第11話:ご安心ください、こちらが八咫神様との合意議事録です
「霜降りの牛肉じゃと……!?」
「ええ。昨晩、私どもは八咫神様と深夜の1on1ミーティングを実施し、本件に関する要求仕様のすり合わせ(要件定義)を完了いたしました。神様は『月一回のA5ランク黒毛和牛サーロイン、およびミスジ等の希少部位の定期納入』を条件に、集落全体の治水・風水インフラの即時フル稼働復旧、および祟りプロトコルの完全停止に合意してくださいました」
「な……ッ! ヤタガミ様が、合意したじゃと……!?」
村長が震える声で叫ぶ。
「う、嘘をつくな! そんな神仏を冒涜するような提案、ヤタガミ様がお受けになるはずが――」
「こちらが昨晩、八咫神様の御前においてリアルタイムで作成した合意議事録です」
黒井の合図で、白石がスッと前に出た。
腕には、昨晩白石が一晩中かけて清書した、神聖な神代文字と現代ビジネス用語が融合した分厚い議事録の束が抱えられている。
「議事録の承認欄には、八咫神様直筆の神気シグネチャー……つまり御神印がしっかりと捺印されております。神話レベルでの改ざん不能なスマートコントラクトです」
白石が書類を高く掲げると、議事録の紙面からボワッと微かな黄金の神気が立ち上り、茶の間全体に爽やかなヒノキと高級和牛ミディアムレアの芳醇な匂いが充満した。
「「「おおおおおっ……!! ヤタガミ様の気配じゃ……!!」」」
年寄りたちが一斉に畳に平伏し、手を合わせる。
もはや、誰の目にも疑いようのない神威のエビデンスだった。
その神秘的な静寂の中、黒井は全員の目を見据え、朗々と声を張り上げた。
「私はあえて申し上げたい。――『人を、牛に』と!」
力強い言葉が茶の間に響き渡る。
「『人を、牛に』。これこそが、我が村が掲げるべき新たなスローガンです! 生贄として人間を捧げるのは、もうやめましょう! 人間ではなく、美味しい牛を捧げようではありませんか!!」
本来なら当たり前すぎて誰も疑問にすら思わないはずの正論。
だが、百五十年にわたり呪いと生贄に怯え続けてきた村民たちの胸には、それがまるで天地開闢の福音のように深く、重く突き刺さった。
「人を……牛に……」
「そうじゃ……人間を殺すなんて、やめりゃあええんじゃ……!」
「人間より牛のほうが絶対に美味いに決まっとる……!」
茶の間のそこかしこから、啜り泣きと感動の溜め息が漏れ出す。シュール極まりない空間の中で、黒井は最後のトドメとなるスライドを叩きつけた。
【新スキーム導入による村民メリット】
年貢(奉納金負担)の一律30%削減(生贄調達コストの全廃による財政健全化)
治水インフラ完全復旧による農作物収穫量の推定40%増
若手夜間警備シフトの完全撤廃(神様による自動監視セーフティへ移行)
「さらに、この黒毛和牛サブスクリプションの原資は、村の特産品を返礼品とした『ふるさと納税制度』の立ち上げにより、外部資本から調達します。皆様の持ち出し負担は一切増えません。――いかがでしょうか、村民の皆様」
静まり返る茶の間。
次の瞬間、怒号のような大歓声が爆発した。
「すげえええええええええっ!!」
「年貢が三割も安くなる上に、畑の水回りも直るのか!?」
「若い衆の夜番も無くなるんか! もう息子をビクビクしながら見張りに立たせんでええんじゃな!?」
「人を牛に! 人を牛に!!」
「黒井さん! あんた神様か!? あんた、もうあんたが村長をやっておくれよ!!」
古参農家も主婦も、田所たち若手も、手を取り合って歓喜の涙を流している。
だが、黒井は恐縮したように両手を左右に振った。
「いえいえ、滅相もございません。私はただの地域振興枠で訪れた、一介の移住希望者に過ぎません。皆様の日々の営みになじみ、溶け込んでいくことで精一杯です」
「じゃ、じゃあ誰が村を導いてくれるんじゃ!?」
「代わりと言ってはなんですが――」
黒井は隣に立つ白石の肩へ、すっと手を置いた。
「こちらの白石を、新たな村民代表、意思決定者に据えるというのはいかがでしょうか」
「えっ!?」
白石が素っ頓狂な声を上げる。村民たちもざわついた。
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