1.総集編
私、鷲尾梓は普通の女の子です。
父は科学大好き少年がそのまま大人になった人で、
家にはごつい機械や怪しげな薬品などが置いてあり、
母はそれを「ガラクタ」と呼んでいました。
幼い私はガチャガチャと動く物体に興味を持ち、
よく父の作品をおもちゃにして遊んでいました。
幼稚園に入ってすぐ、同じ組の子に言われました。
「女の子なのにロボットが好きなんて変!」と。
それは母からもよく言われていたことなので、
ああ、私は変なのか……と強く思うようになり、
自分を変えようと決心しました。
それから私は父と距離を置くようになり、
変身ヒーロー物やロボットアニメの視聴をやめ、
周りの女の子に合わせて魔法少女アニメや
恋愛ドラマなどを積極的に観るようになりました。
正直つまらないと思いながら鑑賞していましたが、
これも普通の女の子になるためだと腹を括り、
苦行の日々に耐えたのです。
ある日のこと、上位の普通の女の子グループの1人が
ドラマの展開について疑問を口にしていたので、
私はその疑問を解消させてあげようとしました。
彼女は「なんでジュンジュンに変顔なんかさせんの」
と大変立腹した様子だったのですが、
視聴者を笑わせる意図の演出であると伝えたところ
彼女はより一層怒ってしまい、「そうじゃなくて、
なんで、ジュンジュンに、変顔させんの!!」と、
なぜか同じ発言を繰り返したのです。
ちなみにジュンジュンとは主演俳優の愛称です。
どう言えば彼女に伝わるのだろうと悩んでいると、
他の上位の普通の女の子グループの1人が会話に混ざり
「この子が知りたいのは、なんでジュンジュンに
変顔をさせたのかってことだよ鷲尾さん」と、
また同じ言葉を繰り返すので私は混乱しました。
彼女たちはなんというか通じ合っており、
私だけが言葉の意味を理解できていない。
どうやら私はまだ普通の女の子になれておらず、
余計な口出しをしたせいで失敗してしまった。
そうやって後悔していると先生が介入し、
会話が噛み合わない原因を教えてくれました。
例の女子は疑問を口にしてはいたのですが、
「お気に入りの俳優に変な顔をさせやがって」という
制作陣に対する不満を吐き出すのが目的だったので、
べつに誰かに質問をしていたわけではないのです。
そこへ普通の女の子ではない私が余計な口を出して、
火に油を注ぐ結果となってしまったのです。
言葉って難しいですね。
普通の女の子と会話するのはまだ早いと思った私は、
それから母と先生以外とは会話しないまま卒園し、
小学生になっても友達付き合いを避けていました。
ですが男子という生き物はデリカシーが無く、
1人で過ごしたいという私の意見などまるで無視して
積極的に話しかけてくる始末。
ある日、デリカシーの無い生き物が言いました。
「サッカーが何人でやるスポーツか知らなそう」と。
馬鹿にしやがって、という気持ちになりました。
私はスポーツには全くといって関心が無いものの、
それくらいの知識はあったので答えてやりました。
「22人」と。
すると男子は爆笑したのです。
私は何か間違えたのかと不安になり、数えました。
サッカーは11人と11人が対戦するスポーツなので、
22人いないとプレーが成立しない。
この場合はフィールドプレイヤーのみをカウントし、
変数要素のある監督や補欠は含めないものとする。
うん、やはり間違っていない。
ですが男子は「11人だよ、ブァ〜カ!」と、
1チームのみの人数を述べて見下してきました。
これにはさすがにカチンと来てしまったので
彼の認識の誤りを指摘してみたのですが、
「チームの人数を聞いたに決まってんだろ!!」と、
顔を真っ赤にしながら言うので私は黙りました。
男子とも会話が噛み合わない。
彼は「聞いたに決まってる」と言うのですが、
そもそも私に対して質問なんてしていなかったはず。
それなのにここまで本気で怒っているということは、
また私が相手の意図を読み違えたという結論に至る。
内省した私は男子とも話さなくなりました。
というか元々私から話しかけることはなかったので、
向こうが距離を置く形で会話が無くなりました。
静かになってよかったです。
中学生になっても私は1人で過ごそうとしたのですが、
ここでも男子の方から話しかけてくるという
望まない出来事に見舞われました。
ですが、「鷲尾さんってロボットみたい」と言われて
つい嬉しくなったのを覚えています。
