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訪問の少女 後編

カロンはセレナの手を取った。


「私の部屋でお話しましょう!」


勢いよく引っ張られ、セレナはそのまま二階へ連れて行かれる。


「カロン、セレナちゃんを困らせないのよー!」


階下からオーリーの声が飛んでくる。


「わかってるー!」


元気よく返事をすると、そのまま部屋の扉を開けた。


「どうぞ!」


セレナは部屋へ一歩足を踏み入れる。


そして静かに周囲を見回した。


「……」


きょろ。


きょろ。


本棚。


机。


ぬいぐるみ。


壁に貼られたポスター。


窓際に並べられた小さな観葉植物。


初めて入る、同年代の少女の部屋。


興味津々なのが、その視線だけで伝わってくる。


そんな様子を見ながら、カロンは思わず笑ってしまった。


「ふふっ」


改めてセレナを見つめる。


銀色の長い髪。


透き通るような白い肌。


整った顔立ち。


「……ほんと」


「漫画から出てきた魔法少女みたい」


セレナは首を傾げる。


「魔法少女?」


「うん!」


勢いよく頷くカロン。


「ねぇ、髪触ってもいい?」


「……うん」


許可をもらうと、恐る恐る銀髪へ手を伸ばした。


さらっ――


指の間を流れる柔らかな髪。


「わぁ……」


思わず声が漏れる。


「サラサラ……」


「私の髪とは大違い」


少しだけ自分の髪を摘まむ。


「私、少し癖っ毛だから羨ましいなぁ」


すると。


セレナはカロンの正面へ回った。


「?」


不思議そうに見上げるカロン。


その頬へ、セレナはそっと手を添える。


指先で赤い髪を耳へ流した。


さらり。


「……カロンも素敵だよ」


その一言。


「…………」


カロンの顔が一気に赤くなる。


「あ、ありがとう……」


恥ずかしさで俯いてしまう。


セレナはそんなことに気付かず、じっと見つめている。


「……」


耐えられない。


話題を変えなきゃ。


カロンは慌てて本棚へ向かった。


「そ、そうだ!」


「セレナちゃんって趣味ある?」


「趣味……」


ぽつりと呟く。


考えてみる。


料理。


掃除。


訓練。


戦闘。


どれも生活の一部であって、趣味と言われるとよく分からなかった。


その様子を見たカロンは、本棚から一冊の漫画を取り出した。


「私ね、漫画とかアニメを見るのが好きなの」


そう言って嬉しそうにセレナへ差し出す。


表紙には、可愛らしい衣装を身にまとった少女。


どうやら魔法少女を題材にした作品らしい。


セレナは両手で受け取り、ゆっくりページをめくる。


ぱらり。


色鮮やかなイラスト。


躍動感のある構図。


見たことのない世界。


ウェルトの家では漫画やアニメに触れる機会はほとんどなかった。


だからこそ。


一枚一枚が新鮮だった。


「……綺麗」


自然と零れた一言。


カロンは嬉しそうに笑う。


「でしょ!」


「私、この子が一番好きなんだ!」


指差した先には主人公の少女。


銀色の長い髪。


透き通るような白い肌。


凛とした銀色の瞳。


儚さと強さを併せ持った少女だった。


カロンはその絵とセレナの顔を交互に見る。


「ほら!」


「なんだかセレナちゃんにそっくりじゃない?」


セレナも主人公を見る。


「……似てる?」


「似てる似てる!」


カロンは何度も頷く。


「銀髪だし!」


「雰囲気も似てる!」


「それに可愛いし!」


その勢いに、セレナは少し戸惑いながら。


「……そうかな」


「そうだよ!」


カロンは満面の笑みで答える。


「もしセレナちゃんがこの服着たら、本物の魔法少女みたいになるもん!」


セレナはもう一度ページをめくる。


ぱらり。


ぱらり。


どんどん引き込まれていく。


