第17話:怪異への一方的な搾取は重大なコンプライアンス違反です
(ゲホウ返し様編、決着!)
「電気が……俺たちのアクティが……神様の呪いに勝ったぞ……!!」
「うおおおおおおっ!! 白石村長! 白石村長ォォォッ!!」
若者たちが泥だらけの手で白石を抱き起こし、歓喜の雄叫びを上げる。
白石は腰を抜かしたまま、へらりと情けない笑みを浮かべた。
「勝った……? ほんとに……? うわ、レンチ持つ手がプルプルして離れないんですけど……」
だが、黒井の表情は緩まない。
彼はスーツの乱れを直すと、持参したビジネスバッグの底から、綺麗に包装された桐箱を丁寧に取り出した。
虎屋の小型羊羹――夜の梅。
「先輩? それ、取引先用の手土産じゃ……」
「タダ働きのサービス残業は組織を腐敗させる最大の毒です。労働には正当な対価を。神事には相応の代償を。どれほど異質な外部委託先であっても、現場の請負人には最大限の敬意を払わなければなりません」
黒井は発電機の台座、ちょうど『ゲホウ返し』の殺気渦巻く境界線の真横へと歩み寄った。
そして、端正な所作で包装をむき一つ供えると、深々と頭を下げる。
「夜間の超高負荷オペレーション、誠にありがとうございます。本日の稼働実績に対するインセンティブです。どうぞお納めください」
「怪異に虎屋の羊羹を支給する人間があるかぁっ!!」
白石の絶叫が木霊する中――
突如、タービンが「ガクン」と不規則に揺れた。
――ギュル……?
回転数が目に見えて落ちる。
まるで「えっ……? これ、俺に……?」と戸惑っているかのように、漆黒の空間が小さく蠢いた。
殺気立っていた怨念の渦が、羊羹の甘い小豆の香りに包まれていく。
黒井は顔を上げ、穏やかなビジネススマイルを浮かべた。
「貴殿の卓越したトルクなくして、この村のインフラ再建は成し得ません。今後とも良きビジネスパートナーとして、末永いお付き合いをお願いいたします」
沈黙。
夜風が止まり、村境が水を打ったように静まり返る。
次の瞬間――
キュッ! キュッ! キュイーーーン……!!
発電機のシャフトから、軽やかでリズミカルな回転音が響き始めた。
先ほどまでの禍々しい軋み音はどこへやら。まるで「任せとけ!」と胸を張るように、一定のリズムを刻みながら滑らかに回転数が上がっていく。
電圧計の針が、狂いなくピタリと安定した。
「……キュ、キュって鳴ってる……?」
白石が目を丸くして立ち尽くす。
「え、何この音……? 嬉しそうなの……? 怪異がモチベーション向上してんの……!?」
「実に素晴らしいですね。エンゲージメントスコアが大幅に改善されたと言っていいでしょう。インセンティブ設計が適切に機能した証拠です」
黒井は腕組みをし、まるで優秀な若手社員の成長を見守る人事部長のような慈愛に満ちた目で、激しく回転する鉄軸を見つめた。
「彼も長年、夜間に突っ立っているだけで誰からも評価されず、まがいもののご神体もどきでお茶をにごされ、ただ村人から恐怖と忌避の視線を向けられる。極めて承認欲求の満たされない環境に置かれていたのでしょう。明確な評価基準と、それに見合うインセンティブ。これさえ提示すれば、どんな異質なリソースであっても、組織の強固な推進力となる――もとい、この場合は回転力が適切でしょうか?」
「やかましいわ!!」
夜空を照らすLEDライトの光の下、白石の魂のツッコミが木霊した。
首ねじ切り怪異を完全に手懐けた黒井と、嬉しそうに虎屋の羊羹の横でキュッキュと回り続ける発電タービン。
因習村の夜は、文明の光によってシュールに照らし出されていた。
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