ああ、まだ抜け切れてないんだな……と思いつつ、
「私は有機物なのでロボットではありません」
と答えると、「そういうところがまさに!!」と、
また男子を爆笑させる結果となりました。
ですが、前回とは何かが違います。
その男子はこちらを馬鹿にしているのではなく、
私の回答が面白いから笑っているという印象でした。
それから私は人間とロボットの違いについて
考えるようになりました。
まあ「人間は有機物、ロボットは無機物」という
答えは最初から用意してあったわけですが、
それ以外の部分を掘り下げてみたのです。
しかし、これがなかなか難しい。
人間も電気で動くし、ロボットも熱を持つ。
考えれば考えるほど違いは無いと気づかされる。
ただ炭素の有無だけがその差を分けるのだ。
父ならばもっと面白い回答をしてくれるのだろうが、
ある日突然科学への興味を失い、それからずっと
目も合わせなかった娘とは話したくないだろう。
私は人間とロボットの違いについて考えつつも
その件は表に出さず、普通の女の子になるために
部活動は工学部ではなく、吹奏楽部に入部しました。
吹奏楽部を選んだ理由は、まず運動部ではないこと。
次に、私は常人よりもはるかに可聴域が広く、
音に関する部活動ならばこの特性を活かせるのではと
自分なりの仮説を立てたからです。
そして入部した最大の理由は、何かしらの部活動に
必ず参加しなければいけないという校則のせいです。
結果、吹奏楽部は運動部みたいなものでした。
野球部員に同情されるほど走らされました。
重い楽器を運ぶのは1年生の仕事なのだそうで、
それも体力作りの一環ということでした。
まあ、そんなふうに肉体を酷使する部活動でしたが、
体力作りよりもきつかったのは楽器の練習です。
私はファゴットという楽器の担当だったのですが、
どんなに楽譜通りに演奏しても顧問や先輩たちから
「もっと感情を込めろ!」と責められました。
意味がわかりませんでした。
初心者には扱いが難しいとされるそれを
完璧に演奏しているというのに、怒られるのです。
精神的に参ってしまった私は、1学期で退部しました。
それから別の部活動を探しているうちに
退部してからそのままフリーな先輩もいると知り、
私も先輩方を見習って自由人になると決めました。
校則の抜け道というやつです。
夏休みに入り、私は普通の女の子らしく
ファッション雑誌を購入して勉強しました。
部活動が無いので自由時間がたっぷりとあり、
ちょうどいい機会だと思ったからです。
ですが、私は服の上下の組み合わせなんかよりも
繊維による水分吸収率や断熱性の違いだとか、
除光液のアセトンを何かに利用できないか……など、
気を抜くとすぐにそんなことばかり考えていました。
私はスポーツに対してあまり関心が無いだけであり、
運動音痴というわけではありません。
体育の時間、サッカーやバスケットボールなどの
シュートで得点を稼ぐ競技では割と活躍しました。
特定の位置で特定の動作をすればいいだけです。
まあ他の女子は敵も味方も全員でボールを追いかけ、
持ち場から離れようとしない私は「サボらないで!」
と、よく怒られもしましたが。
ちなみに、サッカー部員やバスケ部員などの
その競技を理解している女子には勝てませんでした。
私が得意なのはポイントゲット行為だけであり、
それさえ妨害すればよいと心得ていたのです。
簡単です。私にボールを渡さなければいいのだから。
そういった試合で負けても悔しくはないのですが、
闇雲にボールを追いかけていただけの味方から
戦犯扱いされるのだけは納得がいきませんでした。
これだから集団競技は苦手なのです。
女子からの評判がよろしくない私でしたが、
男子から「好きだ」と言われたことがあります。
入学早々、私をロボット扱いした彼です。
私は誰からも嫌われていると思っていたので、
好意を持ってくれる人間がいたことに驚きました。
しかも彼はわざわざ周りに誰もいない場所を選び、
1対1で会話ができる環境を用意してくれたのです。
私は彼の好意と心遣いに感謝の言葉を伝え、
とても良い気分で会話を終了することができました。
父以外の人間とまともに会話が成立したのは、
おそらくこれが初めてだったと思います。
ですが、またもや私はしくじりました。
会話が成立したと思っていたのは私だけであり、
彼の意図を全く読み取れていなかったのです。
彼は私に対する評価を伝えたかったのではなく、
恋愛感情としての「好き」を伝えたかったのです。
