2.ようこそ魔法学園へ!
日本には魔法学園と呼ばれる施設が5ヶ所ある。
その名が示す通り生徒に魔法技術を授ける場であり、
冒険者の卵たちを鍛え上げる養成機関だ。
高等教育の現場でもあるが、鍛錬がメインなので
世間からはあまり高校として認識されていない。
まあ、とりあえず普通の高校ではないのは確かだ。
そのうち4ヶ所は世界最大の装備品メーカーである
不破開発が運営に携わっているのだが、
愛知県名古屋市にある中央魔法学園だけは
鷹宮テクノロジーという会社が創立したもので、
他の魔法学園とはかなり毛色が違う。
そこには技術者クラスというカテゴリーが存在し、
生徒に魔道工学という学問を履修させることにより
冒険者用の装備品やマジックアイテムなどの開発者、
魔法や魔物の研究家、学園の雑用を行う職員などの
裏方として現場の冒険者を支える人材を育成する
という試みが実践されているのだ。
そして、技術者クラス志望の受験者は
筆記試験と面接だけで合否が決定するというのが、
よそとの明確な相違点である。
一応、他の魔法学園にも一般入試は存在するものの
大人の事情により実施しているだけの行事であり、
全く受からせる気が無い内容となっている。
そのため、理不尽な試験を突破して入学できた者は
これまでに2名しか存在しない。
だが、中央魔法学園ならば普通の試験を受けられる。
それが1つの売りであった。
──8月某日。
全国5ヶ所の魔法学園で一般入試が行われた。
よそとは試験の内容が違うとはいえ、
中央魔法学園とてその日程に変わりはない。
そして、今年の試験では異常事態が起きていた。
試験官は会場に集まった受験者たちを見て呟く。
「少ない……」
平時は定員50名に対し300名ほどが受験を希望し、
昨今の冒険者ブームにより去年は1200名以上が
この会場に足を運んでいた。
今年はそれ以上の数が訪れるだろうと踏んでいたが、
実際に集まったのはたったの21名である。
「やっぱり、あれですかね?
こないだ起きた謎の現象の影響で……」
「それしかないでしょうよ
俺だってまだ頭の整理が追いつきませんもん
別の人生を歩んでた自分とか見せられちゃあね」
それは今月1日に発生した世界規模の大異変であり、
いくつもの世界線が1つに収束されたことによって
体験していないはずの記憶が蘇るというものだった。
大体の人間は現行世界の記憶と並行世界の記憶、
合わせて2つの記憶を持つようになったが、
3つ以上の記憶によってわけがわからなくなる者や
現在の自分は本当の自分ではないと疑い始める者、
これをビジネスチャンスと捉えた新興宗教に騙されて
全財産を失う者などがあらゆる国で大量に続出し、
世界は今、大きな混乱に包まれていた。
この世界規模の混乱に乗じて活性化した魔物たちが
ダンジョンから大量に流出するものと警戒されたが、
不思議なことにそういった事件は全く起きていない。
この不可解極まりない異常現象は後に“名倉事変”や
“名倉ショック”などと呼ばれるようになるが、
とりあえず今は一般入試の件に話を戻そう。
「え〜、お集まりの皆さん
君たちは全員合格です、おめでとう!
以上、解散!」
こうして試験会場に来ただけの21名の受験者は、
中央魔法学園の技術者クラスに通えるようになった。
得点順に上位50名を合格させる予定だったが、
定員に達していないのだから仕方がない。
ちなみに残りの29枠だが、後に行われた特別入試にて
きっちり埋まることになるのでご安心を。
──世界統合からの8ヶ月で情勢は大きく変わった。
やけにおとなしかった魔物たちはその種類を増やし、
全ての個体が今までよりも確実に強力なものとなり、
わずかながら賢くなってしまったのだ。
この人類存亡の危機に対し、日本冒険者協会は
これまで“特例個体”と呼んでいた魔物を
これからは“変異個体”と呼ぶように改め、
“変異種”を“イレギュラー個体”に改名しようという
動きを見せたのである。
この不可解な対応に国際冒険者連盟は首を傾げ、
日本を再び加盟国として迎える意思を表明。
ただし、連盟に名を連ねる日本代表の組織は
日本冒険者協会以外の者を指名した。
それが“ギルド”である。
彼らは日本国内に独自のネットワークを築き上げ、
各地の冒険者たちが円滑な活動を実現できるように
陰で支えてきた者たちだ。
代表の栗林努氏はまだ20代半ばの若輩者ではあるが、
ティルナノーグ火災の被害を最小限に抑えたばかりか
カルト集団の壊滅に大きく貢献した人物でもあり、
地道に積み上げてきた実力と確かな実績によって
