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英雄の少女 前篇

キマイラを駆除しながら進む救援部隊。


その時。


セレナがふと足を止めた。


何かを探すように周囲を見回す。


そして。


迷うことなくウェルトの元へ駆け寄ってきた。


「ウェルト」


「どうした?」


セレナは渓谷の奥を指差した。


「あっち」


「音がする」


「音?」


「銃声」


その言葉に。


ウェルトの表情が変わる。


周囲の探索者達も顔を上げた。


銃声。


それはつまり――


まだ誰かが戦っている。


「間違いないか?」


「うん」


セレナは頷く。


「聞こえた」


静かな声。


だが、その瞳には確信があった。


彼女の感覚は常人より遥かに鋭い。


ウェルトは渓谷の奥を見る。


嫌でも思い浮かぶ顔があった。


アディ。


生き残りがいるなら。


きっとあそこだ。


その時。


「ウェルト」


セレナが静かに名前を呼ぶ。


ウェルトは振り返る。


「行かせて」


銀色の瞳が真っ直ぐウェルトを見つめる。


その顔を見た瞬間。


ウェルトは奥歯を噛み締めた。


分かっている。


それが最適解だ。


この中で最も速く動けるのはセレナ。


入り組んだ渓谷でも、彼女なら一直線に辿り着ける。


だが。


同時に危険でもある。


荷物一つのために走る車から飛び降りた少女。


あの時の姿が脳裏をよぎる。


送り出したくない。


本音を言えば。


行かせたくない。


その時だった。


やり取りを見ていたゼウレンが静かに口を開く。


「セレナさんなら、間に合いますか?」


「間に合う」


セレナの迷いのない返事。


ゼウレンは小さく頷く。


「向こうが満身創痍なら時間との勝負です」


「救助を優先するべきでしょう」


ガリオンも豪快に笑う。


「はっはっは!」


「わしは嬢ちゃんに賭ける!」


「嬢ちゃん一人抜けた程度で崩れるほど柔な部隊じゃない!」


「わしらがおる!」


ドォォォン!!


砲撃が渓谷を揺らし、キマイラを吹き飛ばす。


ウェルトは大きく息を吐いた。


そして。


セレナを見る。


彼女は何も言わない。


ただ。


助けたい。


その想いだけが瞳に宿っていた。


ウェルトはゆっくり肩へ手を置く。


「セレナ」


「うん」


数秒。


互いを見つめる。


そして。


ウェルトは苦笑した。


「頼めるか?」


その言葉を聞いた瞬間。


セレナの瞳が少しだけ大きくなる。


待っていた。


そんな表情だった。


力強く頷く。


「任せて」


「無茶はするな」


「うん」


「危なくなったら逃げろ」


「うん」


「絶対戻ってこい」


今度だけは。


セレナは力強く頷いた。


「うん」


ウェルトはセレナの肩を軽く掴む。


その身体をくるりと銃声のした方向へ向ける。


「必ず追いつく」


「それまで――」


「アディ達を頼む」


セレナは振り返らなかった。


静かに目を閉じる。


深呼吸を一つ。


銀色の瞳が開かれる。


数歩前に出る。


次の瞬間。


ドゴォォンッ!!


地面が爆ぜた。


岩盤が砕け。


土煙が爆発する。


セレナの姿が消えた。


向かった先は地面ではない。


垂直に切り立つ渓谷の岩壁。


銀色の影が壁を駆け上がる。


「なっ!?」


探索者達から驚きの声が漏れる。


壁から壁へ。


跳ぶ。


走る。


跳ぶ。


まるで重力を無視したような速度。


一直線に渓谷の奥へ。


その姿を見つけたキマイラ達が一斉に壁を登り始める。


だが。


「おい」


ウェルトがライフルを構えた。


「お前らの相手は俺達だろうが」


バンッ!!


先頭のキマイラの頭部が吹き飛ぶ。


続いて。


ドォォォン!!


