おんぶの少女
ゼウレンが前へ出る。
戦場全体を見渡し、鋭く息を吸った。
「前衛!」
「クイーンの足止め及び引き付けを最優先!」
「後衛は援護を継続!」
「攻撃の隙を絶対に与えないでください!」
一拍置き、さらに叫ぶ。
「支援班!」
「対クイーン用エーテル収束砲の組み立てを急げ!」
「これ以上、仲間をやらせるな!」
その号令に、探索者達が一斉に声を上げる。
「おおおおっ!!」
怒号が渓谷へ響き渡る。
救助部隊が一斉に動き出した。
その間にアディとドルスはセレナを安全な岩陰へ運ぶ。
「少しだけ休んでて」
アディが優しく頭を撫でる。
セレナは悔しそうに唇を噛みながらも、小さく頷いた。
戦場ではすでに前衛部隊がクイーンへ張り付いていた。
巨大な脚へ斬撃が集中する。
狙うのは機動力。
一本。
また一本と脚を切り裂き、動きを鈍らせていく。
もちろんクイーンも抵抗する。
巨大な顎が振るわれる。
鋭い脚が薙ぎ払われる。
だが、その前へ盾を構えた探索者達が飛び出した。
激しい衝撃。
それでも一歩も退かない。
「押し返せ!」
「怯むな!」
盾役達が叫ぶ。
大振りの攻撃が来れば。
ドォォォォン!!
ガリオン率いる巨砲主義が一斉射撃。
爆炎がクイーンを包み込み、大技を強引に中断させる。
さらに。
「目を狙え!」
ウェルトの号令。
銃声が重なる。
バンッ!
バンッ!
狙うのは複眼。
弾丸が次々と突き刺さり、クイーンの視界を奪っていく。
前衛。
後衛。
砲撃部隊。
誰一人無駄な動きがない。
それぞれが自分の役割を果たし続ける。
まさに大規模討伐。
クイーンは押され始めていた。
セレナほど一撃一撃は重くない。
だが。
何十人もの探索者が連携して放つ攻撃は、それだけで圧倒的な圧力となる。
しかも彼らは、ギルドの仲間を殺された怒りを胸に戦っていた。
その想いが、一人ひとりの力をさらに引き出している。
取り巻きもいない。
孤立したクイーンは、徐々に追い詰められていった。
そして。
追い詰められたからこそ。
最後の抵抗を選ぶ。
ウェルトの表情が変わる。
「まずい!」
「前衛を下がらせろ!」
ゼウレンもすぐに異変を察知した。
「前衛部隊、全員退避!」
「距離を取ってください!」
前衛達は即座に飛び退く。
その瞬間だった。
ボォォォォォッ!!
クイーンの全身から紅蓮の炎が噴き上がる。
エーテル暴走。
周囲の岩壁まで焼き焦がす灼熱の炎が渓谷を包み込む。
だが。
ガリオンは豪快に笑った。
「だからどうしたぁ!!」
巨大な砲身を肩へ担ぎ、怒鳴る。
「ぶっ放せぇぇぇ!!」
ドォォォォン!!
ドォォン!!
砲撃は止まらない。
後衛の銃撃も止まらない。
炎を纏ったクイーンへ容赦なく撃ち込み続ける。
エーテル障壁を張り直す時間さえ与えない。
その間に前衛達は後方へ合流する。
支援班の作業も終わっていた。
巨大な砲身。
何人もの探索者が運んできた対クイーン用エーテル収束砲。
「組み立て完了!」
「エーテル充填開始!」
ゼウレンの声と同時に。
前衛。
支援。
総勢二十名近い探索者達が一斉に手をかざす。
膨大なエーテルが収束砲へ流れ込んでいく。
砲身が眩く輝き始めた。
クイーンもそれを見た。
本能が危険を告げる。
あれは受けてはいけない。
グォォォォォォォォッ!!
