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家具の少女

グランドルの住宅街。


四階建ての古いアパートの前に車が止まる。


「着いたぞ」


セレナは建物を見上げた。


大きい。


オルカ村のどの建物よりも大きかった。


入口の椅子には一人の老人が座っている。


白髪。


髭。


しかめ面。


アパート管理人のゴルドーだ。


「おう、帰ったかウェルト」


「ただいま」


そしてゴルドーの視線がセレナへ向く。


数秒。


固まる。


さらに数秒。


固まる。


そして。


「まさかお前……」


震える指でウェルトを指差した。


「結婚できないからって子供を攫ってきたのか!?」


「違ぇよ!!」


即座にツッコミが飛ぶ。


「しかもこんな美少女を!」


「話聞けジジイ!」


「通報するぞ!」


「だから違うって言ってんだろ!」


がんばって説明するウェルト。


横でゾイが笑いを堪えていた。


セレナだけが状況を理解できず首を傾げている。


なんとか納得してもらい、一同は階段を上がる。


アパート四階。


ウェルト達の部屋。


三人で暮らしても余るくらい広い。


元々は四人用だったらしい。


戦争で住人が減り家賃も安くなった。


「ここが俺達の部屋だ」


セレナは中を見回す。


机。


棚。


ソファ。


台所。


見たことのない物が沢山ある。


そして奥の扉を開く。


「ここ使え」


中は物置だった。


箱。


木材。


使わない家具。


雑多に積まれている。


「片付ければ部屋になる」


「なるほど」


セレナは納得した。


「とりあえず持ってる鞄はここにでも置いとけ」


ウェルトが机を指差す。


「わかった」


セレナは素直に頷き、肩から下げていた鞄を机の上へ置いた。


その様子を見ながら、ウェルトはふと気になったことを口にする。


「そういや、その鞄何が入ってるんだ?」


セレナは少し考える。


そして次の瞬間。


鞄をひっくり返した。


中身が床へ散らばる。


「いや、全部出さなくてもいいだろ」


ゾイが呆れた声を漏らした。


ウェルトも思わず眉をひそめる。


床に広がった荷物は驚くほど少なかった。


寝間着。


地図。


タオル。


替えの靴。


下着。


そして数点の小物。


十三歳の少女が旅をしていたとは思えないほど少ない。


「靴二足もいるか?」


「いる」


即答だった。


「そうか」


よく分からなかったが、とりあえず納得する。


散らばった荷物を眺めていたウェルトは、一枚の写真に手を伸ばした。


「これは――」


「返して」


声が重なった。


気付けばセレナは目の前にいた。


今まで見せたことのない速さだった。


写真は彼女の手の中へ戻っている。


ウェルトは目を瞬かせた。


「あ、悪い」


セレナは写真を両手で持ちながら小さく答える。


「これ、マーサが元気だった時に一緒に撮った写真」


その言葉にウェルトは表情を改めた。


「そうか」


短く息を吐く。


「乱暴に扱ってすまなかった」


「うん」


セレナは写真へ視線を落とした。


気まずい空気を振り払うように立ち上がる。


「と、とりあえず部屋の片付けからだな」


そう言った直後だった。


ウェルトの鼻がぴくりと動く。


向かいにいたゾイも同じような顔をした。


三秒ほど沈黙。


そして二人は同時にセレナを見る。


「セレナ」


「なに?」


「お前、三日も荒野歩いてたんだろ」


「うん」


「入ってないよな?」


「うん?」


「お風呂」


少し考えた後、セレナは頷いた。


「うん」


ウェルトは棚からタオルを取り出して渡した。


「風呂はそこの扉を開けたところだ、入ってこい」


「わかった」


セレナはタオルを受け取り、そのまま風呂場へ向かう。


扉が閉まる音が響いた。


それを確認してからウェルトは大きく息を吐いた。


改めて床に散らばる荷物を見る。


少なすぎる。


着替えもほとんどない。


生活用品もない。


よくそれで旅ができたものだ。


「なぁゾイ」


「うん?」


「女の子って何が必要なんだ?」


「僕に聞かれても」


ゾイは肩をすくめた。


男二人で顔を見合わせる。


数秒後。


ウェルトの頭に一人の顔が浮かんだ。


