表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
41/46

護衛の少女

朝の柔らかな日差しが部屋へ差し込む。


セレナは静かに着替えを済ませ、鏡の前で身だしなみを整えていた。


今日の服は、アディが選んでくれたお気に入りの一着。


ふんわりとしたスカートが揺れる。


……ただし。


アディが買ってくる服は、ほとんどがスカートだった。


そのためウェルトからは、一つだけ絶対の約束を言い渡されている。


「スカートを履くなら、必ずスパッツか厚手のストッキングを履くこと」


高く跳び、壁を蹴り、戦場を駆け回るセレナにとっては、もはや必須の装備だった。


当のアディはというと、


「戦い方を知る前に大量に買っちゃったのよぉ……」


と、一度は頭を抱えたものの、


「でも可愛いからヨシ!」


という、いかにも彼女らしい結論に落ち着いていた。


今日は白いストッキング。


履き終えたセレナは鏡を見つめ、小さく頷く。


「……よし」


身支度を終え、部屋を出る。


アパートの前では、朝の日課のように掃除をしていたゴルドーが、箒を止めて笑いかけた。


「おー、嬢ちゃん。今日は任務かい?」


「うん」


「そうかそうか」


ゴルドーは目を細める。


「気を付けて行っておいで」


その笑顔は、孫を送り出す祖父そのものだった。


「……いってきます」


軽く頭を下げ、セレナは駐車場へ向かう。


そこには見慣れたトラックと、もう一台。


ワイルドローズのジープが停まっていた。


「……車、違うね」


その呟きに、荷物を積み替えていたウェルトが振り返る。


「今回は護衛任務だからな」


荷物を持ち上げながら続ける。


「さすがに二人乗りじゃ足りねぇ」


「ワイルドローズの車をアディに借りてきた」


「護衛任務?」


首を傾げるセレナへ、ゾイが説明する。


「グランドルから南にあるサラティーまで、人を送り届ける依頼なんだ」


「バスは使わないの?」


「使えなくはないよ」


ゾイは笑った。


「でも安全なルートを通るから、三、四日掛かっちゃう」


「依頼人は急ぎらしくてね」


ウェルトがジープのボンネットを軽く叩く。


「だから俺たちは最短ルートだ」


「半日もあれば着く」


少し表情を引き締める。


「……その代わり、最近あの辺はオートマタがよく出る」


「だから護衛依頼ってわけだ」


セレナは静かに頷いた。


「……守る」


「その意気だ」


ウェルトは最後の荷物を積み込み、後部座席の扉を閉める。


「今回も油断はするなよ」


「もちろん!」


ゾイは笑顔で親指を立てる。


「安全運転、安全護衛!」


「ぶつけたら俺たちが修理代を払うことになるしな」


ウェルトが肩をすくめると、ゾイは苦笑いを浮かべた。


穏やかな朝。


けれど、その先には新たな任務が待っている。


三人はジープへ乗り込んだ。


エンジンが静かに唸りを上げ、車はゆっくりと走り出す。


「とりあえずギルド支部で依頼人と合流するよ」


ハンドルを握るゾイが前を見据えたまま言う。


「依頼の人って、どんな人?」


助手席からセレナが尋ねる。


ウェルトは依頼書を取り出し、目を通した。


「えーっと……」


「レナード・グレイス。四十六歳、男性」


さらに読み進める。


「会社の役員らしいな」


「大事な会議の日付を勘違いしてたらしくて、どうしても今日中にサラティーへ着かなきゃならないらしい」


「それは大変そうだね」


ゾイが苦笑する。


セレナは小さく首を傾げた。


「……会議?」


聞き慣れない言葉だった。


ゾイは少し考えてから説明する。


「みんなで集まって、大事なことを話し合う時間かな」


「……そうなんだ」


セレナは納得したように頷いた。


そんな話をしているうちに、ジープはギルド支部へ到着した。


駐車場には、すでに一人の男性と、受付職員らしき女性が待っている。


ジープが停まるのを確認すると、職員はすぐにこちらへ駆け寄ってきた。


ゾイが車を降りる。


「お待ちしておりました」


職員は笑顔で会釈し、隣に立つ男性を紹介した。


「こちらが今回の依頼人、レナード・グレイス様です」


四十代半ばほどの、スーツ姿の男性だった。


どこか疲れた表情をしているが、身なりはきちんとしている。


レナードは深く頭を下げた。


「レナード・グレイスと申します。本日は護衛、よろしくお願いいたします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


