8.チケット
本日は日曜日なので、ヒナは当たり前のように
寮の自室でゴロゴロと寛いでいた。
我らがリーダーの梓は入学初日から毎日ダンジョンに
赴いていたそうだが、さすがに日曜日だし……
やっぱり気になるので、梓の部屋を訪ねた。
「梓、今日もダンジョンに行くつもり?」
「はい、そのつもりです
ヒナと茜にはあとで声を掛ける予定でしたが、
ちょうどいい機会なので今確認しておきます
本日の冒険活動の開始は13時を予定していますが、
何か不都合な点があればお知らせください」
「う〜ん、やっぱりか……
あの、ちょっと待っててね
茜と相談してから返事したい」
「はい、待ちます」
「ああ、待っててとは言ったけど、
この場で直立不動してろって意味じゃないからね?
茜と話がついたら連絡するから、
それまで梓は自由に動き回ってていいよ」
「はい、自由に動き回って待ちます」
梓の扱い方を少し理解したヒナであった。
続いて茜の部屋を訪ねるが、どうも留守のようだ。
わざわざ探し回るのも億劫なので、
電話を掛けるという常識的な手段を取ってみる。
「あ、もしもし茜?
梓ったら今日もダンジョン行く気みたい
午後1時からって言ってたけど、どうする?」
『げっ、マジか……
まさかの週休0日制だったとは……』
「だよねぇ
とりあえず今日はパスでいいよね?」
『うん、パスパス
まあどのみち用事あるから行けないけどね
今電車待ってるとこ』
「ん、どっかお出掛け?」
『いや〜、親が心配性でさ〜
毎週帰ってこいってうるさいのよ
月1くらいでちょうどいいと思うんだけどねぇ
まあそんなわけで日曜は自動的にパスってことで』
「ほい、了解〜」
という会話内容を梓に伝えた結果、
ヒナと茜は週休1日制を勝ち取ることができた。
……とまあ、入場チケットを2枚失った梓だが、
本日の冒険活動を中止にするつもりはまだない。
代わりの人材を用意すればよいだけだ。
自分もダンジョンに行きたいという、
ビジネスライクな関係の人間を2人探し出せばよい。
しかし本日は日曜日、校舎に足を運んだところで
教室に生徒がいるはずもない。
ならば、まずは女子寮から攻めるべきか?
いや、ヒナと茜以外は全く面識の無い者たちなのだ。
休日に初対面の奴から突然ダンジョンに誘われても、
迷惑だとして断られるだけだろう。
では、男子……1人いた。
梓との付き合い方を理解していそうな彼だ。
というわけで、梓は葉加瀬文明に電話を掛けた。
「もしもし、私は鷲尾梓です
あなたは葉加瀬文明君ですか?」
『ええはい、僕が葉加瀬文明で間違いありませんよ
それで、鷲尾さんはどのような用件で
僕に電話を掛けてきたんですかね?』
「私はダンジョンに行きたいのですが、
入場するにはあと2人のメンバーが必要です
そこで葉加瀬君に協力してもらおうと考え、
電話を掛けました」
『なるほど、そういう経緯でしたか
状況は把握しました
鷲尾さん、お伝えしておきます
中央魔法学園ダンジョンに入場するための
人数制限なんて存在しませんよ
たとえ入学したばかりの仮免冒険者だろうが、
入場手続きを済ませれば1人でも入場できます』
「はい、知っています
私は監視員さんを安心させたいのです」
『ほうほう……
あと1人のメンバーに当てはあるんですか?』
「いいえ、ありません」
『そうですか、ではその件は僕にお任せください
集合場所と集合時間を教えてください』
「中央魔法学園ダンジョン関所、12時50分です」
『わかりました
では、またあとでお会いしましょう』
「はい、よろしくお願いします」
通話終了。
葉加瀬に協力を仰いだのは正解だった。
ここまでスムーズに事が運ぶとは想定外である。
難航するかと思われた残り1人の協力者探しを、
彼は「僕にお任せください」と言ってくれたのだ。
なんとも頼もしい限りである。
そして約束の時間となり、関所に葉加瀬が現れた。
1人で。
否、彼はケースから六足歩行のロボットを取り出し、
堂々と宣言するのだった。
「これで3人パーティーの完成です」
「その方法は監視員さんには通用しませんでした
関所の職員さんとは一味違うのです」
「えっ、だめでしたか
これは困りましたねえ……」
「困ったのです」
これからどうしたものか……と、
無言で頭を悩ませる新入生が2人。
関所の職員はその存在に気づいていながらも
決して席から離れようとはせず、
仕事に専念するふりを続けるのであった。
数分後、葉加瀬が沈黙を破る。
「どうします鷲尾さん?
