第16話:なんかワクワクしちゃってない!?人の首ねじ切る怪異だよ!?
「で、でもよ、黒井の旦那……本当にこんな鉄の棒で、あの恐ろしいゲホウ返し様が大人しく回ってくれるのかい……?」
川中がおそるおそる尋ねる。黒井は爽やかに微笑んだ。
「ご安心ください。適切なセンサー入力と負荷設計を行えば、怪異といえども物理法則の枠組みの中でコントロール可能です。もっとも、生身の人間をテスト環境に投入するのは労働安全衛生法上、絶対に許されません。安全対策は二重三重に講じます」
そう言って黒井が取り出したのは、一本の長い木製ダミーアーム。
そして先端に事務用クリップで挟まれた黒井自身の名刺だった。
「私の汗が適度に含まれた名刺です。クリップには髪の毛も挟んでおきました。よそ者の生体シグネチャーとしては十分な解像度を持っているはずです。これを遠隔ワイヤーで境界線の内側から、日没後に一ミリだけキルゾーンへ押し込み、検証します」
「名刺を撒き餌にすんなし……!」
◇
やがて山の端に日が落ち、村境の杉林が急速に濃紺の闇へと呑み込まれていった。
張り詰める冷気。
黒井と若手たちの奮闘により、即席発電装置――ゲホウ返し様の新躯体は完成した。
「時刻はまもなく六時です」
それは、村の者たちがおそれる夜の時間。
白石は、ごくりと喉を鳴らした。
(……なんだろ。死ぬほど怖いはずなのに)
胸の奥が、トクンと小さく跳ねる。
手作りの配線、拾ってきた鉄パイプ、即席の装置。文化祭の前夜に看板をペンキまみれで組み立てていた時の、あの妙にヒリヒリした高揚感が蘇ってくる。
(私……なんか、ちょっとワクワクしちゃってない……!? 相手、人の首ねじ切る怪異だよ!?)
風もないのに、境界杭の向こう側の空間が、陽炎のようにグニャリと歪み始める。
「……ヒッ……! ゲホウ返し様の気配だ……!」
若手たちが悲鳴を押し殺し、木陰へ後退する。
黒井はストップウォッチを構え、冷静にカウントダウンを始めた。
「よし。午後六時ジャスト。定時後の稼働確認に入ります。遠隔ワイヤー、リリース」
カチリ。
滑車が回り、黒井の名刺を挟んだダミーアームが、境界線の見えない結界をスッと越えた。
その瞬間――
――ギョロリッ!!
空間に無数の血走った赤い亀裂が走り、ドス黒い怨念の腕のようなモヤが実体化した。
よそ者の匂いを感知した怪異が、獲物の首を引きちぎらんと、猛烈な力でアームに巻き付く!
――ギチギチギチッ! ドガアァァァンッ!!
「ひいぃぃぃっ!?」
白石が耳を塞いでしゃがみ込む。
凄まじい衝撃波が走り、単管パイプのフレームが激しく軋んだ。だが、黒井が計算し尽くした減速ギアとベアリングがその文字通り殺人的なねじり力を受け止め、オルタネーターへとトルクを伝達する!
キュルルルルルッ、キュイイイイイイイイーーーッッ!!
凄まじい高周波の回転音!
装置に接続された電圧計の針がグングン跳ね上がる。
「す、素晴らしい……! 瞬間回転数およそ四千rpm、最大トルク六百ニュートンメートル! 想定を三十パーセント以上上回る出力です!」
黒井は吹き荒れる怨念の突風の中、髪を乱しながらテスターの数値をメモする。
「鉄パイプが雑巾みたいに絞られてるんですけど!? 人間なら一瞬で首チョンパですよ!!」
だが、あまりの怪力に、ギアの接続部分から「ガギギッ」と火花が散り始めた。ボルトが緩み、シャフトの回転が不規則にブレ始めている。
「くッ……過負荷による軸ブレが発生していますね。このままでは共振で装置が自己崩壊します」
黒井は即座に工具箱からモンキーレンチを取り出すと、こともなげに白石の手のひらへ押し付けた。
「白石村長、あそこのメインシャフト固定ボルトを右に十五度ほど増し締めしてきてください」
「行くわけあるか!! 周りで空間がバリバリ鳴って黒いモヤが渦巻いてるの見えないんですか!?」
「落ち着いてください。先ほど整理した仕様の通り、忌み名の血筋であるあなたには検知フラグが立ちません。仕様書通りであれば百パーセント安全です」
「神話って書いて仕様書って読んでるんだろ、あんたは!!」
「ここでシステムがダウンすれば村境のセキュリティが暴走しかねません! 最高意思決定者の現地コミットメントです、行ってください!」
「ぎゃああああああっ、このブラック平社員んんんんんんっ!!」
半狂乱になりながら、白石はモンキーレンチを振りかざして突撃した。
怨念の黒いモヤが渦巻く境界線へと飛び込む。
耳元で無数の怨嗟の声が響くが――驚いたことに、黒い影は白石の体を完全にスルーして、名刺のついた鉄軸だけに必死に絡みついている。
(ほ、本当に無視されてる……! 私、怪異にとって空気なんだ……!)
白石は泣き叫びながら、猛回転するシャフトの根本へレンチを噛ませ、力任せに体重をかけてボルトを締め上げた。
「これでもかぁぁぁっ! 右に十五度ぉぉぉっ!!」
カチリ、と硬い金属音が響き、ギアの噛み合わせが完璧に修正された。
グォォォォン……!
ブレードが激しく空気を切り裂き、発電機のメーターが安定したグリーンゾーンを示す。
夜の村境に、カチリとLED投光器の明かりが灯った。
「す、すげえええええっ!! 白石村長が怪異をねじ伏せたぞ!!」
田所と川中が歓声を上げる。
「……ま、回った……」
白石が腰を抜かしたまま、煌々と照らし出された林道を見上げる。
「本当に回っちゃったよ……! あの首ねじ切り怪異が、ただの自家発電タービンに……!」
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