そんな姿を見て、カロンはにっこり笑った。


「よかったら貸してあげる!」


「全部で十五巻あるから!」


セレナが瞬きをする。


「……いいの?」


「うん!」


「一気に読むと止まらないよ!」


少しだけ考えたあと。


「……読んでみたい」


その一言に、カロンは思わずガッツポーズをした。


「やったー!」


「これでセレナちゃんも魔法少女仲間だね!」


意味はよく分からなかった。


それでも。


嬉しそうに笑うカロンを見て、セレナも小さく頷く。


「……うん」


「ねぇ、セレナちゃん」


カロンは少しだけ真面目な表情になった。


「……?」


「もしよかったら」


「私と友達になってほしいな」


少しだけ緊張した声だった。


セレナは迷うことなく頷く。


「うん」


その返事を聞いた瞬間。


「やったーーっ!」


勢いよく抱きつくカロン。


「友達だー!」


無邪気に喜ぶ姿に、セレナも少しだけ嬉しそうな空気を纏う。


だが。


抱きついたまま、カロンは少しだけ静かになった。


腕に力が入る。


「……あと」


小さな声。


「お父さんを助けてくれて、ありがとう」


その言葉には、家族を失うかもしれない恐怖と、助けてもらえた安堵、そのすべてが込められていた。


セレナは静かに頷く。


「……うん」


そして。


よくアディが自分にしてくれるように。


そっとカロンの頭へ手を乗せた。


優しく。


ゆっくりと撫でる。


「……」


カロンは目を閉じ、小さく笑った。


カロンは何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。


「そうだ!」


そう言うと机へ駆け寄り、引き出しをごそごそと漁り始める。


「どこだっけ……あった!」


嬉しそうに取り出したのは、小さな白いリボンだった。


レースで縁取られた、魔法少女が身に付けていそうな可愛らしいデザインだ。


「これね、私が大好きな魔法少女とお揃いのリボンなの!」


目を輝かせながらセレナへ差し出す。


「セレナちゃん、絶対似合うと思うの!」


セレナはリボンをじっと見つめた。


「……リボン」


「自分でつけれる?」


小さく首を横に振る。


その返事を聞いたカロンは、さらに目を輝かせた。


「じゃあ私が付けてあげる!」


返事を待たず、ベッドをぽんぽんと叩く。


「ここ座って!」


「……うん」


セレナは素直に腰を下ろした。


カロンは背後へ回ると、長い銀髪を優しく梳かす。


さらり、と指の間を流れる髪。


「本当に綺麗……」


思わず呟きながら、丁寧にリボンを結んでいく。


そして――


「できた!」


セレナが振り向く。


銀色の髪に白いリボン。


それだけなのに、雰囲気が少し柔らかくなった。


カロンはその姿を見た瞬間――


両手で口を押さえた。


「きゃあああーーーっ!!」


部屋中に響く歓声。


「かわいいっ!!」


「すっごくかわいい!!」


「本当に魔法少女じゃん!!」


興奮のあまり、その場で何度も飛び跳ねる。


もしこの場にアディがいたなら。


間違いなく、その場で倒れていただろう。


その時だった。


ガチャッ。


部屋の扉が勢いよく開く。


「うるさいよ姉ちゃん」


文句を言いながら入ってきた少年。


カロンが振り返る。


「ちょっと、ノックくらいしなさいよ! ケルビン!」


「勉強してるこっちの身にもなって――」


そこまで言いかけたケルビンの視線が、セレナへ向く。


時間が止まった。


白いリボンを付けた銀髪の少女。


窓から差し込む光を受け、その姿はどこか幻想的だった。


(……え)


胸が大きく高鳴る。


言葉が出ない。


そこでようやく思い出す。


今日、お父さんを助けてくれた少女が家へ遊びに来る。


母さんが言っていた。


(この人が……セレナさん)


