防衛戦の少女 中編
街では今なお市民の避難が続けられていた。
その中心となって動いているのはマービンだった。
軍人たちへ次々と指示を出しながら、市民を避難用シェルターへ誘導していく。
その時、有線通信機からオーズの声が入る。
「マービン、そっちの状況はどうだ」
「現在、住民の約七割が避難を完了しています。しかし、全員の避難にはもう少し時間が掛かりそうです」
「急げよ。何があるか分からんからな」
「了解しました!」
通信が切れると、マービンは再び避難誘導へ戻っていった。
――場面は変わる。
街の一角には、美しい装飾が施された大きな建物が建っていた。
かつてこの街を治めていた王族が離宮として使用していた建物。
現在はレナードの会社が買い取り、事務所として利用している場所である。
その建物の食料庫として使われていた部屋。
静まり返った床が突然動き出す。
ガコン――。
床板がゆっくりと開き、暗い地下通路から一人の男が顔を出した。
「……どうやら着いたようです」
レナードだった。
彼は周囲を確認すると地上へ上がり、その後ろからウェルト、ゾイ、セレナも続いて姿を現す。
四人は食料庫を出て建物の廊下へ進み、そのまま外の様子を確認する。
ウェルトは窓際へ歩み寄り、街並みを見渡した。
「……本当に着いたのか」
その声には少し驚きが混じっていた。
ゾイも苦笑しながら頷く。
「改めて思うけど、僕たちって運がいいよね」
「レナードさんが会議の日程を間違えて依頼を出したこと、その依頼を僕たちが受けたこと、全部が偶然重ならなかったら、ここへ来ることもできなかった」
レナードは外を眺めながら小さく呟く。
「会社の社員は……どうやらもう避難したようですね」
人気のない建物を見回しながらそう言った。
ウェルトは頷く。
「とりあえず、この街の軍の責任者と話をしないとな」
そう言うと建物の出口へ向かって歩き出す。
四人が建物を出て敷地の門を抜け、大通りへ出たその時だった。
「まだこんなところにいたんですか!」
「早く避難してください!」
青年がこちらへ向かって全力で駆け寄ってくる。
マービンだった。
ウェルトは一歩前へ出る。
軍服姿だったため、相手が軍関係者であることはすぐに分かった。
「君はサラティーの軍の人間でいいのか?」
マービンは息を整えながら敬礼する。
「はい! サラティー守備隊所属、軍曹のマービンです」
ウェルトも軽く頷いた。
「俺はグランドルのギルドチーム、シルバーラビットフットのリーダー、ウェルトだ」
「この街の責任者と話がしたい」
その言葉にマービンは目を見開く。
「グランドルから!?」
「ですが、外はすでに戦闘中ですよ!? 一体どうやって……」
するとレナードが一歩前へ出る。
「実は――」
地下通路のことを簡潔に説明する。
話を聞き終えたマービンは驚きを隠せなかった。
「そんな抜け道があったなんて……」
しかし、すぐに気持ちを切り替える。
「と、とにかくこちらへ!」
「有線通信設備があります。オーズ中佐にもすぐ連絡できます!」
そう言うとマービンは四人を案内するため走り出した。
———
少しずつ近づいてくるオートマタの群れに、城壁の上の空気は張り詰めていた。
その時、通信が入る。
「オーズ中佐! こちらはマービンです! 至急お伝えしたいことがあります!」
緊急を知らせる声だった。
オーズはすぐに応答する。
「どうした、マービン! 何があった!」
「グランドルのギルドから来たという方がお話ししたいと……。そちらへお連れしてもよろしいでしょうか?」
一瞬、オーズは眉をひそめた。
(何を言っている……?)
この戦闘中に、グランドルからここまで来られるはずがない。
しかし、マービンは続ける。
「信じられないかもしれませんが、本当なんです。詳しい話を聞けば分かります!」
その声に嘘はなかった。
「……分かった。こちらは動けん。こちらへ来てもらえ」
「了解です! すぐに車で向かいます!」
通信が切れる。
レナードはここで別行動を取ることになった。
「私は避難します。皆さんはどうかお気を付けて」
ウェルトは手を差し出す。
「あんたのおかげで助かった」
レナードも力強く握り返した。
「すべてが終わったら、また会いましょう」
その言葉を交わし、二人は別れる。
ほどなくしてマービンが車で迎えに来ると、ウェルトたちは防壁へと向かった。
そこではオーズが砲撃の指示や兵の配置を次々と行っていた。
マービンが小走りで駆け寄る。
「中佐、お連れしました!」
ウェルトたちも歩み寄る。
マービンは地下通路の件を説明した。
「まさか、そんな抜け道があったとは……」
オーズは驚きを隠せない。
改めてウェルトへ向き直る。
「私はサラティー守備隊司令官、オーズ中佐だ」
「グランドル所属ギルド、シルバーラビットフットのリーダー、ウェルトだ」
二人は固く握手を交わす。
ウェルトは道中でオートマタの大群を発見したこと、すでにグランドルへ救援要請を送っていることを伝えた。
その報告を聞いたオーズは安堵の息を漏らす。
「感謝する。これで希望は繋がった」
「俺たちは、それまで持ちこたえればいい」
「シールドの残エネルギー量は?」
近くに居た兵士が端末を確認する。
「残りは90%です」
オーズはその言葉を聞くと。
「なんとかなりそうだな」
っと少し安心した顔になる。
その時だった。
一体の大型オートマタが後方からゆっくりと戦列へ加わってきた。
他の個体より一回り以上大きく、背中には巨大な塔を背負っている。
重量があるのか、その歩みは遅かった。
オーズは目を細める。
「あれは……ジャミング機能搭載型か」
次の瞬間だった。
大型オートマタが動きを止める。
背中の塔の根元から火花が散り、金属音と共に塔が外れて地面へ倒れた。
「……!」
オーズは思わず通信端末を確認する。
「通信が……戻った?」
途切れていた電波が復活している。
しかし、その直後。
大型オートマタの背中が大きく開き、内部から巨大な砲身がせり上がった。
それを見た瞬間、セレナがウェルトに伝える。
「ウェルト。 あれは撃たせたらだめだよ。」
「どういうことだ――」
ウェルトが聞き返そうとした、その時。
巨大砲の中心へ、眩い光が集まり始めた。
オーズは、その瞬間すべてを理解した。
(なぜ、このタイミングでジャミングを解除した?)
