黙祷の少女
救援部隊が落ち着いてくる中。
ゼウレンはすぐさま周囲を見回した。
「エーテルに余力のある者は周囲の警戒を!」
「残存キマイラの索敵を優先してください!」
「負傷者の救護も急いで!」
的確な指示が飛ぶ。
勝利の余韻に浸る者は誰一人いない。
探索者達はすぐに持ち場へ散っていった。
ゼウレン自身も周囲の状況を確認するため歩き出す。
そして。
少し離れた場所で、その足が止まった。
「……これは」
そこには巨大な死骸が横たわっていた。
先ほど討伐した個体とは別。
もう一体のクイーンだった。
体の半身が消し飛び、周囲の岩盤まで抉られている。
あまりにも凄まじい威力。
ガリオンも近付き、その死骸を見上げる。
「ほぉ……」
思わず感嘆の声が漏れる。
ゼウレンは静かに頷いた。
「なるほど」
「クイーンは二体いたんですね」
その言葉に周囲の探索者達も息を呑む。
「だからあんな数のキマイラが……」
「まじかよ……」
ようやく全ての辻褄が合った。
報告を大きく上回るキマイラの数。
異常なほど激しい襲撃。
そして討伐隊が壊滅寸前まで追い込まれた理由。
全ての原因は――クイーンが二体存在していたことだった。
ゼウレンは倒れたクイーンを見つめる。
「調査不足だったのか……」
「それとも途中から合流したのか……」
静かに首を横へ振る。
「現時点では判断できませんね」
原因はまだ分からない。
だが、一つだけ確かなことがあった。
このクイーンは。
少女が一人で倒した。
ゼウレンは自然と視線をある救護車両へ向ける。
先程ウェルトに運ばれて、救護車両内で休んでいる少女。
あの少女が。
この怪物を一人で討ち取った。
改めて考えると信じ難い光景だった。
ガリオンは大きく笑いながら頭を掻く。
「はっはっは!」
「わしもまだまだじゃのぉ!」
「若いもんには敵わんわい!」
豪快に笑うその表情には、悔しさよりも嬉しさの方が大きかった。
周囲の探索者達も苦笑する。
「いや……」
「一人でクイーンを倒すとか化け物だろ」
「信じられねぇ」
「しかも、かわいい」
驚きの声が次々と上がる。
しかし同時に。
誰もが胸を撫で下ろしていた。
「でも助かったな……」
「二体同時だったら、本当に終わってた」
「間違いなく俺達も全滅してたぞ」
誰かのその言葉に、皆が静かに頷く。
もし一体目が残っていたまま救援部隊が到着していたら。
この勝利はなかったかもしれない。
そう思うと自然と背筋が寒くなる。
ゼウレンは改めてクイーンの死骸を見つめ、小さく息を吐いた。
「彼女がいたからこそ……」
「私達は勝利出来たんですね」
———
討伐から数時間後。
渓谷では、討伐後の処理が慌ただしく進められていた。
周辺の捜索。
行方不明者の捜索。
遺体の回収。
キマイラの処理。
負傷者の治療。
現場は混乱していたが、その中心ではゼウレンが次々と的確な指示を飛ばしていた。
入口で待機していた救護班やゾイ達も現場へ到着し、さらに軍の増援、後処理専門の部隊も合流する。
気付けば現場には百五十人近い人員が集まっていた。
コールもすぐに本格的な治療を受け、そのまま街の病院へ搬送されることとなった。
アディ達にも同行するよう勧められたが、彼女は静かに首を振る。
「……まだ、私達の大事な仲間が残っているんです」
その言葉に、それ以上誰も強くは言えなかった。
セレナも当然のように残ろうとする。
「みんなが残るなら、私も残る」
しかし、それを止めたのはウェルトだった。
「駄目だ」
強い口調だった。
「エーテル欠乏症だって聞いた。」
「それにクイーンの攻撃で飛んできた岩もまともに受けたんだろ。」
「今は治療を優先しろ。」
セレナは少しだけ俯く。
納得はしていない。
そんな表情だった。
するとアディも優しく声を掛ける。
「セレナちゃん。」
「あなたが私達を心配してくれたように。」
「今度は私達があなたを心配する番なの。」
「お願い。」
少しの沈黙。
やがてセレナは小さく頷いた。
「……わかった。」
そうして救護班に付き添われ、病院へ向かうことになった。
去っていく救護車両を見送りながら、アディは小さく微笑む。