頭では理解した。


それでも目が離せなかった。


そんな弟の様子を見たカロンは、すぐに察する。


にやり、と笑ってから、セレナの腕へぎゅっと抱きついた。


「ケルビン」


「この子はセレナちゃん」


「私の友達だからね!」


どこか牽制するような言い方だった。


そして今度はセレナへ向き直る。


「セレナちゃん、この子はケルビン」


「私の弟!」


紹介されると、セレナはケルビンへ視線を向ける。


「……初めまして」


その一言だけで、ケルビンの顔はさらに赤くなった。


「は、初めまして!」


慌てて姿勢を正す。


「ケルビンといいます!」


「よ、よろしくお願いします!」


九十度近く頭を下げる。


そのあまりに真面目な挨拶に、カロンは吹き出した。


「ぷっ!」


「ケルビン、顔真っ赤じゃん!」


「う、うるさい!」


慌てて顔を隠すケルビン。


その様子を見たセレナは、不思議そうに首を傾げた。


ベッドから立ち上がる。


そして、ゆっくりケルビンの前まで歩いていく。


「え……?」


戸惑うケルビン。


セレナはその頬へ、そっと手を添えた。


「……」


指先から熱が伝わってくる。


「顔、熱い」


心配そうに覗き込む。


「大丈夫?」


至近距離。


透き通る銀色の瞳が、真っ直ぐ自分を見つめていた。


ケルビンの思考は完全に停止する。


「だ、だいじょうぶれす……!」


噛んだ。


その瞬間。


顔はさらに真っ赤になり、今にも頭から湯気が出そうなほど熱くなる。


「ふふっ!」


カロンはとうとう堪えきれず笑い出した。


「ケルビン、完全に固まってる!」


「うるさいってば!」


必死に反論する弟を見て、部屋には賑やかな笑い声が広がる。


一方のセレナだけは、最後まで首を傾げたままだった。


「……本当に大丈夫?」


まだ心配そうに見つめるその姿に、ケルビンはもう一度だけ胸を押さえた。


(だめだ……)


(この人、反則だ……)


