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着せ替えの少女

仕事が忙しくて遅れました。

許してください何でもしますから!

家具屋を出た車は、そのまま街の中央区へ向かった。


グランドル中央モール。


戦争後に再建された大型商業施設だ。


四階建ての巨大な建物には様々な店舗が入っている。


衣料品。


化粧品。


雑貨。


アクセサリー。


生活用品。


飲食店。


そして特に女性向けの商品を扱う店が多いことで有名だった。


車が駐車場へ入る。


降りた瞬間だった。


アディが一枚の紙をウェルトへ押し付けた。


「はい」


「なんだこれ」


受け取ったウェルトは固まる。


紙いっぱいに文字が書かれていた。


シャンプー。


リンス。


ボディソープ。


歯ブラシ。


ヘアブラシ。


ドライヤー。


リップクリーム。


ハンドクリーム。


その他諸々。


その横には店名。


商品名。


ブランド名。


果ては物によっては色指定まで書かれている。


「……なんだこれ」


「必要な物リストよ」


「いや量がおかしいだろ」


「家具屋で会計待ってる間に書いた」


「あの間に!?」


アディは胸を張った。


「余裕でしょ」


ウェルトは遠い目をした。


嫌な予感しかしない。


「じゃあ私はセレナちゃん担当」


アディはセレナの肩を抱く。


「ウェルトは買い出し担当」


「俺だけ別行動かよ」


「当然でしょ」


即答だった。


「それじゃあ後はよろしく~、終わったらここ集合ね」


そうして置いていかれるウェルト


「はぁ、帰りてぇ」


彼の戦いが始まる


――


アディはセレナを連れて一軒の洋服店へ入った。


上品な雰囲気の人気店だ。


店内へ入った瞬間。


店員が近付いてくる。


「いらっしゃいませ――あら!」


女性店員の顔がぱっと明るくなった。


「アディさん!」


「今大丈夫かしら?」


二人は自然に笑い合う。


どうやら常連らしい。


「今日はどうしました?」


アディはセレナの肩を押した。


「この子お願い」


店員はセレナを見る。


そして。


電撃が走った。


ビシィッ!!


