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折り紙の少女

クイーン二体の討伐から翌日。


ウェルトはバリルから軍病院へ来るよう呼び出されていた。


ちょうどセレナの見舞いにも行こうと思っていたため、そのまま病院へ向かう。


受付を済ませると、看護師に案内され、一つの病室へと通された。


コンコン。


軽くノックをして扉を開ける。


そこにはベッドに腰掛けるアディと、その隣に立つバリルの姿があった。


「お待ちしてました」


「よう」


部屋へ入りながらウェルトはアディを見る。


「体調はどうだ?」


アディは苦笑しながら肩を竦めた。


「そこまでひどくないわ」


「擦り傷とか打ち身くらい」


「今朝まで治療用カプセルに入ってたし」


「二、三日もすれば退院できるって」


そう言って少しだけ表情を曇らせる。


「ドルスもコールも、他のみんなも治療用カプセルに入ってる」


「最低でも二、三週間はかかるみたい」


ウェルトは静かに頷いた。


「そうか……」


そして視線をバリルへ向ける。


「で?」


「わざわざここまで呼び出した理由は?」


バリルは資料を机へ置いた。


「まずはこちらをご覧ください」


差し出された資料には、昆虫型クイーンについての調査結果がまとめられていた。


「今回確認されたクイーンが二体存在した件ですが……」


「非常に珍しい事例です」


「過去にもほとんど確認されていません」


ウェルトが資料に目を通す。


バリルは説明を続けた。


「一体が巣を守り、もう一体がその周辺を巡回する」


「互いに縄張りを共有し、共生していたようです」


「同種のキマイラ同士は敵対しません」


「もしウェルトさんが以前討伐した恐竜種と昆虫種であれば、共生は成立しなかったでしょう」


アディが腕を組む。


「戦争中とは変わったわね」


「ええ」


バリルも頷いた。


「帝国の管理下を離れてから一年」


「生態そのものが変化している可能性があります」


「まだ分からないことばかりです」


ウェルトは資料を閉じた。


「……それだけか?」


「いえ」


「ここからが本題です」


そう言ってバリルは二枚の写真を机へ並べた。


一枚は、身体の半分以上が消失したクイーン。


もう一枚は、頭部だけが綺麗に消し飛んだクイーンだった。


「こちらがセレナさんが討伐した個体」


「そしてこちらが、救援部隊二十名分のエーテルを収束させた対クイーン用収束砲によるものです」


部屋が静まり返る。


比較するまでもなかった。


二十人分のエーテルを集めた収束砲よりも。


セレナが放った一撃の方が、明らかに威力が上だった。


バリルが静かに言う。


「少なくとも」


「セレナさんのエーテル量は二十人分を遥かに上回っています」


ウェルトもアディも何も言えなかった。


異常。


その一言しか浮かばない。


バリルは一度資料を閉じる。


「お二人は、スーパーソルジャーという存在をご存知ですか?」


アディはすぐに頷いた。


「もちろん」


「私は直接見たことはないけど」


ウェルトも続ける。


「帝国軍で異常な戦果を上げていた兵士達に付けられた呼び名だったな」


バリルは静かに頷く。


「その通りです」


「スーパーソルジャーは複数確認されています」


「主に帝国西部戦線で活動しており、異常な戦果を残した兵士達です」


「ただし資料は断片的で、詳細はほとんど残っていません」


「ウェルトさん達がいた南部戦線では、ほぼ確認されていませんでした」


そう言うと、一枚の古い報告書を取り出した。


「軍の資料庫から見つかったものです」


ウェルトとアディが目を通す。


そこにはこう書かれていた。


十歳前後。


銀髪の少女。


銃剣複合型アーティファクトを使用。


高速戦闘により一個中隊を壊滅。


二人は固まった。


「……これ」


アディが呟く。


ウェルトも目を見開いたままだ。


バリルは静かに続けた。


「三年前の記録です」


「スーパーソルジャーの一人に関する報告書になります」


病室の空気が重くなる。


銀髪。


銃と剣。


爆発的な速度。


昨日、自分達が目にした少女と、あまりにも一致していた。


「断定はできません」


「ですが可能性はあります」


「我々は、彼女の過去を何も知らないのですから」


少し間を置いてから、バリルはもう一枚の資料を取り出した。


「もう一つ、お伝えしておきます」


ウェルトは苦笑した。


「まだあるのか」


「はい」


「セレナさんの怪我についてです」


「正直に申し上げます」


「ほぼ完治しています」


アディが目を丸くする。


「え?」


「まだ一日しか経ってないのよ?」


バリルは頷いた。


「治療用カプセルにも入っていません」


「クイーンの攻撃で飛来した岩盤が直撃したと聞きました」


「通常であれば骨折、内臓損傷があってもおかしくありません」


「ですが」


「骨にも」


「内臓にも」


「異常は一切ありませんでした」


部屋が静まり返る。


ウェルトはその沈黙の中で、ふと別の記憶を思い出していた。


そういえば前に車から落ちたときの傷も、次の日には治っていた。


あのときはそこまで気にしていなかったが、今思えばやはり異常だ。


普通ではない。


人間とは明らかに違う。


そう思わせるには十分過ぎた。


ウェルトは静かに資料を握りしめる。


そして低い声で尋ねた。


「……それで」


「セレナをどうするつもりだ」


「捕らえるのか」


「処刑するのか」


「それとも、力の秘密を知るために解剖でもするのか」


その言葉に、部屋の空気が一気に張り詰めた。


軍にとって帝国のスーパーソルジャーは敵だ。


そして敵側にいた可能性のあるセレナ。