そんなことを考えていると、一階からオーリーの声が聞こえてきた。


「カロンー! クッキーが焼けたから、セレナちゃんを連れて降りておいでー! ケルビンもよー!」


「はーい!」


元気よく返事をしたカロンは、セレナの手を取る。


「行きましょう!」


「……うん」


そのまま手を引かれながら階段を下りていく。


少し後ろを、まだ顔を赤くしたままのケルビンが静かについてきた。


リビングへ入ると、そこには焼き立てのクッキーが並んでいた。


甘く香ばしい香りが部屋いっぱいに広がっている。


ドルスとアディは、すでにコーヒーを飲みながら一息ついていたようだ。


そして――。


階段を下りてきたセレナの姿を見た瞬間、アディの目が輝く。


白いリボンを銀髪に結んだその姿は、いつもより少しだけ柔らかな雰囲気を纏っていた。


「きゃあああ!」


アディは一瞬で端末を取り出す。


「グッジョブよ! カロンちゃん!」


パシャッ。


パシャパシャッ。


夢中でシャッターを切り続ける。


その様子に、オーリーは苦笑しながら肩をすくめた。


「ほらほら、写真ばかり撮ってないで。」


「セレナちゃんがクッキー食べられないでしょう?」


「あっ、ごめんなさい!」


慌てて端末をしまうアディ。


その横で、カロンは嬉しそうにオーリーの元へ駆け寄った。


「お母さん!」


「私ね、セレナちゃんと友達になったよ!」


その言葉を聞いたオーリーは目を細め、優しく娘の頭を撫でる。


「そう。良かったわね」


「えへへ」


満面の笑みを浮かべたカロンは、ふと思い出したようにオーリーの耳元へ顔を寄せた。


「ちょっと耳貸して」


「ん?」


身をかがめたオーリーへ、小さな声で囁く。


「ケルビンね……」


「セレナちゃんに一目惚れしたみたい」


その言葉を聞いたオーリーは、そっと息子へ視線を向ける。


ケルビンはまだ頬を赤く染めたまま、セレナの後ろ姿をじっと見つめていた。


その様子を見たオーリーは、くすりと笑う。


「あらあら」


微笑ましい空気に包まれる中、オーリーが手を叩いた。


「さぁさぁ、クッキーが冷めちゃうわ」


「みんな座って」


六人が席へ着き、おやつの時間が始まる。


セレナは一枚クッキーを口へ運んだ。


さくり、と心地よい音が鳴る。


「……美味しい」


素直な感想に、オーリーは嬉しそうに笑う。


「ありがとう」


「たくさん焼いたから、いっぱい食べてね」


「……うん」


その返事だけで十分だった。


会話が弾み、笑い声が絶えない。


カロンには初めての同年代の友達ができ、


ケルビンには、少し早すぎる初恋が芽生えた。


ドルス家にも、どこか新しい風が吹き始めていた。


穏やかな時間は、あっという間に過ぎていく。


気付けば窓の外は夕焼け色に染まり、帰る時間になっていた。


玄関まで見送りに来たカロンは、小さな紙袋をセレナへ差し出す。


「はい」


「貸すって約束してた漫画!」


セレナは両手で受け取る。


「……ありがとう」


「読んだら感想聞かせてね!」


「……うん」


するとカロンは、端末を取り出した。


「あっ、そうだ!」


「連絡先交換しよう!」


「……うん」


二人が端末を合わせる様子を、少し離れた場所からケルビンが羨ましそうに見つめていた。


その視線に気付いたセレナは、迷うことなくケルビンの前まで歩いていく。


「……ケルビンも」


「連絡先、交換してくれる?」


「えっ!?」


思わぬ一言に、ケルビンは目を丸くする。


次の瞬間には、顔を真っ赤にしながら端末を取り出していた。


「ぜひ!」


慌てた様子で交換を終える二人。


その様子を見ていたアディは、思わず笑みを浮かべる。


「青春ねぇ」


すると横に立つオーリーが、こっそり耳打ちした。


「ところで」


「ウェルトさんとは、うまくいってるの?」


「なっ……!」


アディの顔が一気に赤くなる。


「い、今は関係ないでしょう!」


慌てて否定する姿に、オーリーは楽しそうに笑った。


「その様子だと、まだまだみたいね」


「もう!」


アディの抗議をよそに、玄関は笑い声で包まれる。


そして車へ乗り込もうとした時、セレナは髪へ触れた。


「……あ」


白いリボン。


まだ付けたままだった。


「リボン、返すね」


そう言ってほどこうとすると、カロンが慌てて止めた。


「待って!」


セレナが首を傾げる。


「……?」


「そのリボン、あげる!」


「……いいの?」


「うん!」


カロンは満面の笑みで頷く。


「実はね、色違いでもう一つ持ってるの」


「今度遊ぶ時、おそろいで付けよう!」


セレナは少しだけ考えてから、小さく頷いた。


「……うん」


「約束ね!」


「……約束」


友達だからこそ交わせる、小さな約束だった。


車がゆっくりと走り出す。


窓の外では、ドルス、オーリー、カロン、ケルビンの三人と一人が、いつまでも手を振っていた。


セレナも静かに手を振り返す。


やがて家が小さくなり、見えなくなった。


———


帰宅すると、セレナはいつものようにリビングへ入る。


「……ただいま」


「おかえり」


ウェルトとゾイが同時に迎える。


その時、ウェルトはふとセレナの髪へ目を向けた。


白いリボン。


出掛ける時には付けていなかったものだ。


「お」


「どうした、そのリボン」


「似合ってるじゃないか」


セレナは少しだけ考えてから答える。


「……友達にもらった」


その一言に、ウェルトは少しだけ目を丸くした。


そして、優しく笑う。


「そうか」


「よかったな」


「……うん」


その返事は、どこか嬉しそうだった。


今度はゾイが紙袋へ目を向ける。


「それも貰ったの?」


「……これは借りたの」


紙袋から一冊取り出して見せる。


「漫画」


「へぇ」


「読むの?」


「……うん」


「今から部屋で読む」


そう言うと、セレナは漫画を大事そうに抱え、自分の部屋へ向かっていく。


「ご飯できたら呼ぶからねー」


ゾイの声に、


「……うん」


と返事だけが返ってきた。


部屋へ向かうその後ろ姿を見送りながら、ウェルトは小さく笑う。


今日一日で、セレナには新しい友達ができた。


約束を交わし、おそろいのリボンをもらい、帰る場所がまた一つ増えた。


戦いでは得られない、大切なもの。


そんな温かな一日が、セレナの心にまた一つ、小さな思い出として積み重なっていくのだった。

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