こういう時に頼れる人物。


少々うるさいが、間違いなく詳しい人物。


ウェルトは通信端末へ手を伸ばした。


「……あいつに聞くか」


「アディ?」


「ああ」


ゾイは苦笑した。


「絶対面倒なことになるよ」


「だろうな」


そう言いながらも、ウェルトは迷わず通信ボタンを押した。


数回のコールのあとポンっという音と共に


「珍しいわね。あなたから連絡をくれるなんて」


通信機の向こうから女性の声が聞こえる。


「大至急ちょっとうちに来てくれないか。困ったことになったんだ」


ウェルトは珍しく真面目な声で言った。


「え? 大丈夫なの?」


相手の声色が変わる。


「今日はちょうど休みだから、すぐ行くわ。そこで待ってなさい!」


返事を聞くなり、ウェルトは通信を切った。


「とりあえず来るまで部屋を片付けるか」


ゾイが立ち上がる。


「そうだな」


ウェルトもソファから腰を上げた。


――そして三十分も経たないうちに。


ピンポーン。


玄関の呼び鈴が鳴った。


ウェルトが返事をするより早く、勢いよくドアが開く。


「どうしたの!? 大丈夫!?」


飛び込んできたのは一人の20代半ばの女性だった。


鮮やかな赤髪を背中まで伸ばし、整った顔立ちに抜群のスタイル。


軍人らしい鋭い目つきと、どこか姉御肌な雰囲気を併せ持っている。


アディ=クレストン。


かつてウェルトの部下だった女性だ。


現在はウェルトとは別のチームのリーダーをやっている。


「おー、早かったなアディ」


ウェルトが呑気に言う。


「何があった――」


そこまで言いかけた時だった。


玄関横の扉が開く。


アディの言葉が止まった。


風呂上がりなのだろう。


少し濡れた銀色の髪。


湯気の名残を纏った白い肌。


年相応の細い身体。


大きな瞳。


そして警戒心の薄い無防備な表情。


少女は首を傾げた。


「?」


アディは固まった。


三秒。


五秒。


七秒。


誰も何も言わない。


部屋に妙な沈黙が流れる。


やがてアディは、ゆっくりと通信機を取り出した。


番号を押し始める。


「もしもし憲兵で――」


「待て、早まるな!」


ウェルトが慌てて腕を掴んだ。


「まずは説明してくれるんでしょうね?」


ぎろりと睨まれる。


ウェルトは観念したようにため息を吐いた。


「わかったから落ち着け」


そうしてウェルトは、セレナとの出会いから今に至るまでの経緯を説明した。


オートマタ三体との戦闘。


荒野で倒れたこと。


チームへ誘ったこと。


3日間お風呂に入ってなかったこと。


話を聞き終えたアディは腕を組む。


「つまり」


「オートマタ三体を単独で倒せる実力を持った少女をチームに入れたと」


「簡単に言えばそうだな」


「ふーん……」


アディは少し間を置いてため息を付く。


「はぁ、とりあえず分かったわ」


「信じてくれるのか?」


ウェルトは少しだけ肩の力を抜いた。


もっと面倒なことになると思っていたのだ。


アディは呆れたように笑う。


「こんなことで冗談を言う人じゃないくらい知ってるわよ」


「何年の付き合いだと思ってるの?」


その言葉にウェルトも苦笑した。


すると、二人のやり取りをじっと見ていたセレナに気付く。


「ああ、そうだった」


ウェルトは思い出したように言った。


「こいつはアディ=クレストン。俺が軍にいた頃の部下だ」


アディは表情を柔らかくする。


そしてセレナの前まで歩いていった。


「セレナちゃんだっけ?」


「私はアディ。気軽に――」


そこで言葉が止まる。


改めて真正面から見た。


近い距離で見た。


そして。


理解した。


「え」


思わず声が漏れる。


「うそ」


さらに一歩近付く。


「この子……」


大きな瞳。


整った顔立ち。


さらさらの銀髪。


人形みたいな透明感。


そして本人はまったく自覚がない。


アディの顔がみるみる崩れた。


「ちょーーーーかわいいんだけど!!」


次の瞬間。


セレナの頬に頬ずりをする。


「なにこの子!?」


「かわいっ!」


「お肌つるつる!」


「髪さらさら!」


「目大きっ!」


「ちっちゃい!」


「かわいい!」


「かわいい!!」


突然の猛攻撃にセレナはされるがままだった。


「……?」


