第18話:やほやほ!ご神体にテザリング機能つけといたよ☆
「……回っとる……。キュッ、キュッ、言うて……嬉しそうに回っとる……」
投光器の純白の光を浴びながら、前村長は泥の上にぺたりと尻餅をつき、魂の抜けた顔で激しく回転する鉄軸を見上げていた。
刻み込まれた深い皺が、屈辱と虚無感でわなわなと震えている。
「嘘じゃろ……? わしらが百五十年……夜な夜な怯え、指を切り、生き血を注いで鎮めてきたゲホウ返し様が……ただの、水車小屋のように……? ……爺さん、すまねえ……。歴代のご先祖様方、すまねえ……」
「先祖に謝る前に、まず目の前で首チョンパされかけた私に謝りなさいよ!!」
白石がジャージの袖を捲り上げ、油まみれの指先を突きつけて吠えた。
「あと水車じゃなくてタービン! でも羊羹一本でキュッキュ言い始めたのは私もちょっとショック受けてるから! 百五十年の怨念の重みどこ行ったの!?」
「白石、感情論で外部パートナーを責めるのは感心しませんね。インセンティブに対する素直なコミットメントは――」
ピロロ〜ン♪
黒井の説教を遮るように、静まり返った山あいに場違いな電子音が澄み渡った。
軽快で、耳馴染みのある、スマートフォンのメール着信音。
「…………え?」
白石の動きがピタリと止まる。
田所と川中も顔を見合わせ、目を瞬かせた。
ここは地図から消された山奥。
鳥居をくぐった瞬間から、白石のスマホは一度たりともアンテナが立ったことのない、完全無欠の『圏外』エリアのはずだった。
(電波……? なんで……!?)
黒井は眉ひとつ動かさず、スーツの内ポケットから滑らかな手つきでiPhoneを取り出した。
画面を親指でスワイプし、通知を開く。
「ほう。これはこれは……白石、見てください」
「んー……? なになに、見間違いでしょ、こんなところでメールなんて――」
白石が眉をひそめながら黒井の肩越しに画面を覗き込んだ。
そして次の瞬間、白目を剥いて顎が外れんばかりに絶叫した。
「えええええええええええええええええッ!?」
画面に燦然と表示されていたのは、黒井の個人アドレス宛てに届いた、あまりにもハイテンションなテキストだった。
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差出人: ゲホウ返し<gehou_gaeshi_official@yatagami.local>
件名: おつかれ〜☆
黒井ちゃん、やほやほ! ゲホウ返しだよ?
とりま 村全域の 呪いは解いておいたから 安心して
朝でも夜でも気にせず遊びにきてね
そうそう あたらしいご神体に
Wi-Fiと電話の電波受信機能つけといたよ
それから週一くらいで
シカ か イノシシ ギュッと血抜きしてから
村のみんなに 送るからね☆
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「ギャル文字ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
杉林の梢を揺るがす白石の魂のツッコミ。
田所と川中も転がり込むように画面を覗き込み、腰を抜かして泥の上にへたり込んだ。
「ゲ、ゲホウ返し様が……『やほやほ』……!?」
「『とりま』って言ったぞあの怪異! あと語尾に星マークついてる!!」
「ええ。実に素晴らしいカスタマーサクセス対応ですね」
黒井は至極ご満悦といった風情で、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「名刺のQRコードから私の連絡先を素早くインポートし、即座に仕様変更の合意通知を送付してくるとは。レスポンスの速さといい、トーン&マナーの柔軟性といい、一流の外部委託先です」
「柔軟すぎて渋谷のセンター街に染まりきってるんですよ!!」
白石は頭を抱えて激しくのたうち回った。
「何が『黒井ちゃん、やほやほ!』ですか! つい十分前まで『ギチギチギチ』って骨折る音立てて人間を雑巾絞りにしようとしてた最凶の防衛怪異が、虎屋の羊羹一本で脳みそ溶けすぎでしょ!!」
「しかし白石、内容を精査してください」
黒井は画面をトントンと指先で叩いた。
「第一に、村全域における呪縛プロトコルの即時解除。これにより、村民の皆様の夜間外出および移動の自由が完全に担保されました。田所さん、川中さん、夜番シフトの完全撤廃です」
「う、うおおおおおっ!! 自由だ! 俺たち、夜にトイレ行っても首をもがれないんだ!!」
若手二人が抱き合って男泣きに暮れる。
「第二に、新躯体を基地局とした、Wi-Fi環境および携帯キャリア通信のルーティング。……ご覧ください、アンテナピクトが五本フルで立っています」
「嘘でしょ!?」
白石が慌てて自分のスマホを取り出すと、ずっと真っ白だった電波表示に『5G』の文字が燦然と輝いていた。
ピロピロピロピロピロッ!
突如として溜まっていた東京からの未読通知が滝のように流れ込んでくる。
「ほんとに繋がったぁぁぁっ! 怪異がテザリング機能積んできたんですけど!!」
「そして第三に、週一回ペースでのジビエ肉の定期供給――しかも『ギュッと血抜き済み』。高精度な下処理まで施された安定的なタンパク質リソースの確保です。地域の食料自給率向上と、今後のふるさと納税の返礼品ラインナップ拡充に極めて大きく貢献しますね」
黒井は満足そうに頷き、素早くフリック入力で返信を打ち始めた。
「ちょ、先輩!? 怪異に返信してんの!?」
「当然です。受領確認と感謝の意を伝えるのはコミュニケーションの基本です。『ゲホウ返し様、迅速なインフラ整備ならびにジビエ供給のご提案、誠にありがとうございます。今後ともよろしくお願い申し上げます』……と」
送信ボタンをタップ。
ヒュィィィィン……!
パシッ☆
村境のタービンが嬉しそうに回転数を一段上げ、接続されたLED投光器が一瞬だけリズミカルにパッシングした。
「読んだよ☆じゃねえわ! パッシングで既読通知すなあぁぁぁっ!!」
白石が叫び、前村長は白目を剥いて完全に泡を吹いた。
百五十年の恐怖の因習は、虎屋の羊羹と高速通信規格によって、跡形もなくアップグレードされていた。
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