7.ロボット
監視員の仕事は、監視することである。
何を当たり前のことを……と思うだろうが、
ここ中央魔法学園の監視員という存在は
一般的な監視員とはかけ離れた性質をしている。
なんの権限も持っていないのだ。
例えばプールの監視員ならば、
安全の妨げとなるルール違反者に対して
注意するなどの権限が与えられている。
が、中央魔法学園の監視員にはそれが無い。
ただ座って眺めているだけが彼らの業務である。
(ああ、やっぱり来た
初めての現場実習の後で疲れてるだろうに、
彼女に休むという選択肢は……まあ、無いか
そういえば初日から毎日通ってるな
冒険者クラスの生徒よりも熱心じゃないか)
「やあ、鷲尾さん
そろそろ友達1号の電池が切れる頃だね」
「はい、友達1号は30分以内に活動停止します」
「それまでに友達1号が戻ってこなかった場合、
自分で回収に向かうつもりなのかな?」
「はい、そのつもりです
ご安心ください、私は魔物を殺せます
先日の戦闘でそれは証明されました」
「ああ、うん
君のレポートを読ませてもらったよ
おじさんは戦いの素人だけど、
モノリスがすごく硬い魔物だってことは知ってる
それを物理攻撃で倒したって言うんだから、
君の攻撃力は本物だと認めてるよ」
「私は褒められると嬉しくなります」
「ただ、防御力に関してはどうなんだろう?
盾も鎧も装備してないから気になってね
例えば複数の魔物に取り囲まれた場合、
被弾のリスクが発生するだろう
そんな時、君はどう切り抜けるのかな?」
「私の武器は攻撃範囲を拡張できます
威力は低下しますが、第1層の魔物が相手ならば
モノリス以外は一撃で処理することが可能です」
(攻撃が最大の防御ってやつか
それにしても便利な武器だなあ……
これからは音波銃の時代か?)
「もし仮に、武器が使えない状況になったとする
理由は考えなくてもいい、とにかく使えないんだ
そして運悪く魔物と遭遇してしまったとする
その場合、君はどう切り抜ける?」
「…………」
梓はあさっての方向を見つめたまま固まっている。
10秒、20秒、30秒……。
その様子を見兼ねた同行者たちは助け舟を出した。
「おじさん、もういいでしょ
わっしー困ってるんだと思う」
「なんかクラスの男子が言うには
想定外の事態への対処が苦手かもって話でさ、
わっしーは武器使える前提でここ来てるんだし、
そんな質問されたら固まるに決まってるでしょ」
「だからこそ、ちゃんと考えてほしい
彼女はリーダーなんだ
自分だけでなく仲間の安全を確保するためには、
いざという時に正しい選択ができないといけない
……なんて、素人のおじさんが言っても
説得力無いかもしれないけどさ
とにかく彼女には無事に帰ってきてほしいんだよ
娘に初めて1人でお使いをさせた時の気分なんだ」
「あ〜、なんか理解できそう」
「娘さんいるんだ? 歳いくつー?」
「あ、いや、それは……
プライベートな質問には一切お答えできかねます」
「いきなり事務的な態度になった!」
「謎多きおじさん……いや、既婚者だからだめだ」
そんなやり取りをしていると、
ようやく梓が回答をしたのだった。
「逃げます」
「よし、平気そうだ」
(そうだろうか……?)
(長考の末に常識的な答えってのもね……)
友達1号を稼働させてから72時間後、
本日の冒険活動が開始された。
目的は、信じて送り出した友達1号の回収。
今までの入口待機とは訳が違う。
経験豊富な上級生の同行も無しに、
仮免女子3名による冒険がようやく始まるのだ。
「ヒナと茜は帰っていいですよ
貸した装備は置いていってください
私が使います
2人にはあとでジュースを奢ります」
「やっぱり入場チケット扱いされてる……!!」
「あだ名で呼び合うようになったのに……!!」
親密度、ゼロ。
この事態を受け、茜はリーダーに物申す。
開始早々の作戦タイムである。
「やる気の無いヒナはともかく、
アタシは冒険者志望なんだからね!
