28.反面教師
夏休みといえど、現場実習は行われる。
それが中央魔法学園技術者クラスの伝統である。
鷹宮テクノロジーが有している部品工場は
町内だけでも30ヶ所以上あり、そのほとんどは
実習生の力を借りずとも問題無く仕事が回るように
工程管理が徹底されていた。
だが、中にはあるのだ。
社の方針に反発して“現場のやり方”を優先した結果、
上から求められている仕事をろくにこなせず、
人手不足に陥り、そのせいでますます能率が下がり、
会社にとって癌のような存在となっている部署が。
現在、技術者クラス1-Aの面々が向かっている
第6工場がまさにそんな環境であった。
午前6時40分。
現場に到着した一行は5分以内に着替えを済ませ、
事前に割り振られていた班へと散らばる。
他の工場で特に筋が良いと評価された上位5名は
1班に配属され、その中には梓と葉加瀬の名があった。
残りの20名は2〜5班へ、やはり5名ずつに分かれた。
「おい茂田ァ!!
まだ点検終わんねえのか!!
実習生来るまでにやっとけって言っただろ!!」
「今やってるっつうの!!
もうすぐ終わ〜〜〜はい終わった!!
いちいち怒鳴んなよハゲ!!」
「ハゲはおめえだハゲ!!
今はフサフサでも、もうすぐ来るぞ!!
親父の遺伝子には逆らえねえんだよ!!」
「俺、托卵かもしんないんでダイジョブで〜す!!
うちのババア、若い頃ヤリマンだったんで!!」
のっけからそんなやり取りがあり、
生徒たちのモチベーションは下がりまくっていた。
まあ、それだけがモチベ低下の原因ではないのだが。
「……じゃあ君たち、
自己紹介とかいいから早速作業に入って
機械の使い方はわかってるよな?」
「えっ?
始業時間にはまだ早いのでは?」
「うちは少し早めなの
いいか、常に10分前行動を心掛けておけよ
社会に出たらこれ、常識だから」
「はあ……」
午前6時50分。
実習生たちは言われるがままに作業を開始した。
午前8時00分。
始業時間となったので、朝礼が行われる。
「じゃあ挨拶、おはようございます!」
「「「 おはようございます! 」」」
「ん〜〜〜???
声小さいなァ???
もう1回言ってみよっか???」
「「「 おはようございます!! 」」」
「はあぁ……
あのね、君たち
1日の始まりはまず挨拶から、でしょ?
社会に出たらこれ、常識だからね?
そんなんじゃ社会でやってけないよ?
ってことでもう1回、元気良くね」
「「「 おはようございます!!! 」」」
「ん〜〜〜……
まあ、初日だし大目に見てやるか
次からはちゃんと挨拶すること、いいね?」
((( なんなんだよ…… )))
続いて班長同士の簡易ミーティングが行われる。
「1班、特になし」
「2班も特になし」
「3班も特になし」
「4班も……あっ、茂田さん
俺んとこのドライバー持ってます?」
「は? なんで俺?」
「いや、だってアンタ前科ありますしね
自分とこのモンキー紛失した時、
しれっと2班の使ってたじゃないですか」
「いや、あれはちょっと借りただけだし、
その日のうちに返したんだからいいでしょ〜
つか、うちの班のドライバーならここにあるし」
と、茂田はマイナスドライバーを見せつける。
グリップには『5班』のラベルが貼ってあり、
これでは疑いの余地が無い。
「まったく、疑り深くてやだね〜
自分の管理が甘かったのを他人のせいにするなんて
人間としてどうかしてんじゃないの〜?」
「チッ……
昨日は絶対ここにあったんだよ……」
ギスギスした雰囲気の中、ミーティングは終わった。
午前8時10分、5班にて。
バリ取り作業中の茜に対し、茂田班長が声を掛ける。
さりげなく……否、ダイレクトに肩を触りながら。
「いや〜、やっぱ本物は違うよなあ……
なんつうか、オーラが違うっつうかさあ!
そこらのブスとは生まれ持った物が違うんだよなあ
こうして生で見ると、つくづく実感するよなあ」
「あの、体に触らないでください
セクハラですし、作業に集中できません」
「あ? セクハラ?
いやいや、違う違う
ただのスキンシップだって!
あんまり大袈裟に捉えない方がいいよ?
こんなの社会に出たら日常茶飯事なんだからさ
面倒な女とか思われたくないでしょ?」
「面倒な女で結構です
とにかく、また触ったら訴えます」
「なんだよもう、褒めてやったのに……」
茂田は不機嫌そうにしながら喫煙所へと向かった。
午前8時20分、1班にて。
モブ男子Aの遠藤が切削装置を起動した直後、
梓は旋盤作業の手を止めて遠藤に駆け寄り、
有無を言わせず彼の作業を妨害したのだった。
「えっおい、なんだよ鷲尾!?
お前に詰め寄られても、俺は全然嬉しくないぞ!!
俺は全然、嬉しくなんてないんだからなあ!!」
「異音がします
危険ですので作業を中断してください
班長に報告します
あなたは待機してください」
「俺は全然、嬉しくなんてないんだからなあ!!」
梓は速やかに事務所へと移動し、
ソリティア作業中の堀江班長に異音の件を報告して
切削装置の点検をするよう促した。
「点検……?
