第4話:八咫神様、1on1のお時間です
iPhoneの画面に表示されたタイマーの数字が、残り三十秒を刻んでいた。
黒井はスライドの骨子を猛烈な勢いでタイピングしながら、流れるような動作で端末を手に取ると、白装束に身を包んで震える白石へレンズを向けた。
カシャッ。
土蔵の闇に、無慈悲なフラッシュとシャッター音が響く。
「ひゃっ!? な、何撮ってんの!?」
「素材の保存です。プレゼン資料の表紙、および今後のプロモーション用アセットとして、実物の着用カットは一枚でも多く押さえておく必要があります。白石、顎を引いて斜め四十五度。視線は少し伏せ目で」
「宣材写真撮ってる場合じゃないでしょ!! 天井に祟り神がいるんですよ!?」
白石は涙目で絶叫した――が、次の瞬間にはスッと背筋を伸ばし、言われた通りに顎を引いて完璧な斜め四十五度の儚げなポーズを作っていた。
カシャッ、カシャッ。
「……って、なんで私ポーズ取っちゃってんの!? 体が勝手に大学時代のサークル宣伝の動きをトレースしたんだけど!?」
「素晴らしい順応性です。素材のクオリティが跳ね上がりました」
黒井はAirDropで画像をMacBookへ飛ばし、Keynoteのスライド一枚目へ流し込む。
全画面表示のショートカットを叩き、MacBookを抱えて立ち上がった。
画面上のタイマーが【00:00】を示し、ピピピ、ピピピ、と甲高い電子音が鳴り響く。
すかさず親指でアラームを止め、黒井は土蔵の明かり取りの格子窓へ向かって、すっとMacBookの画面を向けた。
青白い光が、格子の隙間からこちらを覗き込んでいる『巨大な目玉』を照らし出す。
「ご足労いただきおそれいります。お待たせいたしました、八咫神様。ちょうど五分経過いたしました。1on1のお時間よろしいでしょうか」
『……ヤ、ヤタ……?』
怪異の巨大な瞳が、戸惑ったように上下に揺れる。
本来なら獲物の絶叫と命乞いを聞くはずの耳に、ビジネスホテルのフロントのような丁寧な挨拶が流れ込んできたのだ。
「本日は急なアジェンダにもかかわらず、お時間を割いていただき心より感謝申し上げます。お手元の資料――はございませんので、こちらのモニターをご覧ください。本日のアジェンダは三点ございます。第一に『現行の生贄スキームにおける調達コストの課題』、第二に『人口動態に伴う供給限界の検証』、そして第三に『持続可能な代替ソリューションのご提案』です」
「ちょ、先輩、本当に始めちゃったよ……」
白石が膝を抱え、床の藁に顔を埋めた。
格子窓の向こうでは、山をも揺るがす祟り神が、モニターの光を凝視したまま完全に硬直している。
「まずスライドの二枚目をご覧ください。こちらが八咫村における過去五十年間の人口推移、ならびに若年層の流出グラフです。八咫神様、率直に申し上げますと――現行の『年下一名調達モデル』は、もってあと三年で完全に破綻します」
『……ハタン……?』
「ええ。村の再生産限界を超えているのです。新規の若者がいないため、来期以降は『七十代の生贄』か『調達不能による契約不履行』の二択になります。八咫神様としても、毎年の主食が後期高齢者ばかりになるのは、栄養面・エンゲージメントの観点からも本意ではないはずです」
『……ソ、ソレハ……カタイシ……アブラモ……ナイ……』
「はい出た! 神様の好みの開示出たよ!!」
白石の鋭いツッコミをスルーし、黒井はさらにキーボードのスペースキーを叩いてスライドを進める。
「そこで弊社――失礼、当方からのご提案です。生贄という『買い切り・属人的なフロー型収益』から、全国のファンによる『継続的な信仰課金(サブスクリプション型)』へのピボットです」
画面には、先ほど撮影されたばかりの白石の白装束写真と、神々しいフォントで組まれた『八咫神様・公式オンライン奉納特設サイト(仮)』のモックアップが表示されていた。
「白石をアイコンとした『因習村体験型サバイバル宿』のプロデュース。さらに、八咫神様の降臨シーンを本物のイマーシブ・アトラクションとして有料公開します。得られた収益は、全額最高級の国産和牛、ならびに全国の特産品として八咫神様へ毎日奉納。人間を一人解体する手間をかけることなく、安定したカロリーと信仰心が手に入るスキームです」
黒井のプレゼンは、もはや徹夜明けのディレクターそのものだった。
熱を帯びたロジックの奔流。
格子窓の向こうの巨躯から、すうっと殺気が抜けていく。
『……ソ、ソノ……ウリアゲ……トイウノハ……ウシ……イッピキ……タベラレルノカ……?』
「一頭どころか、月額目標を達成すればA5ランクのサーロインを定期便でお届け可能です」
『……A5……?』
「ええ。霜降りです」
『…………ヤタァ……』
神の無数の目が、嬉しそうにとろけた。
「商談成立ですね。つきましては、夜間労働に関する三六協定、および神事の拘束時間是正についての合意書を交わしたく――」
「神様が完全にクライアントとして手懐けられてるぅぅぅっ!!」
土蔵の闇に、白石の魂の叫びが響き渡った。
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