せっかくの機会なんだし、アタシにも戦わせてよ!
早くこのグローブ使ってみたいんだってば!」
「私は1人の方が戦いやすいのです
私があなたたちに装備を貸しているのは
ヒナが装備が無いと不安そうにしていたからで、
それを実際に使わせる気はありません」
「これも入場チケットみたいなもんだったのね……
それはともかく、仲間は多い方がいいでしょ!?
ほら、わっしーが遠距離専門のアタッカーなら、
前衛張れるメンバーがいれば安心じゃない!!」
「仲間は多ければいいというものではありません
私の武器は音波銃です
実弾ではないとはいえ殺傷能力があります
射撃の精度には自信がありますが、
前衛に予測不能な動きをされた場合には
その味方に攻撃が当たってしまう可能性があります
私は人間を傷付けたくはないのです」
「そりゃわかるけどさあ……
あ、ほら!
その銃って攻撃する度に燃料消費するんだよね?
でも、他のメンバーが戦えば燃料の節約になる!」
「理論的には合っています
しかし、それは通常の武器に限った話でして、
電磁加速グローブの使用には電力を必要とします
そして残念ながら、その使用にかかるコストは
音波銃の使用コストよりも遥かに大きいのです
電磁加速シューズに関しても同様です」
「じゃあ、なんでコスパの悪い装備なんて
わざわざ持ち込んでるの!?」
「私は不測の事態に備えています
例えば電磁加速グローブは負傷者を発見した際、
救助活動や運搬作業などを補助することができます
それから、何かしらの不都合な事情により
音波銃が使用できない場合の武器にもなります
電磁加速シューズは主に逃走時での使用を想定し、
高い段差を飛び越えたりすることも可能なので
探索を捗らせる要因となるでしょう」
「すごくしっかりした理由だった……!!
でも使ってみた〜〜〜い!!
これで魔物をぶっ飛ばしてみた〜〜〜い!!
た〜い、た〜い、た〜〜〜い!!」
「茜はわがままなのです」
結局、梓は2人が同行することを許した。
理由は単純、茜がうるさいからである。
やる気の無いヒナは同調圧力めいたものを感じつつ、
なんだかんだでその流れに身を任せるのだった。
そして、今度こそ本当に探索開始である。
友達1号は経路探索アルゴリズムを駆使しながら
時計回りのルートを進行させていたので、
梓たちは反時計回りのルートを進むことにした。
まあ、どのみち友達1号はどこで立ち往生しているのか
わからないので、どちらのルートでも構わなかった。
5分ほどして、念願の魔物と遭遇。
ヒナと茜にとっては初めての戦闘だ。
しかも相手はコボルトが3匹。
こちらのパーティーも3人。
チュートリアル戦として申し分ない構図である。
パシュン!パシュン!パシュン!
魔物の群れをやっつけた!
「わっしー1人で瞬殺……!」
「アタシらの出番無し……!」
敵発見から1秒以内のスピード決着。
しかも、コボルトは3匹とも頭を撃ち抜かれている。
そして発砲のついでに反響定位で周囲の状況を把握。
梓の射撃能力と戦略性の高さが冴える一戦であった。
「ちょっと、わっしー!
敵見つけたんなら教えてよ!
気づいた時には戦いが終わってるとか、
これじゃあアタシの出る幕が無いじゃない!」
「はい、茜の出る幕はありません
敵から発見される前に奇襲をかけるのが基本です
それが最も安全で効率的な戦術なのです
せっかく国が遠隔武器の使用を認めたのだから、
その強みを最大限に活かすべきだと思います」
「言ってることは正論なんだろうけど……
アタシも(実戦経験が)欲しいの〜〜〜!!
アタシにもやらせてよ〜〜〜!!
