて外へ逃げ出そうとした奴』は、全員その場で首を百八十度ひねられて死ぬんだ! 過去に都会へ逃げようとした若手が何人もやられた! それに……夜番の最中に足を踏み外して、『境界杭の結界ラインに触れた奴』も巻き添えで首をもっていかれる! おまけに村長に逆らって『反逆者』の呪い札を貼られたら、村民だろうがよそ者扱いで即座にブラックリスト入りだ!!」


「なるほど」


黒井のペン先が、手帳の上を猛烈なスピードで走った。


「極めて論理的かつ厳格なペリメーター・セキュリティですね。要約すると、ゲホウ返しの迎撃トリガーは三点。


第一に、侵入だけでなく脱走を遮断する『逃亡阻止プロトコル』。


第二に、境界領域への不用意な物理的接触による『巻き込み事故判定』。


そして第三に、長老による恣意的なアクセス権剥奪――すなわち『反逆者フラグによる強制ブラックリスト化』。


……白石、メモを取りましたか? あなたが完全な例外としてノーダメージですり抜けられることは、戸籍から存在ごと抹消された『忌み名』という特殊な仕様バグのおかげかもしれませんよ。ひるがえって、私を含め、通常の村民ステータス程度では境界線への不用意な接触は即死に繋がります」


「自分の命が危ない話なのに、なんでそんな『ファイアウォールの仕様確認しました』みたいな顔できるんですか!?」


白石の悲鳴を涼しく受け流し、黒井は再び田所と川中へと向き直った。


「田所さん、川中さん。もし、その理不尽な夜間シフトを半減させ、境界線に怯えることのない安全な自動監視体制へとリプレイスできるとしたら、興味はおありですか?」


「な……!? そ、そんなことできるわけねえだろ! ヤタガミ様の祟りとゲホウ返し様がある限り――」


「八咫神様との間では、すでに昨晩、深夜の1on1ミーティングにて運用改善の合意形成を完了しています。残るは村執行部の承認と、リソースの再配分だけです。本日十三時より、村長の茶の間にて全住民説明会を開催します。あなたたち現場の労働環境を劇的に改善する具体案を提示しますので、他の若手の方々にも声をかけ、必ずご参加ください」


黒井の揺るぎない眼差しに圧され、田所は喉を鳴らした。


「……ほ、本当なんだな……? もし嘘だったら、村長にチクられて俺たちまで制裁受けるんだぞ……!」


「ビジネスにおいて、虚偽の労務提案はコンプライアンス違反です。信じるか否かは、十三時にご自身の目で確かめてください」


黒井が深く一礼して歩き出すと、田所と川中は顔を見合わせ、そのまま集落の若手が集まる納屋へと全速力で走り去っていった。


「……すごい。あの警戒心丸出しだった見張りモブが、完全に社内インフルエンサーに化けた……!」


白石が戦慄していると、黒井はビジネスバッグのジッパーを開け、中から小型のモバイルインクジェットプリンターとA4コピー用紙の束を取り出した。


「さて、次は『古参農家層』および『一般生活者層』へのアプローチです。八咫村の各戸へ、ダイレクトマーケティングすなわち全戸ポスティングを実施します」


「……は? プリンター……? モバイルバッテリーで動かしてんの……!?」


ウィィィン、カタカタカタ……!


静かなあぜ道に、場違いな電子音と印字ヘッドの駆動音が響き渡る。

吐き出されてきたのは、無機質な明朝体と太ゴシックで構成された、強烈なインパクトを放つ一枚のチラシだった。


白石がそれを覗き込み、目を剥いた。


「な、なんじゃこりゃあぁぁぁっ!?」


【緊急全住民説明会のご案内】


議題:八咫神様インフラ維持コストの適正化および年貢(奉納金)三十パーセント削減計画について


拝啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。

さて、百五十年にわたり貴集落の財政を圧迫し続けてまいりました八咫神様への神事コストにつきまして、この度、外部有識者による監査の結果、不当な過剰支出および行政ガバナンスの瑕疵が判明いたしました。


つきましては、下記日程にて、年貢負担の大幅軽減および祟りリスクの完全停止に関するソリューション説明会を開催いたします。


日時: 本日 十三時より


場所: 八咫村役場(村長宅 茶の間)


来場者特典: パリ老舗『エシレ』製 最高級バター焼き菓子(数量限定・先着順)


※本説明会は村の全世帯を対象とした重要案件です。不参加の場合、今後の年貢減免措置の対象外となる可能性がございますので、万障お繰り合わせの上ご出席ください。


「怪文書すぎる!!」

白石の魂のツッコミが炸裂した。


「なんなのこの『年貢三十パーセント削減』って! 田舎の年寄りがいちばん食いつきそうなワードをピンポイントで突いてるし!! それに最後の『来場者特典:エシレのフィナンシェ』って何!? 住宅展示場のチラシかよ!!」


「マーケティングの基本は、ターゲットのペインポイントを突くことと、即時的なインセンティブ――この場合は来場メリットの提示です。白石、このチラシを二十部印刷します。手分けして集落の全戸の郵便受けへ投函してください」


「なんで私が足で稼ぐ営業の新人みたいなことさせられんの!?」


「マイホームを奪還するためです」


「じゃあやります!! 全戸全力全速力でポストインしてきまっす!!」


「あ、手分けすると言ったのですが……」


白石は刷り上がったばかりの温かいチラシの束をまとめてひったくると、怒りの推進力を全開にして集落の家々へと猛ダッシュしていった。


――が、走り出してから三分で白石は膝から崩れ落ちそうになった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……! 隣の家が見えない!! 田舎の集落――」


見渡す限りの段々畑と雑木林。ポツンと離れて建つ母屋と納屋。


「一軒一軒の距離が遠すぎるよおおおおおぅぅぅぅぅっ!!」


都会のマンションのようにポストが並んでいるはずもなく、一軒投函するたびに心臓破りの坂道を往復する羽目になり、白石の悲痛な呻き声があぜ道に虚しく木霊していった。



面白かったら評価(★★★★★)とブックマークをぜひお願いします!


感想をいただけると励みになります。

どのキャラが好き、このセリフが面白かったなど、次のお話の参考になりますのでアドバイスと思ってなんでも書き込んでいただけるととてもうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。