第12話:くやしいっ! ワシの村の掟が、パワポのスライドごときで……?
「なんでじゃ? あんたじゃないのか? その娘は……」
「ええ。適性で言えば、彼女以上の適任者はこの世に存在しません。なぜなら――」
黒井がプレゼンターを押した。
壁に映し出されたのは――満面の笑みを浮かべる八咫神様の無数の触手と、ガッチリ両手で握手を交わしている白石の、鮮明なツーショット写真だった。
「「「うおおおおおおっ!? す、すげええええええっ!!」」」
「ヤタガミ様と触手で握手しとる!!」
「神と和解しとるぞ!!」
「お嬢ちゃん! あんたが村長じゃ! あんたについていくぞ!!」
「ええええええええええっ!? いつ撮ったのその写真!? 私、村長になっちゃうの!?」
白石の絶叫など、熱狂のコールにかき消されて届きもしない。
その渦の中で、老婆村長だけが真っ白に燃え尽きたように畳の上で打ち震えていた。
「ば、馬鹿な……。わしが……わしの一族が百五十年守ってきた村の絶対の掟が……こんな余所者のスライド一枚で……」
「村長」
黒井が静かに歩み寄り、コタツの脇に膝をついた。
「あなたの郷土愛と、村を守ろうとしてきた責任感は敬意に値します。そして何より、女性が村の意思決定者として立つ前例をあなたが堅持なさってきたおかげで、白石が新たな首長となることに誰一人からも反論が出ませんでした。それはあなたが今日まで村の人々に深く慕われてきた何よりの証明です。ゆえに、私からも『ありがとうございます』とお伝えしたい」
「お、お前さん……」
老婆村長は目を潤ませ、ガックリと項垂れた。
「……そうか。わしのやってきたことは、無駄ではなかったんじゃな……」
毒気を完全に抜かれ、長年の重圧から解放されたかのように息を吐く前村長。
勝負は完全に決した。八咫村の意思決定権は、名実ともに黒井と白石の手に掌握されたのだ。
その歓喜のどさくさに紛れて――白石は、コタツのど真ん中へドカッと腰を下ろした。
そして、自分のスーツケースを引きずり込み、コタツ布団の中に冷え切った両足をズボッと突っ込む。
「ぬっく……! あったかぁ……!」
白石は湯呑みにすかさず茶を注ぎ、南部煎餅をバリッと豪快にかじりながら、虚空を見つめる前村長へ向かって極上のドヤ顔をキメた。
「そういうわけですから前村長。私の古民家マイホーム(裏山零番地の断崖絶壁)が建つまでの間、この茶の間を私の居住スペースとして正式に接収させていただきますね! あ、家賃はゼロ円で結構ですから! これは村長命令です!」
「な……な、なんじゃとぉぉぉっ!?」
「ド畜生を突き付けられたらド畜生で突き返すのが都会育ちシティガールの流儀なんですよ! さぁ皆さん、来場者特典の都会のお味・エシレのフィナンシェを配りますよー! 並んで並んでー!」
「「「わぁぁぁぁっ!!」」」
フィナンシェを求めて群がる村民たちと、自分の茶の間を占拠されて絶叫する元村長、満足そうに議事録のチェックリストにペンを走らせる黒井。そして……
「せんべい、うんめええええええええええええええええ!!!!!」
新村長就任0秒でさっそく調子にのりはじめる白石。
「見て見て黒井先輩!! コタツでバリバリ食うこの南部煎餅、最高に甘美な「略奪の味」がするんですけどーーーッ!! エシレよりうめえー! 瞬間的にエシレよりうめえっすけどなんでかなー!? てか信じられますー? つい数時間前まで「生贄の娘(笑)」として土蔵で監禁されてた女がですよ!? いまやこの因習村の最高権力者!? 下克上ここに極まれりって感じじゃないですか!?」
そう言って理不尽な仕打ちへの鬱憤を爆笑とともに晴らしていく。
「あっ、前村長いま一般ぐぬぬ高齢女性のそこの人! そこにいられるとテレビ見えないんで、ついでにお茶淹れてもらっていいっすか!? 立ってるものは親でも悪党でもババアでも使えっつってね! もち、ぬるめでおねしゃーす!!」
「白石……権力への陶酔とコンプライアンス意識の欠如は、組織ガバナンスにおける最大の腐敗要因ですよ」
八咫村の長い因習の歴史に、新たな時代の光が差し込んだ瞬間だった。
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