ちょっとだけでいいからさ〜〜〜!!」
「いやらしい発言……!」
「私はリーダーです
仲間の安全を守る責任があります
私1人で進行するのが最も安全ですが、
こうして2人の同行を許してしまった以上は
増えたリスクの排除に務めるのは当然のことです
これでも譲歩はしているのです
茜もヒナも見学だけで我慢してください」
「ぐうの音も出ない!!」
(なんか自分まで戦いたがってるような扱いに……)
その後もコボルト、レッドスライム、スライム、
スライム、レッドスライム、スライム……と遭遇し、
梓は魔物を発見するなり標的を撃ち抜いていった。
始めのうちは不満そうにしていた茜だが、
リーダーの頼もしい背中を見ているうちに
まあ見学に徹するのも悪くないと思えてきた。
「なんか……プロよね
一切無駄のない動きとゆうか……
行動に迷いが無いし、全弾命中してる
1週間そこらでああはならないわ
わかんないけど、たぶん」
「実は外国で暮らしてたのかもね
アメリカとかバリバリの銃社会だし、
いつだったか子供が撃ってる映像観たことあるよ
親子のコミュニケーション深める目的かなんかで、
完全にスポーツ感覚って印象だった」
「あ〜、じゃあそれだわ」
「それだね」
本人が目の前にいるのに確認しない女たち。
梓はそんな彼女たちには目もくれず、
スライムを始末した際に生じた音で何かを感じ取る。
「目標を発見しました」
「え、どこどこ?」
「いない……よね?」
「こっちです」
梓はクルリと方向転換し、スタスタと歩き出す。
その一切迷いの無い動きに仲間たちは困惑しつつ、
急いでリーダーの背中を追いかけるのであった。
すると──友達1号を発見!
……したのだが、歓声は上がらない。
普段から不必要な発言を控えている梓はともかく、
ヒナと茜は眉をしかめながら立ち尽くしている。
「これは……酷いよ」
「なんでこんなことに……」
友達1号は地形に引っ掛かったのではなく、
魔物に破壊されたわけでもない。
粘着テープで脚を縛られていたせいで、
身動きを取ることができなかったのだ。
人間の仕業である。
「目的を達成したので帰還します」
「ちょ、わっしー!?」
「なんかもっとこう……あるでしょ!?」
「仰る意味がわかりません
友達1号の回収は完了しました
あとは学園へ帰還するだけです
速やかに撤収します
長居する理由はありません」
なんとも機械的な対応。
葉加瀬との言い争いでは梓のことを
『感情のある人間』だと擁護してみたが、
こういう態度を取られてしまうと
心までロボットなのではと思わずにいられない。
「こんなの許せないよ!!」
「絶対に犯人見つけてやるんだから!!」
「時間の無駄です
犯人探しをする必要はありません
そして、あなたたちが怒る必要もありません」
「いや普通、怒るでしょ!!」
「わっしーは悔しくないの!?」
「はい、私は悔しくありません
そして怒ってもいません
友達1号を回収することができました
本日の冒険活動は成功です
早く帰りましょう、もうここに用はありません」
「わっしーは冷たすぎる!!」
「アンタ今、どんな気持ち!?」
「私はただ悲しいのです
この場にいたくはありません
早く友達1号を修理したいと思っています」
「……!!」
「わっしー……」
梓に今どんな気持ちなのかと尋ねたのは正解だった。
それが無ければ、きっと彼女を誤解したままだった。
鷲尾梓は優しい女の子なのだ。
初めての友達の無残な姿を目の当たりにして
誰かもわからない犯人に対する怒りではなく、
真っ先に悲しみの感情が湧いてくる人間である。
早く帰りたい理由も友達を気遣ってのことだ。
もちろん効率を考えての意味合いもあるのだろうが、
正直な感想を聞いた後では捉え方が変わってくる。
おそらく多くの人間から誤解されてきたのだろう。
鷲尾梓は感情を持たない冷徹なロボットである、と。
だが、そうではない。
鷲尾梓は感情を持つ優しい人間である、と
今ようやく確信することができた。
「わっしー、冷たいとか言ってごめん」
「はい、私は冷たくありません
今朝の体温は36度5分でした、平熱です」
やっぱり感情を持つロボットかもしれない。
生徒情報
氏名:鷲尾梓 <ワシオアズサ>
所属:中央魔法学園技術者クラス1-A
役割:遠隔物理アタッカー
武装①:音波銃
武装②:中央魔法学園女子制服
魔法:未登録
宿星:ポラリス