戦争は終わったとはいえ、軍が彼女にどう動くのかは分からない。


だからこそ、ウェルトは先に確かめたかった。


バリルは目を閉じ、小さく息を吐く。


「……何もしません」


「というか、上層部に報告する気もありません」


「……は?」


思わず聞き返すウェルト。


「いいのか?」


バリルは落ち着いた声で続けた。


「戦争は終わりました」


「彼女がどんな過去を持っていようと」


「今の彼女は敵ではありません」


「むしろ」


「命を懸けて仲間を救ってくれた味方です」


アディも優しく笑う。


「そうね」


「セレナちゃんがいなかったら」


「私は今ここにいない」


「過去がどうであれ」


「私は今のあの子を信じる」


バリルは頷いた。


「本来、この話をするつもりはありませんでした」


「ですが、これだけ異常な力を見せれば、いずれ誰かが疑問を抱きます」


「その時」


「彼女が余計な事件へ巻き込まれる可能性もあるでしょう」


「だから」


「お二人だけには伝えておきたかった」


「頭の片隅に置いておいてください」


「きっと役に立つ日が来ます」


ウェルトは静かに頷く。


「なるほどな」


アディも笑った。


「もしセレナちゃんが話してくれる日が来たら」


「そんなこと関係ないって」


「笑って受け止めてあげなくちゃ」


そして拳を握る。


「それに!」


「そんなことで私の推し活魂は消えないわ!」


その一言に。


ウェルトも。


バリルも。


思わず吹き出した。


重苦しかった病室に、小さな笑い声が広がる。


バリルは時計を見る。


「要件は以上です」


「まだ今回の後処理が残っていますので」


「私はこれで失礼します」


アディが笑顔で手を振る。


「頑張ってね」


「ありがとうございます」


部屋を出ようとしたバリルは振り返る。


「そうでした」


「セレナさんですが」


「もう退院できます」


「手続きはこちらで済ませてあります」


「迎えに行ってあげてください」


「看護師さんから、とても暇そうにしていたと聞いています」


ウェルトは苦笑しながら手を上げた。


「了解」


バリルは一礼すると病室を後にした。


部屋にはウェルトとアディだけが残る。


「どうだ」


「少しは落ち着いたか」


ウェルトが尋ねる。


アディは窓の外を見つめ、小さく笑った。


「そうね」


「少しだけ整理はついたかな」


「全部は、まだ割り切れないけど」


「でも」


「ウェルトの言う通り」


「クラウスが命を懸けて守ってくれた未来を」


「私は精一杯生きる」


ウェルトは微笑んだ。


「そうか」


そして立ち上がる。


「無理だけはするな」


「立ち止まることだって悪いことじゃない」


「倒れそうになったら俺でもドルスでも頼れ」


「支えてやる」


アディはまた泣きそうになる。


だが今度は堪えて、笑った。


「ありがとう」


「私のことはいいから」


「早くセレナちゃん迎えに行ってあげて」


「ああ」


ウェルトは病室を出ようとする。


その背中へアディが声を掛けた。


「退院したら真っ先に会いに行くって伝えておいて!」


ウェルトは振り返らず手だけを振る。


「任せろ」


そしてセレナの病室へ向かった。


ノックをして扉を開ける。


そこでは数人の看護師に囲まれたセレナが、一生懸命折り紙を折っていた。


「こう?」


「はい、そうです!」


「上手ですよ!」


看護師達はすっかり笑顔だった。


どうやら、この病院でも彼女は新たなファンを作ってしまったらしい。


その光景を見て、ウェルトは思わず笑った。


「なんだ」


「折り紙してたのか」


その声を聞いた瞬間。


セレナは勢いよく顔を上げた。


「ウェルト!」


いつも通り表情はあまり変わらない。


それでも、その雰囲気だけで嬉しいことが伝わってくる。


検査や治療が続き、知っている人には誰にも会えなかった。


だからこそ、その姿を見た瞬間、心から安心したのだ。


セレナは一羽の折り鶴を差し出す。


「看護師さんが教えてくれた」


「これを折ると」


「アディ達が早く元気になるって」


少し歪な折り鶴。


それでも、一生懸命折ったことだけは伝わってきた。


ウェルトは優しく頭を撫でる。


「偉いじゃないか」


「これならみんな、すぐ元気になるな」


セレナは頷く。


「ドルスとコールの分も折る」


「頑張りましょう!」


看護師達も笑顔で応援する。


その様子を見ていたウェルトは苦笑した。


「ところで」


「君達、仕事中じゃないのか?」


看護師達の笑顔が固まる。


「あ」


次の瞬間には、全員が慌てて病室を飛び出していった。


どうやらセレナに夢中になり、仕事を忘れていたらしい。


ウェルトは思わず呆れた。


セレナは何事もなかったように折り紙へ向き直る。


ウェルトは近くの椅子に腰を下ろし、その様子を見守った。


「二人分の折り鶴ができたら家に帰るぞ」


セレナはその言葉を聞くと、手を止めた。


「帰れるの?」


「もちろんだ。ゾイも待ってるぞ」


その言葉に目を輝かせる。


「焦らなくていい」


「ゆっくり折れ」


「うん」


嬉しそうに頷き、再び折り紙を折り始める。


その姿を見ながら、ウェルトは心の中で静かに思う。


スーパーソルジャーだろうと。


帝国の兵士だった過去があろうと。


そんなものは、どうでもいい。


仲間のために折り鶴を折り。


不器用な手で願いを込める。


今、目の前にいる少女こそ。


俺が知っているセレナだ。


だから俺は。


お前の過去じゃない。


これから先の未来を守る。


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