↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/18

第13話:待って、村長ってそんなことまでやるんですか!?

「いやー、長旅と激務のあとの煎餅と熱い茶、五臓六腑に染み渡るわぁー!」


茶の間の中央。ぬくぬくと温まったコタツの特等席で、白石は行儀悪く両足を放り出し、せんべいの缶を抱え込んでいた。

午前中の白装束姿が嘘のように、すでに上下スウェット姿へと完全換装している。手元には湯気を立てる湯呑み、膝の上には南部煎餅の欠片。


「白石村長! 役場の外回り、掃き掃除終わりました!」

「村長、お茶のおかわり淹れましょうか!?」


土間の上がりかまちから顔を覗かせたのは、青年団の田所と川中だった。

午前中まで竹槍片手に殺気立っていたモブたちが、いまや忠実な部下犬のように目を輝かせ、新首長である白石の顔色を伺っている。


「うむ! ご苦労であった、田所くん川中くん! お茶はぬるめで頼むよ! あとでエシレの余り一個ずつあげるからね!」

「あ、ありがとうございます村長!」


嬉々として土間へ戻っていく若者たちの背中を見送り、白石はニヤニヤと締まりのない笑みを浮かべた。


「ふふ……ふへへへ……。見たか黒井先輩。これが『権力』の味ですよ。ちょっと前まで私を蔵にぶち込んで生贄にしようとしてた連中が、いまや私の一挙手一投足に平伏している……! 最高ですね、村長! 終身雇用バンザイ!」


「白石」


茶の間の片隅。埃を払った小さな文机にノートPCを開き、モバイルバッテリーから給電しながら高速でキーボードを叩いていた黒井が、眼鏡のブリッジを押し上げて冷ややかに視線を向けた。


「著しい全能感への陶酔、ならびに組織内における身内の私的優遇。就任初日の首長として、絵に描いたようなガバナンス崩壊の兆候です。権限の拡大は、それと同等の強大な法的・道義的受託者責任を伴います。浮かれている暇など1秒もありませんよ」


「かーっ! これだから堅物平社員は困るんだよなぁ!」

白石はポリポリと耳の穴をほじりながら、ふんぞり返った。

「先輩、立場を弁えてくださいよ? いまの私は八咫村の最高意思決定者! 先輩はただの外部アドバイザー兼移住希望の平村民! いわば私の部下なんですからね! なんかあったら村長特権で『黒井先輩を白石の肩もみ係に任命する条例』を即日公布しちゃいますよー? あー、肩こったなー!」


「なるほど。首長就任からわずかな時間でハラスメント行為の実行予告ですね。コンプライアンス委員会が存在しない限界集落とはいえ、客観的ログとして手帳に記録しておきます」


黒井が手帳にカチリとペンを走らせる。

その平穏で無意味な掛け合いが続いていた、まさにその時だった。


「……ヒヒ……。ヒヒヒヒヒ……!」


茶の間の薄暗い北隅。

畳にへたり込み、コタツの輪から外れて小さくなっていた前村長――いまや一般高齢女性となった老婆が、肩を小刻みに震わせて不気味な笑い声を漏らした。


白石が眉をひそめる。

「何ですか前村長。負け惜しみなら聞きませんよ? お茶なら自分で淹れてくださいね」


「小娘……。いい気になりおって……。村長という地位が、ただコタツに入って煎餅を食うだけの椅子だとでも思っておったか?」


老婆はよろよろと立ち上がると、仏壇の奥深く、三重に鍵がかけられた黒塗りの頑丈な桐箱を引きずり出してきた。

ズシリ、と重々しい音を立ててコタツの上に置かれる桐箱。

そこにはびっしりと、色褪せた朱色の封印札が貼り付けられていた。


「引き継ぎじゃよ」


老婆の濁った瞳に、底知れぬ怨嗟と嘲笑が宿る。


「村の長となったからには、代々わしらの一族が背負ってきた『裏公務』も、すべて貴様が引き継がねばならんのじゃ」


「裏公務……? なんですかそれ。残業代は出るんですか?」


「金で済むならどれほど楽だったかのう……。これを見るがよい」


老婆が震える手で封印札を引き裂き、桐箱の蓋を開けた。

中から現れたのは、墨で真っ黒に汚れた古い和紙の帳簿――表紙には『八咫村外縁防衛・ゲホウ返し様統御覚書』と記されていた。


黒井が即座に席を立ち、白石の背後からその帳簿を覗き込む。


「……ほう」

黒井の目が、わずかに細められた。


「な、なんですかこれ……? 『毎夜、戌の刻より丑の刻に至るまで、境界の杭に神酒と生血を注ぎ、逆流せる怨気圧を鎮むべし。怠れば外縁の壁破綻し、村中の首級悉く刈り取られん』……? えっ、ちょっと待って」


白石の額から、ツツーと冷や汗が垂れ落ちた。


「ヒヒヒ! ヤタガミ様への生贄をケチった百五十年前からじゃ!」


老婆は嘲笑を歪ませ、唾を飛ばした。


「ヤタガミ様がお隠れになり、山のお恵みが途絶えてしもうたせいで……村境を守る【ゲホウ返し】様のお怒りも狂い咲いてしもうたんじゃ! 清き神気を失ったゲホウ返し様は、境に迷い込んだ獣や、過去に沈めた生贄どもの怨嗟の血を無理やりすすり……いまや誰の手にも負えぬ鬼と化しておるのじゃ!」


「なるほど。主電源であるヤタガミ様の供給停止に伴い、境界セキュリティへのエネルギーバランサーが機能不全を起こしたわけですね」


「またたわけたことを!歴代の村長はな、夜な夜な境界杭へ赴き、自らの血肉を削って呪具を捧げ、その怨念の圧力をギリギリで抑え込んできた! だが……もう限界じゃ。前回の生贄調達から間が空きすぎた。ゲホウ返し様の怨気圧はとっくに安全弁をぶち破っておる! 今日や明日にも――村全体へ逆流して、村人全員の首をへし折る臨界点を迎えるはずじゃったのよ!!」


「はぁあああああ!? このババア……! 知ってたんじゃないの! 大昔にケチって自業自得で自爆してる経緯をよぉ!」


怪異の仕組みをロジカルに分析してみせる黒井をよそに、老婆はケタケタと甲高い声で笑い狂い、因習のツケを一身に押し付けられようとしている白石新村長は前村長への怒りを爆発させるのだった。



面白かったら評価(★★★★★)とブックマークをぜひお願いします!


感想をいただけると励みになります。

どのキャラが好き、このセリフが面白かったなど、次のお話の参考になりますのでアドバイスと思ってなんでも書き込んでいただけるととてもうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。