困惑した顔でウェルトを見る。


助けを求めるような視線。


「とりあえず落ち着いたら話を続けるか」


「じゃあ俺、片付けの続きやっておくね」


そう言ってゾイは散らばった荷物の整理へ戻っていく。


セレナはというと、未だアディに頬ずりをされ、無表情のまま天井を見上げていた。


そして十分ほど経った頃。


ようやく理性を取り戻したアディが咳払いを一つした。


「それで?」


腕を組みながらウェルトを見る。


「結局、私を呼んだ理由は何なの?」


「ああ、それなんだが」


片付けをしていたウェルトは手を止めると、机の方を指差した。


「ちょっとあれ見てくれ」


アディは首を傾げながら机へ近付く。


そこに並んでいた荷物へ視線を落とした。


寝間着。


替えの靴。


タオル。


地図。


数点の小物。


以上。


「……これがどうしたの?」


「それだけなんだ」


ウェルトは肩を竦めた。


「セレナが持ってる荷物」


沈黙。


アディは荷物を見た。


もう一度見た。


さらに見た。


そして固まった。


十三歳。


年頃の少女。


ましてや、あれだけ整った容姿を持つ美少女だ。


多少なりともおしゃれに興味を持っていてもおかしくない。


なのに。


本当にこれだけだった。


服もほとんどない。


生活用品もない。


化粧品など当然ない。


少女らしい持ち物が驚くほど存在しない。


「……うそでしょ」


思わず呟く。


ウェルトは頭を掻いた。


「家具も買わなきゃならねぇしな」


「正直、女の子に何が必要なのかさっぱり分からん」


その言葉を聞いた瞬間だった。


アディの中で何かが繋がった。


全てを理解した。


そして。


自分が何をするべきかも理解した。


――この子を全力で推さなければならない。


それはもはや使命だった。


天啓だった。


悟りだった。


アディの背後に見えない炎が燃え上がる。


「わかったわ」


立ち上がる。


「任せなさい」


ウェルトが嫌な予感を覚えた。


「まずは家具よ!」


アディが叫ぶ。


「ウェルト! 車を出して!」


「セレナちゃん! 支度して!」


「お、おう」


「わかった」


二人とも反射的に返事をしていた。


もはや逆らえる空気ではない。


「ゾイ!」


ウェルトが振り返る。


「悪い! 部屋の片付け頼む!」


「うん」


ゾイは苦笑しながら頷いた。


「頑張って」


完全に他人事だった。


三人はすぐさまアパートを出て車に乗った。


運転席にウェルト。


助手席にアディ。


アディの膝の上にセレナ。


「まずは中央広場!」


アディが勢いよく指を前へ突き出す。


「噴水前の家具専門店よ!」


「了解!」


ウェルトまで妙に気合いが入っていた。


セレナだけが窓の外を眺めている。


まるで自分とは関係ない話だと言わんばかりだった。


家具屋へ到着すると同時にアディが突撃した。


「これ!」


「あとこれ!」


「これは絶対必要!」


店員へ次々と指示を飛ばしていく。


ベッド。


洋服タンス。


勉強机。


化粧台。


本棚。


鏡。


小物収納。


どんどん決まっていく。


ウェルトが慌てて口を挟んだ。


「おい待て!」


値札を指差す。


「これ高くねぇか!?」


「男がしゃしゃり出てこない!」


「はい!」


即死だった。


ウェルトは黙った。


完全敗北である。


セレナは相変わらず放心状態。


店員は満面の笑み。


誰もアディを止められない。


止める者はいない。


一時間後。


全てが終わった。


ウェルトはレジ前に座らされていた。


まるで処刑台だった。


店員がそっと電卓を差し出す。


表示された数字を見る。


ウェルトは静かに目を閉じた。


そして。


「カードの分割っていけますか?」


店員は慣れた笑顔を浮かべる。


「もちろんです」


「何回払いになさいますか?」


ウェルトは遠い目をした。


財布が泣いている気がした。


「……十回で」


「かしこまりました」


店員が嬉しそうに頷く。


その横でアディは満足そうだった。


セレナはまだ状況を理解していなかった。


そして――


買い物は、まだ終わらない。

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