ガリオンの砲撃。


群れごと爆炎に飲み込まれる。


「行けぇ!嬢ちゃん!」


「ここはわしらが押さえる!」


巨砲主義の面々も一斉に砲撃を開始する。


砲弾が雨のように降り注ぎ、渓谷が震える。


キマイラ達はセレナを追うことすらできない。


ウェルト達が、そのすべてを食い止めていた。


その間にも。


セレナは壁を蹴り。


岩を蹴り。


銀色の閃光となって戦場を駆け抜ける。


誰よりも速く。


助けを求める仲間の元へ。


―――


少し時間は遡る。


渓谷内部。


アディ達は岩壁の間を走っていた。


遠くから聞こえる爆発音。


銃声。


救援部隊だ。


間違いない。


だが。


渓谷は複雑に入り組んでいる。


音は聞こえるのに辿り着けない。


まるで迷路だった。


「もうっ……!」


アディが焦る。


ドルスはコールを背負ったまま走る。


コールの呼吸は荒く、顔色も目に見えて悪くなっていた。


時間がない。


急がなければ。


そう思った、その時だった。


視界が開ける。


狭い通路を抜けた先。


そこは巨大な空洞だった。


そして。


そこにいた。


「……最悪」


アディの顔から血の気が引く。


ドルスも息を呑む。


そこは広場ではない。


クイーンの巣、そのものだった。


巨大なムカデ型クイーンが、ゆっくりと身体を持ち上げる。


何十本もの脚。


鋼鉄のような外殻。


無数の赤い複眼。


その全てが、三人を見つめていた。


「走るわよ!!」


アディが叫ぶ。


同時に周囲のキマイラ達が一斉に動き出す。


蟻型。


蜘蛛型。


蟷螂型。


無数のキマイラが押し寄せる。


アディは銃を撃ちながら道を切り開く。


ドルスもコールを背負ったまま必死に走る。


来た道を引き返すしかない。


だが。


ズズズズズズ……


耳障りな音が響いた。


振り返る。


クイーンだ。


巨大な身体で岩壁を削りながら迫ってくる。


狭い渓谷など物ともせず。


岩を砕き。


壁を押し潰し。


一直線に追ってくる。


「冗談でしょ……!」


アディは発砲する。


だが弾丸は弾かれるだけ。


まるで効いていない。


距離が縮まる。


どんどん縮まる。


その時。


アディが反射的に空を見上げた。


「ドルス!!」


崖上から巨大なキマイラが飛び掛かってくる。


バンッ!!


アディが撃ち抜く。


だが勢いは止まらない。


巨大な死体が三人へ激突した。


「ぐっ!」


ドルスが倒れる。


コールが地面へ投げ出される。


アディも吹き飛び、銃が手から離れた。


地面を転がる。


最悪だった。


立ち上がろうとする。


しかし。


周囲には無数のキマイラ。


完全に囲まれていた。


ドルスは巨大な死体と岩に挟まれ動けない。


「アディ!」


必死に死体を押し退けようとする。


その声も虚しく。


キマイラ達がアディへ飛び掛かろうとした、その瞬間。


クイーンが咆哮した。


周囲のキマイラが一斉に動きを止める。


そして静かに道を開けた。


まるで王に道を譲るように。


クイーンはゆっくりとアディへ近付く。


逃がさない。


自分の手で絶望を味わわせて殺す。


そんな愉悦すら感じさせる歩みだった。


巨大な顎が持ち上がる。


ドルスはようやく死体を押し退け立ち上がる。


だが。


足に激痛が走った。


踏ん張れない。


先ほど挟まれた衝撃で痛めたのだ。


足を引きずりながら、それでもアディへ向かう。


「やめろ!!」


「俺と戦え!!」


叫ぶ。


届かない。


間に合わない。


アディも悟っていた。


(ああ……)


(ここまでか)


静かに目を閉じる。


脳裏に浮かぶ。


ぶっきらぼうで。


不器用で。


でも。


誰よりも優しい男。


(こんなことなら)


(ちゃんと伝えておけばよかったな)


(……死にたくないな)


ドルスは必死に手を伸ばす。


届かないと分かっていても。


「アディ!!」


その絶叫が渓谷へ響く。


心の底から願う。


誰でもいい。


誰か彼女を助けてくれ。


アディの口から、小さく言葉が漏れた。


「……助けて」


その瞬間だった。


何かが降ってくる。


崖の上。


岩壁。


そこを駆ける一筋の銀色。


影じゃない。


光だった。


渓谷を切り裂く銀色の閃光。


そして。


少女の声が響く。


「見つけた」


ドゴォォォォォンッ!!


大地が爆ぜる。


岩盤が抉れ、土煙が吹き上がる。


銀色の少女が宙で身体を捻る。


そして。


渾身の蹴りがクイーンの顔面へ叩き込まれた。


轟音。


衝撃。


爆発。


巨大なクイーンの頭部が、そのまま岩壁へ叩き付けられる。


岩盤が陥没し、渓谷全体が震えた。


アディは目を見開く。


ドルスも。


コールも。


誰も言葉を失う。


舞い上がる土煙。


その中心に立つ、一人の少女。


銀色の髪が風になびく。


アディは思い出した。


バルディオが語っていた夢を。


『どんな絶望的な状況でも』


『助けを求めた時に』


『颯爽と現れて』


『皆を助ける』


『その姿を見ただけで安心できるような』


『そんな英雄だ』


目の前に立つその後ろ姿は――


まるで物語に語られる戦乙女。


絶望の戦場へ舞い降りた。


本物の英雄だった。


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