第14話:よそ者の首をねじ切る怪異って便利な動力として利用できませんかね?
老婆はケタケタと甲高い声で笑い狂った。
「わしが生贄を急いだのはそのためじゃ! だが貴様らは神事を止め、ヤタガミ様と和解などとぬかした! その結果、ゲホウ返し様の抑えは完全に失われた! さあどうする、新村長!? 今夜、お前がその身を捧げて結界の暴走を止めねば、村は全滅じゃぞ!!」
一瞬の静寂。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
突如、家全体が小刻みに震え始めた。
地震ではない。
村を取り囲む外縁の山々――その境界線の彼方から、大気が軋むような重低音が轟いてきたのだ。
山から吹き降ろす風が、突如として生暖かい異臭を帯びる。
夕暮れ前だというのに、空が急速に鉛色の不気味な暗雲に覆われ、村境の四方から――
『ギチ……ギチギチギチギチギチッ……!!』
何千本もの硬い骨を無理やり雑巾のように絞り上げるような、耳をつんざく怪音が響き渡った。
「ひ、ヒィィッ!?」
茶の間の障子が激しくガタガタと打ち鳴らされ、土間から田所と川中が悲鳴を上げながら転がり込んできた。
「し、白石村長ォォォッ!!」
「ゲホウ返し様が……村境の注連縄が千切れて、ドス黒い渦が村に向かって広がってきてます!! 見張りの若手が何人も、鼻血出して倒れました!!」
「助けてくれ白石村長! あんたが村の代表なんだろ!? なんとかしてくれぇぇぇっ!!」
若者たちが白石のジャージの裾に縋りつき、涙を流して懇願する。
白石は、ガタガタと膝を震わせた。
手からポロリと南部煎餅が落ち、畳の上で粉々に砕ける。
「あ……あわ……あわわわわわ……!」
口から白い泡がぷくぷくと溢れ出した。
顔面は土気色を通り越して真っ青になり、眼球が限界まで見開かれる。
「き、聞いてない……! 村長って、そんな命がけのブラック役職だったの……!? 前任者の負の遺産(負債)がデカすぎるよぉぉぉっ!! やだやだやだ! 村長辞める!! 辞表出します!! コタツも煎餅も全部返すから、私の首だけは勘弁してぇぇぇぇぇぇっ!!」
そう言って律儀に指をのどにつっこみ、せめて煎餅は返却しようと試みる白石。
老婆は勝ち誇ったように哄笑し、若者たちは絶望に暮れて頭を抱えた。
その阿鼻叫喚の地獄絵図の中で。
スタ……と、静かに前に踏み出す影が一つ。
「白石。言わんこっちゃありませんね」
黒井だった。
黒井はスーツのジャケットを脱ぎ捨てて文机に掛けると、ワイシャツの袖をテキパキと肘まで捲り上げた。
そしてビジネスバッグの底から取り出したのは、書類ではなく――厚手の耐電作業用グローブと、工具メーカーの堅牢なスチール製ツールボックスだった。
黒井はキュッと手袋をはめ、冷徹無比な光を宿した瞳で、窓の外の歪む空間を睨み据えた。
「しかし……なるほど。百五十年にわたり蓄積され、圧縮され続けた迎撃プロトコルの暴走エネルギーですか。空間を物理的に歪曲させるほどの超高出力トルク――エネルギー工学の観点から見れば、これ以上ない極上の遊休資産(未利用エネルギー)です」
「……は?」
泡を吹いていた白石が、涙目で間抜けな声を漏らした。
「せ、先輩……? いま、なんて……?」
「そのゲホウ返し様とやら――よそ者の首をねじ切る怪異って便利な動力として利用できませんかね?」
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