ゾイも笑顔で手を差し出す。


二人はしっかりと握手を交わした。


その様子を車内から眺めていたウェルトが呟く。


「……感じの良さそうな人だな」


「うん」


セレナも静かに頷いた。


挨拶を終えたゾイが後部座席のドアを開ける。


「準備がよろしければ、すぐに出発します」


「はい、お願いします」


レナードはそう答えると車へ乗り込み――


隣に座っていたセレナを見て、思わず目を見開いた。


「なっ……!」


「こ、子供が乗ってる!?」


当然の反応だった。


シルバーラビットフットの存在を知らなければ、護衛任務に十三歳ほどの少女が同行しているようにしか見えない。


ウェルトは苦笑しながら説明する。


「見た目は子供ですが、うちの主力戦力です」


「安心してください」


「は、はぁ……」


レナードは戸惑いながら返事をする。


ギルド職員からは、


『クイーン討伐の実績を持つ信頼できるチームです』


と事前に説明を受けている。


ギルドが虚偽の情報を伝えるとは思っていない。


それでも、目の前の少女を見れば、不安になるのも無理はなかった。


そんなレナードの様子を見ていたセレナが、小さく首を傾げる。


「……大丈夫?」


心配そうに覗き込まれ、レナードは我に返った。


(いけない)


(急な依頼を引き受けてくれた人たちに、この態度は失礼だ)