いや、何言ってんの君?
それなら今朝、終わってんだよ……
君も見てたでしょ?
ついさっき、点検は終わってんの!!
何も問題は無いの!!
仕事サボりたいのかもしんないけどさあ!!
変なこと言って邪魔すんのやめてくれる!?
急がなきゃなんないの!!
急がなきゃ納期に間に合わないの!!
1秒たりとも無駄にはできないんだからさあ!!
真面目にやってる人間の邪魔すんじゃねえよ!!」
「私も真面目にやっています
真面目にやっている私の邪魔をしないでください
安全は何よりも優先されるべき最重要事項です
今すぐに点検作業を行うべきです
機械から異音がします
今すぐに点検作業を行うべきです
安全は何よりも優先するべき最重要事項です
そう時間はかからない作業です
たった30秒もあれば終わる作業です
無駄な作業であるはずがありません
機械から異音がしているのです
安全のために、今すぐ点検作業を行うべきです」
「あああ〜〜〜…………
わかった、お前ガイジだろ!!!
生で見るとホント気持ち悪いな!!!
点検でもなんでもやってやるから、もう黙れ!!!
その代わり、もしそれで何も出なかったら、
お前クビだかんな!!!
お前みたいなガイジ、退学にしてやるよ!!!」
かくして、点検作業は行われた。
その結果──
午前8時23分。
切削装置の機構から、ドライバーが発見されたのだ。
グリップに『5班』のラベルが貼ってある、
マイナスドライバーが発見されたのであった。
「えっ、どういうことだよ……
なんで5班のドライバーがこんな所にあるんだ?
あいつ、確かに持ってたよなあ……?
おい茂田…………茂田ァ!!
5班の班長、どこにいんだよおおお!!!」
喫煙所だ。
タバコ休憩に出てから10分以上経過しているが、
茂田班長はまだ戻ってきていない。
「まったくあの野郎……!!
また仕事サボってやがんな!!
ふざけんのも大概にしろってんだ!!
こちとら真面目にやってるっつうのに、
あの野郎はいっつもそうなんだ!!
まったく、いつもいつもふざけやがって!!」
と、堀江班長は梓への暴言を謝らずに、
喫煙所へと向かったのであった。
午前11時58分。
堀江班長が戻ってきた。
「まあ、茂田にはきつく言っておいたからさ、
あいつを恨むのはやめてくれないか?
茂田も反省してるって言ってたし、
人間、誰だって間違いを犯す生き物だろ?
それを許してやる心の広さが大事なんだ
とにかく問題は解決したし、この件はもう終わりだ
とにかく午後からはちゃんと働いてくれよな」
一方的。
何もかもが一方的であった。
こちらは何も悪いことなどしていない。
むしろ良いことをしたのだ。
杜撰な管理体制の中、梓は機械の異音に気づき、
事故を未然に防いだのである。
それなのに、堀江班長はこちらを悪者扱いしている。
心の狭い人間扱いしているのだ。
班長不在の状況でノルマを達成したにもかかわらず、
まるで一切仕事をしていなかったかのような物言い。
何より、彼は梓への暴言を謝罪していない。
許せるだろうか?
いいや、許せない。
とりあえず1班の堀江班長は敵である。
そして5班の茂田班長の動向にも注意だ。
正午のチャイムで昼休憩に入る。
ただし、機械を操作中の者は作業を終えるまで
持ち場を離れてはならない。
モブ男子Aの遠藤は手元のロッドを切り終えたので、
切削装置を止めて食堂へ向かおうとしたのだが……
「あ〜〜〜、オイオイオイ!!
何サボろうとしてんだよ!!
まだ途中だろうが!!
バケット満タンになるまでやれよ!!
それが終わったら機械拭いて、床掃いて、
ロッド運んで、次の材料用意して、
そこまでが1つの作業だろうが!!」
「えっ、でもそれだと休憩終わっちゃう……」
「急げばいいんだよ!!
仕事舐めてんのかお前!?
そんなんじゃ社会でやってけないぞ!?
ホントしっかりしてくれよ〜〜〜!!
頼むよお〜〜〜、なあ!!
こちとら1秒たりとも無駄にはできないんだって!!
ただでさえ余計な点検作業で時間食ったんだし、
ここはどこよりも急がなきゃなんないの!!
頼むからもう足引っ張んないでくれよ〜〜〜!!」
「す、すみませんでした……」
何も悪くない遠藤は謝ってしまった。
堀江からチョロい奴だと思われたことだろう。
午後0時15分、食堂にて。
奥のテーブルで堀江と茂田が談笑する姿を確認。
どうやら彼らはパチンコの話題で盛り上がっており、
午前中の出来事などまるで気にしていなかった。
開幕怒鳴り合っていた2人だが、波長は合うらしい。
類は友を呼ぶというやつだ。
梓は順番待ちの列には加わらず、軽食の自販機で
カレーパン、焼きそばパン、コロッケパンを購入。
飲み物はコーヒー牛乳を2つ買い、食堂から去った。
午後0時20分。
1班の製造現場にて、切削作業は続行していた。
ただし、機械を操作しているのは葉加瀬だ。
遠藤は地べたに座り、泣きそうな顔をしながら
ズルズルとカップ麺を啜っている。
「おや、鷲尾さんもですか?