今日はお開きにしますか?」
「いいえ、もう少しだけ足掻いてみます
これから訓練場に行ってきます
葉加瀬君は自由に動き回って待機してください」
「お断りします
まだパーティーを結成してないので、
鷲尾さんはリーダーではありません
なので、僕はその指示には従いませんよ」
「言われてみればそうでした
私はリーダーではありません
権限も無いのに指示を出してすみませんでした」
「いえ、構いませんよ
僕はただ、お互いの立場を
はっきりさせておきたかっただけです
それで、訓練場へ向かう理由は
意欲の高い生徒を探すためですか?」
「はい、その通りです
休日に自主訓練している生徒ならば、
急な勧誘にも応じてくれるかもしれません」
「その可能性はありますね
僕も同行しますが構いませんね?」
「はい、好きにしてください」
訓練場──武器や魔法の扱いを学ぶ場であり、
敷地の広さは一般的な学校の体育館の半分程度。
武器訓練用に使い古されたカカシが3体、
魔法訓練用に使い古された的が5枚、
他には落書きだらけの仕切り板があるくらいで、
運営のやる気の無さが一目でわかる作りだ。
なんの設備も無い東京魔法学園よりはマシだが、
この貧相な設備で優秀な冒険者が育つわけがない。
これならまだ無認可の“魔法学校”やら“冒険者塾”で
無駄に高い授業料を払って訓練に励んだ方が、
冒険者としての未来が拓けるというものである。
だが、この場で訓練を行うしかない。
中央魔法学園に入学してしまった以上、
真剣に冒険者を目指す若者たちは
この酷い環境で己を鍛え上げるしかないのだ。
そしてここに冒険者を夢見る新入生が1人、
ボロボロの的に向かい両手をかざして叫びを上げる。
「ファイヤーボーーーッル!!!」
しかし、何も起こらなかった!
彼は自身の掌を見ながら首を傾げると、
床に座って教本に目を通してウンウンと頷く。
そしてすぐ立ち上がって的に向かい両手をかざすが、
再び叫ぶ前にキョロキョロと周囲を見回した。
すると──いた。
真顔でこちらを凝視する少女と、
気まずそうに顔を背ける瓶底眼鏡の少年が。
(やっべ、超恥ずかしい……!!)
だが時既に遅し。
もう見られてしまったのだ。
他に誰もいない訓練場で思い切り叫んでいる姿を。
そして魔法の発動に失敗してしまったという事実を。
まあ未熟だからこそ練習に励むのだし、
入学してから1週間、まだ本格的な戦闘訓練が
始まっていないこの時期に魔法を失敗するのは
全く恥じる必要の無いことである。
むしろ褒められて然るべき行為なのだ。
だが、人間感情として恥ずかしい。
“失敗”にはどうしてもそれが付き纏う。
「ああ、えっと先輩……じゃないな
上履きの色が俺と同じだし
あれ? でも隣の教室の奴でもないな
すると……技術者クラスの生徒か?
なんで訓練場なんかに……?」
当然の疑問だ。
技術者クラスの生徒は裏方を志す者たちであり、
戦闘とは無縁の存在だと訓練官から聞かされている。
一応彼らにも仮免が発行されているそうだが、
それはダンジョン見学チケットのようなもので、
本気で冒険者を目指す者は1人もいない。
……というのが、冒険者クラスの生徒の認識である。
「僕たちはやる気のある生徒をスカウトしに来ました
これからダンジョンに行く予定なんですが、
もしよければ、あなたもどうですか?」
「おお……おおっ、ダンジョン!