栄光の座に着くことができたのだ。
遠隔武器の使用が解禁されました。
国内冒険者の情報が集積されました。
ダンジョン周辺の警備が強化されました。
引退する冒険者への生活保障が実施されました。
魔物辞典が発行されました。
魔道工学研究所が設立されました。
約40年、日本冒険者協会がやらなかったことである。
ギルドに予算が回されてから、わずか8ヶ月以内に
日本の冒険者が活動しやすい環境が整備されたのだ。
これにより世間の冒険活動に対する関心が高まり、
冒険者を志す若者の数が更に急増したのであった。
なにもギルドの功績だけが急増の理由ではない。
京都の無間ダンジョンを制覇したとされる冒険者の
安土桃太郎が超絶イケメンであると広く知れ渡り、
彼とお近づきになりたい女子が全国で多発したのだ。
12月には最難関ダンジョンの1つに指定されている
南極のテラノヴァダンジョンを甲斐晃が制覇し、
これにて“D7”が残り5ヶ所となった。
人類がまた一歩、勝利へと向かって前進したのだ。
しかも最初の英雄である黒岩大地に続き、
またもや日本人がやってくれたのだ。
これが熱狂せずにいられようか。
……とまあ、色々あって冒険者ブームが加速したが、
志願者の全員が流行に乗ろうとしていたのではない。
中にはいるのだ。
世間の流行など関係無しに、最初から別の理由で
冒険者の道を目指していた者たちが。
中央魔法学園ダンジョン入り口にて、
少女の前に監視員が立ち塞がる。
「えっと、君は新入生だよね?
ダンジョンの見学をしたいのなら、
1人で行かせるわけにはいかないよ
友達とパーティーを組むか、
先輩に同伴してもらいなさい」
「はい、私は新入生です
私はダンジョンの見学をしたいのではなく、
この武器が魔物に対して有効であるか否か、
確認作業を行いたいのです
私に友達はいないので、パーティーは組めません
1人で入場させてもらえない以上、
先輩に同伴してもらうしかありませんね」
(癖の強い子が来たなあ……)
少女は銃を持っている。
まあ、銃といっても実弾は許可されていないので、
それ以外の物を発射するための道具だ。
彼女の場合、イルカ型の容器に液体が入っており……
「って、それ水鉄砲?
いやいや、さすがにそれじゃあ魔物は倒せないよ
中の液体にもよるんだろうけどさ……」
「いいえ、これは水鉄砲ではありません
理論的には魔物を倒せる武器です
中の液体は燃料です」
「へえ、燃料なんだ」
「はい、燃料です」
「……」
「……」
(あ、この子
聞かれたことにしか答えないタイプだ)
「可愛いイルカさんだね
何を発射する銃なんだい?」
「燃料タンクの動物はイルカではありません
これは音波を発射する銃です」
「へえ、そうなんだ」
(どっちを聞こう……
動物の正体か、音波か……)
「イルカじゃないのなら、なんの動物なのかな?」
「シャチです」
「へえ、シャチ」
「はい、シャチです」
「……」
「……」
(音波については、まあいいや
小難しい科学用語とかわかんないし)
「とにかく、ダンジョンに入りたいのなら
経験者の同伴がないとここは通さないからね
もしくは友達を作るってのも1つの手だよ」
「私は友達を作るのが苦手です
なので、経験者に同伴を依頼する方が
確実に目的を達成できるものと判断します」
「そう……
いってらっしゃい」
「はい、いってきます」
機械的な受け答えをする少女の背中を見送りながら、
監視員は再び心の中で呟いた。
(癖の強い子が来たなあ……)
それから3時間経過しても少女は戻ってこなかった。
円滑な人間関係を構築するのが苦手そうな子なのだ。
先輩の勧誘に失敗してしまったのだろう。
そう納得して、監視員は本日の業務を切り上げた。
翌日、少女が上級生を連れて戻ってきた。
「やあ、おかえりなさい」
「はい、ただいま戻りました」
「……いやあ、うん
たしかに先輩に同伴してもらうよう言ったけどね
その、なんというか……
えっと、どこから彼を引っ張ってきたのかな?」
「関東魔法学園です」
少女は他校の上級生を連れてきたのだ。
べつに違反行為を犯したというわけではないが、
この場合は同校の先輩を頼るべきだろうに……
と頭を悩ませる監視員を見兼ねてか、
同じく困惑気味の上級生が身分を名乗り出す。
「関東魔法学園3年1組所属、大上隼斗です」
「そう……
はるばる埼玉からご足労だね
で、まだ君の名前を聞いてなかった
氏名と所属……いや、
所属と氏名を教えてもらえるかな?」
「中央魔法学園技術者クラス1-A所属、鷲尾梓です」