炎を纏ったまま一直線に突撃する。
砲撃を受けながら。
銃撃を浴びながら。
それでも少しずつ距離を詰めてくる。
「持ちこたえろぉ!!」
ガリオンが叫ぶ。
「ここが踏ん張りどころじゃぁ!!」
さらに砲撃。
爆炎が何度もクイーンを飲み込む。
そして。
ゼウレンが端末を確認し、大きく叫んだ。
「充填完了です!」
「ウェルトさん!」
「トリガーを!!」
ウェルトは静かに収束砲の後ろへ立つ。
照準を合わせる。
狙うのは。
クイーンの頭部。
逃さない。
「終わりだ」
小さく呟き。
引き金を引いた。
次の瞬間。
極太の閃光が放たれる。
轟音。
大気を裂きながら一直線にクイーンへ突き進む。
クイーンは咆哮する。
だが止められない。
閃光が外殻を削り。
肉を焼き。
骨を砕く。
そして。
頭部が完全に消滅した。
巨体がゆっくりと揺れる。
ズゥゥゥゥン……
大地を震わせながら、そのまま前のめりに崩れ落ちた。
土煙が渓谷を包む。
誰も動かなかった。
静寂。
数秒後。
一人の探索者がゆっくりとアーティファクトを天へ掲げた。
「勝ったぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その雄叫びを合図に。
「うおおおおおおおっ!!」
歓声が渓谷中へ響き渡る。
誰もが武器を掲げる。
笑う者。
泣く者。
肩を叩き合う者。
多くの犠牲を出したこの戦いは。
クイーン二体の討伐とともに。
人間側の勝利で終わる。
歓声が響く中。
ウェルトは真っ先に駆け出した。
向かう先は一つ。
アディ達の元だった。
近づくにつれ。
セレナの様子がよく見える。
顔色は悪い。
呼吸も浅い。
擦り傷もある。
だが。
生命に別状はなさそうだった。
その事実に。
ウェルトはようやく胸を撫で下ろす。
アディもセレナを抱きしめたまま座り込んでいた。
張り詰めていたものが切れたのだろう。
その表情には安堵が浮かんでいた。
ウェルトは二人の前でしゃがみ込む。
そして。
そっとセレナの頭を撫でた。
銀色の髪を優しく撫でる。
「遅くなってすまない」
その言葉に。
セレナは少しだけ目を細めた。
疲れ切った顔のまま。
それでも小さく答える。
「でも」
「ちゃんと追いついてくれた」
ウェルトは思わず笑った。
そしてもう一度頭を撫でる。
「そうか」
「頑張ったな」
短い言葉。
だが。
その声には誇らしさが滲んでいた。
セレナは少しだけ嬉しそうに目を閉じる。
その横で。
アディが頬を膨らませた。
「ほんっと遅いのよ!」
「こっちは死ぬかと思ったんだから!」
いつもの悪態。
だが。
その声もどこか安心しているようだった。
ウェルトは苦笑する。
そして素直に言った。
「悪かった」
「それと」
アディを見る。
「お前も生きていてくれてよかった」
その言葉に。
アディは一瞬固まった。
そして。
みるみる顔が赤くなる。
「なっ……」
「い、いきなり何言ってんのよ!」
慌てて顔を背ける。
だが。
その口元は少しだけ緩んでいた。
その時だった。
少し離れた場所から、救護班の声が響く。
「担架二人分用意しろ!」
「ドルスとコールを運ぶぞ!」
慌ただしく人が動き、負傷した二人が慎重に担架へ乗せられていく。
ウェルトはそれを見てから、アディへ視線を向けた。
「アディも担架が必要か?」
「いえ、私は大丈夫よ」
「セレナちゃんが守ってくれたからね」
アディがセレナに微笑みながら返事をする。
ウェルトは次にセレナを見る。
「セレナは……っと、動けなさそうだな」
そう言うと、彼はその場でしゃがみ込み、背中を向けた。
「ほら、おぶってやる」
セレナはきょとんと目を瞬かせる。
「……?」
ウェルトは少しだけ振り返った。
「なんだ、おんぶ知らないのか?」
「とりあえず首に手を回せ」
言われるまま、セレナはそっと両手をウェルトの首へ回す。
するとウェルトは「よっと」と声を漏らしながら、セレナを背負って立ち上がった。
セレナは少し驚きながらも、自然とその背中に身を預ける。
「軽いな」
ウェルトがぽつりと言う。
「ちゃんと食べてるか?」
そう聞いたあと、すぐに思い直したように小さく笑う。
「ああ、食べてるか」
サンドイッチを食べている姿を思い出したのだろう。
セレナも少しだけ口元を緩める。
「いつも、一緒に食べてる」
「そうだったな」
ウェルトは苦笑しながら答えた。
「どうだ?おんぶは」
「高い」
「そうだろうな」
そのやり取りを見て、アディもようやく肩の力を抜く。
ドルスも。
コールも。
そしてゼウレンも。
皆、少しずつ表情を緩めていった。
渓谷を吹き抜ける風は穏やかだった。
戦いは終わった。
皆で帰ることができる。
それが何よりの勝利だった。