「本当にありがとう。」
その声は、本人には届かなかった。
その後も捜索は続いた。
「生存者を発見!」
その報告が入るたびに、アディは駆け出した。
運ばれてきた探索者の顔を見る。
安堵する。
生きていてくれた。
だが。
その安堵の後には、どこか寂しそうな表情が浮かぶ。
探している人物ではなかった。
そう分かるからだ。
遺体が運ばれてきた時も同じだった。
そっと顔を確認し、違う人物だと分かると胸に手を当て静かに祈る。
そして僅かに安堵する。
そんな自分に罪悪感を覚えながら。
「ごめんなさい……。」
誰にも聞こえない声で呟いた。
ウェルトもまた救援部隊と共に捜索へ加わっていた。
それからしばらくして。
数人の捜索班と共に、一つの担架が運ばれてくる。
ウェルトの表情は暗かった。
何も言わずアディの前まで歩いてくる。
そして静かに口を開いた。
「……アディ。」
それだけで十分だった。
アディの表情から少しずつ血の気が引いていく。
隣にいたドルスも悟ったように息を呑む。
二人は駆け出した。
担架へ。
そこに眠っていたのは――
クラウスだった。
もう目を覚ますことはない。
アディはその場に崩れ落ちる。
震える手でクラウスの身体を抱き寄せた。
「ごめん……。」
「ごめんね……。」
謝罪の言葉しか出てこない。
涙が止まらなかった。
ドルスも隣で立ち尽くしたまま、顔を覆う。
肩が震えていた。
声にならない嗚咽だけが漏れる。
やがて行方不明者の捜索は終了した。
並べられた遺体。
最終的な生存者は、四十名中アディ達のように洞窟へ身を隠していた者達も含め十一名。
二十九名が命を落とした。
損傷が激しく、誰なのか判別できない遺体もある。
キマイラに喰われ、一部しか残っていない者もいた。
その光景を前に。
アディは静かに一歩前へ出る。
胸に手を当て、目を閉じた。
黙祷。
その姿を見て。
救援部隊の探索者達が。
軍の兵士達が。
ガリオンも。
ゼウレンも。
ゾイも。
誰一人言葉を発することなく、同じように胸へ手を当てた。
静寂だけが渓谷を包む。
多くの命が失われた。
それでも。
あの場でセレナが駆け付けなければ。
救援部隊が間に合わなければ。
犠牲はさらに増えていただろう。
誰もが、それを理解していた。
———
遺体の搬送が始まる。
アディ達も車へ乗り込み、街へ戻ることになった。
ウェルトとゾイも同行する。
現場の後処理は軍と追加部隊へ引き継がれた。
帰路。
車内には重い沈黙が流れていた。
アディは俯いたまま、一言も話さない。
そんな彼女へ、ウェルトが静かに声を掛ける。
「……お前はよくやった。」
アディは首を振る。
「全然駄目だった。」
「私がもっと上手くやれていたら……。」
「こんなことにはならなかった。」
自分を責め続ける。
ウェルトは静かに答えた。
「あの状況なら。」
「俺でも同じ判断をしていた。」
「お前の指示があったから。」
「あの地獄の中で十一人も生き残れた。」
「そこは胸を張っていい。」
だが。
アディは涙を零しながら呟く。
「クラウスの代わりに……。」
「私が死ぬべきだった。」
「あの子の未来を……私が奪った。」
ウェルトは静かに首を振る。
「違う。」
「ドルスから聞いた。」
「あいつは自分の意思で殿を務めた。」
「お前達を生かすためにな。」
「クラウスは、自分の未来より、お前の未来を選んだんだ。」
ウェルトは真っ直ぐアディを見る。
「だったら。」
「お前がやるべきことは。」
「後悔することじゃない。」
「あいつが命を懸けて守った未来を、生き抜くことだ。」
「それが、あいつの願いだ。」
アディは唇を噛む。
涙が溢れ続ける。
「……こんな泣いてばっかりじゃ。」
「リーダー失格だよね。」
ウェルトは優しく笑った。
「誰かを想って流す涙は。」
「我慢する必要なんてない。」
「その涙は、流すべき涙だ。」
その言葉を聞いた瞬間。
アディは堪えていたものが決壊した。
そっとウェルトの肩へ身体を預ける。
声を殺しながら泣き続けた。
ウェルトは何も言わない。
ただ静かに。
彼女が泣き止むまで、その肩を貸し続けた。