考えることはみんな一緒ですねえ」
みんな……?
モブ男子Bの武田は床掃除をしており、
モブ男子Cの福井は台車で材料を運んでいる。
遠藤の足元には各種様々な惣菜パンが……
「ありがとな、みんな
でも俺、炭水化物過多になっちゃうよ……」
梓は栄養バランスを気にする遠藤を気遣い、
手持ちの中で最も野菜成分が含まれている
カレーパンを提供するのだった。
午後1時15分。
昼休憩終了から15分後、ようやく堀江が戻ってきた。
すると4班の藤沢班長が作業の手を止め、
全員に聞こえるように大きな声で指示を出した。
「全員、機械を止めて集合!!」
なんだろう、午後の部開始の挨拶だろうか?
また無駄なおはよう……いや、こんにちはコールを
やらされるのだろうか?
実習生たちはそんな不安を抱えながら、
とりあえず4班の持ち場へと移動した。
「さて、集まったな……
じゃあ堀江さん、茂田さん
あとはよろしくお願いします」
「……はあ?
何言ってんのお前?
お前が用あるから呼び集めたんだろ?
こちとら1秒たりとも無駄にはできないってのに、
何考えてんだよ、ったく……」
「伝えなきゃならんことがあるでしょうが
まず、アンタはあの子に謝るべきだろ?
なんで何事も無かったかのようにしてんだよ」
「いや、実際何も無かったじゃん
俺は本当のことを言っただけだし、
お前のドライバーは戻ってきたんだし、
もう解決した話をぶり返すんじゃねえよ」
「それが大人の態度かよ?
解決なんてしてねえよ
あの子が機械の異音に気がついてなきゃ、
酷い事故が起きてたかもしんないんだぞ?
それを周知すんのがアンタの役目だろうが
茂田も茂田だよ
いつも杜撰な管理してるせいで、工具を落としても
いつ、どこで紛失したかわからなくなるんだ
しかも、うちの班から盗んだドライバーに
5班のラベル貼って偽装までしやがってよお……
アンタら悪い手本しか見せてねえじゃねえか
こんな環境で後進が育つわけがねえよ」
「は? 後進?
あのな藤沢、そうゆうのは学校でやんの
生徒を教育すんのが奴らの仕事なの、だろ?
こちとら1秒たりとも無駄にはできないんだから、
いちいち教えながら作業なんてできねえよ」
「こいつらは実習生で、学びに来てんだよ
事務所のPCでエロ動画眺めたりしてないでさ、
喫煙所に入り浸ってソシャゲやってないでさ、
現場に入って、教えながら作業しろってんだよ
それが俺らに与えられた仕事だろうが」
「おまっ……!!
おい藤沢ァ!!
ちょっとこっち来い!!
場所変えて話そうや!!」
と、堀江はさっさと裏口から出ていった。
藤沢は深く溜め息を吐き、実習生たちに作業再開の
指示を出してから堀江の後を追うのだった。
呼ばれていない茂田も当然のようについてゆく。
午後5時20分。
終業まで残り10分というところで、
再び藤沢が全員に聞こえるように指示を出した。
「全員、そこまで!!
後片付けが終わった者から着替えていいぞ!!」
「えっ?
あ、あの俺、まだ作業が……」
「作業が途中でも構わない!!
あの2人がいない今がチャンスだ!!
残業なんてさせられたくないだろう!!」
実習生たちの心が1つになった瞬間である。
彼らは速やかに機械を止め、身の回りを整理し、
列を乱さず更衣室へと直行するのだった。
昼の言い争い以降、堀江と茂田は戻ってこなかった。
藤沢の話では一服してから戻るとのことだったが、
パチンコに向かった可能性もあるとも言っており、
どちらにせよ仕事をサボっていたのには変わりない。
まったく、ふざけた大人がいたものだ。
午後5時30分、終業のチャイムが鳴ったので、
整列していた実習生たちは順にタイムカードを切る。
その滞りない動作は訓練された兵士のようであり、
一刻も早くこの場から離れたいという強い思いが
生徒たちの中にあったのだと想像に難くない。
駐車場には実習生たちが乗ってきたバスの隣に、
東南アジア系らしき顔立ちの外国人労働者たちが
乗っているバスが停車していた。
彼らは揃いも揃って暗い表情をしており、
これからの作業に備えて覚悟しているようだった。
まあ、気持ちはわかる。
おそらく次回の自分たちも、
彼らと同じ顔をしているのだろう。
若者たちは複雑な思いを抱えながら、
中央魔法学園行きのバスに乗り込んだ。
生徒情報
氏名:葉加瀬文明 <ハカセフミアキ>
所属:中央魔法学園技術者クラス1-A
役割:参謀
武装:中央魔法学園男子制服
魔法:未登録
宿星:アルコル