気持ちを切り替え、穏やかに笑う。


「ええ、大丈夫です」


「本日はよろしくお願いします」


セレナも小さく頷いた。


「……よろしく」


そのやり取りを見届けると、ゾイはエンジンを掛けた。


「それじゃあ、出発します」


ジープは静かに走り出す。


目指すは南の街――サラティー。


新たな護衛任務が、いよいよ始まろうとしていた。


そうして街を出た一行は、いつものように何もない荒野を走っていた。


車内には、一定のエンジン音だけが響いている。


そんな中、ウェルトが後部座席のレナードへ話しかけた。


「そういえば、会議の日程を間違えたんですって?」


「お恥ずかしながら……」


レナードは苦笑する。


「自分で手書きしたメモの数字を、自分で見間違えて覚えてしまいまして」


「それはまた……」


「ええ。部下から、まだ到着していないのかと連絡が来ましてね」


「そこで初めて日程を間違えていたことに気付き、慌てて依頼を出したというわけです」


「それは大変ですね」


ウェルトも同情するように頷いた。


そんな会話の中、レナードは改めてセレナへ視線を向ける。


そして、思わず目を奪われた。


銀色の長い髪。


透き通るような白い肌。


整った顔立ち。


あまりにも淡麗な容姿だった。


「……しかし、セレナさんは本当にお綺麗ですね」


「……ありがとう」


セレナは素直に礼を言う。


その反応に、レナードは一瞬だけ目を瞬かせた。


もっと照れたり、否定したりするものだと思っていた。


だが、セレナは本当にただ、言葉通りに感謝しているだけだった。


レナードはそんな彼女を見つめながら、何かを考えるように黙り込む。


その時だった。


「……ん?」


ウェルトが前方へ視線を向けた。


「どうしたの?」


ゾイが尋ねる。


「レーダーに反応がある」


ウェルトは端末を確認する。


「接敵したみたいだ」


その言葉に、レナードの表情が僅かに強張った。


「オートマタですか?」


「ああ」


「……」


レナードは僅かに身を固くする。


「どうやら向こうもこっちに気付いたみたいだな」


ウェルトは銃を構え、双眼鏡を覗き込む。


「数は?」


「……二体」


ゾイが前方を見据えた。


「一旦止めて、ここで迎撃だね」


「そうだな」


ジープがゆっくりと減速し、荒野の中で停止する。


「俺が先に確認してくる」


ウェルトがドアを開け、外へ降りる。


セレナも続いて車を降りようとした。


「セレナさん、本当に大丈夫なのですか?」


レナードが心配そうに声を掛ける。


セレナは振り返った。


「……見てて」


それだけ言うと、車から降りる。


ゾイはレナードへ双眼鏡を差し出した。


「これでよく見えますよ」


「ありがとうございます」


すでに外へ出ていたウェルトは、前方を見据えながら迎撃の準備を整えていた。


セレナがウェルトの隣まで歩いていく。


ウェルトは双眼鏡を覗きながら答える。


「よくある四足歩行型のやつだな」


そして、セレナを見る。


「……あのおっさんに、お前の凄さを見せてやれ」


「……わかった」


車の窓越しに見ているレナードには、二人の会話までは聞こえていなかった。


ただ、セレナが前へ歩き出すのだけが見えた。


そして。


次の瞬間。


セレナの姿が消えた。


否。


飛び出した。


「……え?」


レナードが目を見開く。


オートマタはその動きを察知し、迎撃体勢へ移行する。


背部の機関砲が展開され、無数の弾丸がセレナへ向けて放たれた。


だが。


セレナは速度を落とさない。


荒野を縦横無尽に駆け回り、次々と弾丸をかわしていく。


直撃コースに入った弾丸は、アーティファクトを剣へ変形させて弾き飛ばす。


「……」


レナードは言葉を失っていた。


まるで。


彼女が舞っているように見えた。


機械の銃撃を紙一重でかわし、弾丸を斬り落としながら、荒野を駆ける。


その姿は戦闘というよりも――


一つの舞踏のようだった。


美しい。


そう思った。


セレナは一瞬の隙を見逃さない。


アーティファクトを銃へと切り替え、そのまま射撃する。


だが、オートマタはすぐにシールドを展開した。


放たれた弾丸がシールドへ弾かれる。


セレナは一瞬だけシールドを見た。


収束モードを使えば、破壊することはできる。


だが。


ここでエーテルを使い切るわけにはいかない。


セレナは即座に銃を剣へと変形させた。


そして、オートマタへ向かって突っ込む。


シールドの外側を回り込み、その内側へ入り込む。


オートマタもすぐに対応した。


背部から二本の隠し腕が展開される。


その先端には、鋭い刃が取り付けられていた。


迫り来るセレナへ向け、二本の腕が同時に襲い掛かる。


だが。


その腕が振り下ろされるよりも早く。


セレナの斬撃が走った。


ズバッ!


二本の隠し腕が、まとめて切り飛ばされる。


宙を舞う二本の腕。


それでもセレナの攻撃は止まらない。


そのままオートマタの前足二本を斬り落とす。


バランスを失った機体が大きく傾き、地面へ倒れ込む。


セレナはそのまま倒れたオートマタへ飛び乗った。


そして。


頭部へ剣を突き刺す。


「……バースト」


次の瞬間。


オートマタの内部で爆発が起きた。


内部から破壊された機体は、完全に沈黙する。


残るは、もう一体。


もう一体のオートマタがセレナへ向け、機関砲を展開した。


だが。


セレナはすでに動いていた。


剣を引き抜く。


そして、もう一体のオートマタへ向かって走り出す。


機関砲を撃つには、距離が近すぎる。


オートマタは後退しようとする。


だが。


それよりも早く。


セレナが目の前へ到達した。


オートマタが背部の隠し腕を展開しようとする。


しかし。


その動きすら許さない。


セレナは一瞬で機体の懐へ潜り込んだ。


そして。


アーティファクトを銃へ変形させる。


至近距離から、腹部へ向けて発砲した。


銃弾が装甲を貫通する。


腹部を突き抜けた弾丸は、そのまま背中から空へと抜けていった。


セレナは、オートマタが倒れるより早くその場から離れる。


そして。


ズズンッ!


オートマタはその場で崩れ落ちた。


静寂が戻る。


彼女にとって。


この二体のオートマタは、もはや敵ですらなかった。


ただの的。


その程度の存在だった。


レナードは、ただただその姿に見惚れていた。


先ほどまで。


本当に大丈夫なのかと心配していた自分が、恥ずかしくなる。


そんな心配など、完全に余計なものだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