いわゆる愛の告白というやつですね。
さんざん恋愛ドラマを観て学習したはずなのに、
私はまさか自分の身にそのイベントが発生するとは
微塵も思っていませんでした。
後日、私は彼に非礼を詫びてから確認を行いました。
「中村君は私とセックスをしたいのですか?」と。
すると彼は「体目当てじゃない」と返答したので、
将来的に子孫を残す意思のある私は彼を振りました。
すると彼は「本当はしたい」と訂正したので、
嘘つきが嫌いな私は彼を振りました。
もし彼が最初から正直に答えていたとしても、
私のような変人を好きになる人間は変人確定なので、
どのみち私は交際の申し込みを断る予定でした。
私は変人と交際したくはありません。
という旨を伝えた翌日、彼は学校を休みました。
彼は皆勤賞を目指していただけに残念です。
しばらくして、私は女子に呼び出されました。
周りに誰もいない、1対1で会話できる環境です。
中村君以外にも私を好きになる人間がいたんだなと
関心しつつ、女性同士では子孫を残せないので、
交際の申し込みを断るつもりで現場へ向かいました。
ですが、今回は愛の告白ではありませんでした。
どうやら彼女は変人の中村君を好いてるようで、
彼の意中の相手が自分ではないことに納得がいかず、
なぜか私を悪者扱いしてきたのです。
意味がわかりません。
これはどうしたものかと頭を悩ませていると、
「あんたみたいな女に惚れるだなんておかしい!」
と彼女が言ったので、「やはりそう思いますか」と、
双方の見解が一致している事実に安心しました。
だというのに、なぜか彼女はますます怒り狂い、
「このポンコツロボット女!!」と叫んだのです。
私に彼女と敵対する意思はありません。
できれば友好関係、もしくは無関係を望んでいます。
なので、私は彼女を笑わせるつもりで言いました。
「私は有機物なのでロボットではありません」
中村君はこれで笑ってくれました。
私は首を絞められました。
私も彼女の首を絞めました。
すると彼女はすぐに攻撃を中止して
私の腕をパンパンとタップしてきたので、
もう攻撃の意思は無いと見做して解放したのです。
私は「キラーマシン」と呼ばれるようになりました。
良いニックネームだと思います。
調べたら、有名なゲームの人気モンスターの
名前と一致していました。
可愛らしいデザインで愛着が湧きます。
まあ、そこから取った呼び名ではないのでしょう。
私はお目々パッチリの美少女とは程遠い存在であり、
「殺し屋の目をしてる」と言われたことがあります。
そこに元々のあだ名である「ロボット」が合わさり、
「殺戮機械」となったわけです。
3年生になり、私はこれまでの人生を振り返って
全然普通の女の子の生き方ではなかったと落胆し、
もう自分を変えようとするのは諦めました。
そして、10年間無視し続けた父に謝りました。
きっと許してはくれないだろう。
そう思っていたのですが……
「10年間も挑戦し続けたお前は偉い!
それでこそ私の娘だ!
科学ってのは、試行錯誤の連続なんだ!
一度や二度の失敗でへこたれないガッツが必要だ!
お前にはそれがある!
立派な科学者になれる資質があるぞ!」
なんと、許してくれました。
それどころか私を褒めたのです。
しかも更に……
「お前は挑戦に失敗したと思っているのだろうが、
そんなことは全然ないぞ!
人間、誰だって変なところの1つや2つあるもんだ!
むしろ変なところがない奴こそ普通じゃない!
お前にはそれがある!
よって、お前は普通の女の子だ!」
そう力強く断言され、私は泣いてしまいました。
ああ、私は普通の女の子だったんだ……と、
ようやく自分を認めることができたのです。
もっと早く教えてもらいたかったとも思いましたが、
父は科学者なので、結果が出るまで待つという
ルールに従って私の挑戦を見守っていたのでしょう。
他人に実験を邪魔されるのは嫌なものですからね。
何はともあれ、父との関係は修復できました。
これからはどこにでもいる普通の女の子として、
やりたいことを我慢せずに生きていこうと思います。
──と、これが並行世界の鷲尾梓の記憶です。
現行世界の私は彼女とは違う人生を歩んでいまして、
「女の子なのにロボットが好きなんて変!」という
戯言に惑わされることなく、普通の女の子として
自分のやりたいように生きてきました。
変で結構。
それこそ私が普通の女の子である証なのだから。