俺も行っていいのか!?
魔法覚えてから行くつもりだったけど、
まさか技術者クラスの生徒から誘われるとは!
行く行く!
俺は1-Bの中村誠だ、よろしくな!」
中村誠が仲間になった!
「僕は1-Aの葉加瀬文明と──」
「…………」
梓は真顔のまま固まっている。
初対面の相手だから緊張しているのだろうか?
そう思った葉加瀬は眼鏡をクイッと整え、
フォローに回ることにした。
「ほら、鷲尾さん
ここは自己紹介する場面ですよ
軽く名乗るだけでいいんです」
と促すも、依然として梓はフリーズ中だ。
この不可解な状況に対し、中村が一石を投じる。
「ん……鷲尾?
ちょっと待てよ?
ひょっとして…………鷲尾梓?
その子の名前、梓で合ってる?」
「ええはい、同じく技術者クラス1-Aの鷲尾梓です
これを本人に言ってもらいたかったんですけどね」
すると中村は目を見開き、
歓喜の雄叫びを上げるのだった。
「うおおおお、マジか!!」
フリーズしたままの梓。
1人で勝手に興奮する中村。
困惑しながら両者を交互に見比べる葉加瀬。
これはどうしたものか……。
「えっと、中村君
おふたりは知り合いなんですかね?
これはアレですか?
幼い頃に離れ離れになった友人との再会的な……」
「いや、似てるけどちょっと違う!
俺と鷲尾は別の世界で会ってるらしいんだ!
でも俺にはその記憶が無い!
でも中学の同級生から話には聞いてたから、
どんな子なんだろうって気になってたんだ!
それがまさか、ここで本人と会えるとは!」
「ほうほう、並行世界の記憶が無い……
それは興味深いですねえ
別の世界の記憶を持ってないタイプですか?
それとも別の世界の記憶は持ってるけども、
他の人とは違う記憶を持ってるタイプですか?」
「そう! それそれ!
みんなとは違う世界の記憶!
おかげで周りと話が噛み合わなくて、
1人でモヤモヤすることが多かったぜ!」
「それは大変でしたねえ
まあ、安心してください中村君
あなたのように第1世界以外の記憶を持ってる人は
国内だけでも現時点で3000人以上確認されてます
今後、その数はどんどん増えてゆくことでしょう
元々人間の記憶なんて曖昧なものです
周りの人間とは違う記憶を持ってるからといって、
そこまで悩むようなことではありませんよ」
「おう、ありがとな葉加瀬!
お前いい奴だな!」
「いえいえ、それでは僕はこのへんで……」
葉加瀬は訓練場を後にした。
そしてすぐに戻ってきた。
「いけませんね、僕としたことが……
僕たちはパーティーメンバーの勧誘に来たんです
レアケースへの興味を優先するあまり、
つい目的を忘れてしまいました
僕の悪い癖です
……それで、鷲尾さん
彼はあなたと初対面だそうですが、
あなたの方はどうなんですか?
鷲尾さんは中村君に関する記憶を持ってますか?」
「はい、私は並行世界の中村君を覚えています
ただし、彼と直接会話をしたのは3回だけです」
「顔見知り程度の関係だったんですね」
「はい、顔見知り程度の関係でした
私は2回目の会話で彼から愛の告白をされました」
「ほうほう」
「やっ、その話は……!!」
「私は3回目の会話で彼をこっぴどく振りました」
「あらら……」
「その記憶は無いのに、なぜか恥ずかしい……!!」
中村、ドンマイ!
生徒情報
氏名:中村誠 <ナカムラマコト>
所属:中央魔法学園冒険者クラス1-B
役割:未登録
武装①:ホークブレード
武装②:中央魔法学園男子制服
魔法:未登録
宿星:アルタイル