そんな効果音が聞こえた気がした。


銀髪。


透き通るような白い肌。


大きな瞳。


整いすぎた顔立ち。


そして本人はまったく自覚がない。


店員は固まった。


数秒。


やがて無言で踵を返す。


店員はそのまま入口へ向かう。


ドアを開く。


そして。


営業中。


そう書かれた札を裏返した。


CLOSED。


閉店中。


カラン。


静かな音が響く。


アディは腕を組んだまま頷いた。


「仕方ないわね」


「仕方ないですね」


店員も真顔で頷く。


二人の意見は一致していた。


幸いなことに店内には他の客がいない。


奇跡的なタイミングだった。


まるで神が今日のために用意したかのような状況である。


店員はゆっくり振り返った。


目が本気だった。


「やりましょう」


「ええ」


アディも真剣な顔で頷く。


そして二人は固く握手した。


その瞬間。


セレナ着せ替え人形フェスティバルが開幕した。


――


最初に着せられたのは白を基調とした上品なワンピースだった。


店員が髪を整える。


手際が異常に良い。


洋服店の店員とは思えない。


髪を軽く編み込み。


銀髪を流す。


鏡の前に立たされたセレナは無表情だった。


「かわいい」


アディが呟く。


「かわいいですね」


店員も頷く。


本人だけが反応しない。


――次。


淡い青色のワンピース。


今度は横髪をまとめる。


少し大人っぽい雰囲気になる。


「これもいい」


「いいですね」


「買う?」


「買いましょう」


本人だけが反応しない。


――次。


黒を基調とした服。


背中はパックリと開いた大人のデザイン。


店員が髪を後ろでまとめる。


鏡に映った少女は。


十三歳には見えなかった。


妙な色気がある。


危険だった。


とても危険だった。


店員が固まる。


アディも固まる。


数秒後。


二人同時に叫んだ。


「危ない!」


「危ないですね!」


即座に却下された。


セレナは何が危ないのか分かっていない。


無表情のまま立っていた。


アディは額を押さえる。


「危うく買うところだったわ……」


「似合いすぎましたね」


「似合いすぎたわね」


二人は深く頷いた。


危険物認定だった。


――次。


――また次。


――さらに次。


服が変わる。


髪型が変わる。


帽子が乗る。


リボンが付く。


ヘアピンが増える。


そのたびに。


「かわいい」


「かわいいですね」


「天使ね」


「天使ですね」


「反則よ」


「反則ですね」


語彙力が死んでいった。


セレナはただされるがままだった。


腕を上げる。


回る。


座る。


立つ。


店員に言われるまま動く。


もはや人形だった。


高級人形だった。


アディと店員は途中から商売を忘れていた。


完全に推し活である。


気付けば服の山ができていた。


店員が汗を拭く。


アディも息を吐く。


達成感があった。


そして二人は再び固く握手した。


「いい仕事でした」


「ええ、本当に」


2人の戦争が終わった。


そして、お会計を頼むアディ。


すべてアディの自腹である。


もちろん痛みはない。


なぜなら推し活なのだから。


さすがの荷物の量なので当日配達をお願いする。


アディはふとセレナへ視線を向ける。


少し離れた場所。


セレナは棚に並ぶある商品をじっと見つめていた。


珍しい。


買い物中ずっと無表情だった彼女が、ほんの少しだけ興味を示しているように見えた。


「……ふふ」


アディは小さく笑う。


そして店員へ顔を向けた。


「ねぇ」


「はい?」


「あれも一緒に配達お願い」


店員は視線の先を確認する。


そして意味を理解したのだろう。


にっこりと微笑んだ。


「承知しました」


――


一方その頃。


ウェルトは歩いていた。


モール内を。


ひたすら。


メモ片手に。


店から店へ。


商品から商品へ。


「あった!」


「いや違う!」


「これ別ブランドだ!」


「なんでこんな似てんだよ!」


見つからなければ店員へ聞く。


そして値札を見る。


固まる。


「高っ!!」


思わず声が出た。


「なんでシャンプーがこんな高いんだよ……」


洗えれば同じじゃないのか。


「リップクリーム?」


唇だろ?


舐めてればいいだろ?


「ドライヤー?」


髪乾かすだけだろ?


なんでこんな値段するんだ?


理解できない。


何一つ理解できない。


だが。


買う。


全部買う。


メモ通りに。


律儀に。


全部買う。


会計中。


店員が微笑む。


「奥様へのプレゼントですか?」


「ハハハ」


「娘さんへのプレゼントですか?」


「ハハハ」


「彼女さんへですか?素敵ですね」


「ハハハ」


否定する気力もなかった。


説明が面倒だった。


笑って流すのが一番早かった。


――


その頃、アディ達は店を出る。


セレナはそのまま新しい服を着ていた。


白を基調とした上品なワンピース。


腰には小さなリボン。


銀髪によく映えるデザインだった。


数十着を試した結果。


アディと店員が満場一致で選んだ本日の優勝コーデである。


セレナ本人は特に感想がない。


着ろと言われたから着ているだけだった。


そうして二人は店を出る。


次に向かったのは化粧品売り場だった。


こちらは実際に試さなければ分からない。


だからこそウェルトには任せられなかった。


アディは迷わず店員へ近付く。


「こんにちは」


「いらっしゃいませ――」


店員が笑顔を向ける。


アディはセレナの肩を掴んだ。


そして前へ押し出す。


「今回の素材です」


店員はセレナを見る。


ビシィッ!!


電撃が走った。


そんな気がした。


店員の目が見開かれる。


セレナは気付いた。


この目。


見覚えがあった。


ついさっき見た。


洋服屋の店員と同じ目だった。


獲物を見つけた肉食獣の目である。


店員はゆっくりと立ち上がった。


一歩。


また一歩。


セレナは動けない。


そして、


店員の戦いが始まった。


――


ウェルトはモール入口の椅子の上で真っ白になっていた。


その横をモールを訪れる客が通り過ぎていく。


誰も知らないだろう、この男がこの数時間で稼ぎの3ヶ月分を消費したことを


遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。


「ウェルト―!」


顔を上げる。


そこには満足そうな顔をしたアディ。


そして。


その隣を歩く少女を見た瞬間。


ウェルトは固まった。


見慣れた銀髪。


見慣れた顔。


間違いなくセレナだ。


なのに。


どこか別人に見えた。


白を基調としたワンピース。


綺麗に整えられた銀髪。


ほんの少しだけ施された化粧。


歩くだけで周囲の視線を集める。


通り過ぎる人々が振り返る。


男も。


女も。


思わず目で追ってしまう。


そんな光景だった。


「どう?」


アディが得意げに胸を張る。


ウェルトはセレナを見る。


頭の先から足元まで。


数秒。


そして。


「似合ってる」


その一言だった。


セレナは自分の服を見る。


袖を見る。


リボンを見る。


そしてもう一度ウェルトを見る。


「そう?」


「ああ」


ウェルトは頷いた。


「綺麗になったな」


セレナは少し考える。


それから。


ふんす。


みたいな顔になった。


ほんの少しだけ胸を張る。


どや顔だった。


「お」


ウェルトが吹き出す。


「ははっ」


アディも思わず笑う。


褒められて嬉しかったらしい。


本人は平静を装っているつもりなのだろうが。


全然隠せていなかった。


「とりあえず、やることは終わったし帰るか」


ウェルトはゆっくりと立ち上がるとメモ通りにかった荷物を両手に抱えた。


こうして、彼らの戦争は終わった

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