救援を呼ばせないためなら、最後まで維持すればいい。
それを解いたということは――
**「もう呼ばれても間に合わない」**
オートマタは、そう判断したということだった。
「総員!!」
オーズは腹の底から叫ぶ。
「衝撃に備えろーーーーッ!!」
次の瞬間。
世界が白く染まった。
轟音。
まばゆい光。
巨大な光線が一直線に防壁へ叩き込まれる。
シールドが受け止めるものの、その衝撃だけで全員の身体が浮きそうになる。
猛烈な暴風。
誰も目を開けられない。
全員が腕で顔を覆い、必死に耐えた。
やがて光が収まる。
大型オートマタは役目を終えたかのように、その場で崩れ落ちた。
エネルギー切れだった。
「シールドはどうなった!?」
オーズの怒号が飛ぶ。
近くの兵士が端末を見る。
「シールドのエネルギー、残り……3%です!!」
その言葉に全員の顔色が変わる。
なおもオートマタの砲撃は続く。
3%。
2%。
1%。
そして――
「0%!!」
その瞬間だった。
ズドォォォン!!
激しい爆音と共に砲台が吹き飛ぶ。
シールドが、消えた。
防壁へ次々と砲撃が直撃する。
堅牢な城壁が少しずつ削られていく。
設置されていた砲台も次々と破壊されていく。
しかし、それだけでは終わらなかった。
一部の小型オートマタが防壁へ向かって一直線に走り始めた。
武装はない。
ただ、防壁だけを目指している。
それを見たウェルトの表情が変わる。
「セレナ!!」
銃を構える。
「あれは普通の近接型じゃねぇ!」
「自爆型だ!!」
「あれを近づけるな!!」
セレナは即座にアーティファクトを銃へ変形させる。
一発。
命中。
自爆型は大爆発を起こして消えた。
その様子を見たオーズも叫ぶ。
「総員!!」
「あれを絶対に近づけるな!!」
防壁の上から一斉射撃が始まる。
しかし小型で高速。
兵士たちの弾は次々と外れていく。
ウェルトですら数発外した。
セレナだけは全弾命中させていた。
それでも数が多すぎる。
ついに数十体の自爆型が防壁へ辿り着く。
同じ場所へ。
折り重なるように集まり始めた。
それを見たオーズは全力で叫ぶ。
「その場所から離れろーーーーーッ!!」
だが遅かった。
閃光。
そして――
大爆発。
防壁全体が揺れる。
爆風が止み、舞い上がった砂煙がゆっくりと晴れていく。
そこにあったはずの巨大な防壁は――
消えていた。
歴代の王たちが築き上げた要塞。
幾多の戦争を耐え抜き、千年以上この街を守り続けてきた城壁。
それが、自分たちの代で失われた。
「千年も守り続けた防壁が……」
オーズは呆然と立ち尽くす。
だが、その隙すら与えてはくれない。
オートマタの大群が前進を開始した。
砲撃は止まらない。
街へ向けて次々と着弾する。
燃え上がる建物。
悲鳴。
立ち上る黒煙。
立ち尽くすオーズ。
燃える街をただ眺めている。
その様子を見ていたウェルト。
オーズに近づくと胸ぐらを掴む勢いで迫る。
「しっかりしろ、中佐!!」
「あんたまで諦めたら、この街は終わる!!」
「まだ終わってねぇ!!」
その言葉にオーズは我に返る。
自らの頬を力いっぱい叩いた。
「……すまん!」
すぐに振り向き、怒鳴る。
「負傷兵を回収しろ!」
「防壁を失っても戦線は維持する!」
「救援が来るまで、なんとしても持ちこたえるんだ!!」
絶望の中、それでも誰一人として武器を捨てる者はいなかった




