救援の少女 後編
救援部隊は順調に前進していた。
ドォォォン!!
轟音。
渓谷全体が激しく揺れる。
次の瞬間。
大量のキマイラが爆風に巻き込まれ、宙へ吹き飛んだ。
砕け散った外殻と肉片が雨のように降り注ぐ。
「芸術は爆発じゃぁ!!」
ガリオンの豪快な笑い声が響く。
背負った巨大砲が再び火を噴いた。
ドォン!!
ドォォォン!!
狭い渓谷だからこそ、その威力は絶大だった。
逃げ場を失ったキマイラ達が次々と爆炎へ飲み込まれていく。
「左側もまとめて吹き飛ばすぞ!」
「了解!」
「撃てぇ!」
爆音。
爆煙。
爆発。
まるで戦場そのものだった。
ウェルトは思わず顔を引きつらせる。
「おい……」
「渓谷ごと破壊する気か」
ガリオンは腹を抱えて笑う。
「はっはっは!」
「多少削れても問題ないじゃろ!」
「大問題だろ……」
呆れながら返すウェルト。
だが、その口元には僅かな笑みが浮かんでいた。
これほど頼もしい味方もそうはいない。
救援部隊全体も見事な連携を見せていた。
誰も突出しない。
誰も勝手な行動を取らない。
生存者達から聞いた。
"連携の崩壊が、この惨劇を招いた"
その事実を全員が理解している。
だからこそ慎重だった。
前衛が押さえ。
後衛が援護し。
索敵班が周囲を警戒する。
それぞれが役割を果たしながら、一歩ずつ着実に進んでいく。
その中でも、一際目を引く存在がいた。
銀髪の少女。
セレナ。
剣が閃く。
一体。
二体。
三体。
迫るキマイラが一瞬で切り伏せられていく。
止まらない。
迷わない。
その剣筋には迷いが一切なかった。
一刻も早くアディ達を助けたい。
その一心だけが彼女を前へ進ませていた。
「すげぇ……」
誰かが思わず呟く。
「噂以上じゃねぇか……」
「しかも、かわいい」
探索者達が思わず見惚れる。
その動きは明らかに別格だった。
ガリオンも砲撃の合間にその姿を見て目を細める。
「なるほどのう」
「この前のクイーン討伐で最も活躍したと聞いたが……」
豪快に笑う。
「ありゃ嘘ではなさそうじゃ!」
「むしろ話以上じゃ!」
ドォォォン!!
再び放たれた砲弾がキマイラの群れを飲み込む。
しかし。
ウェルトだけはセレナから目を離さなかった。
「セレナ!」
呼ばれたセレナが振り向く。
「無理するな!」
「まだクイーンもいる!」
「飛ばし過ぎると後で動けなくなるぞ!」
セレナは少しだけ考え、
「……うん」
素直に頷いた。
そして剣を振るう速度を僅かに落とす。
ウェルトも小さく頷く。
その時だった。
ガリオンが爆煙の向こうを睨みながら口を開く。
「……しかし妙じゃの」
「多すぎる」
ウェルトも周囲を見渡す。
「……ああ」
倒しても。
倒しても。
キマイラが次々と現れる。
まるで底が見えない。
「すごい数だな……」
ウェルトが呟くと、
隣を走るゼウレンが端末を確認しながら答えた。
「変ですね」
「この一帯は未探索区域でしたが、事前調査は行われています。」
「最初はキマイラの目撃情報が入り、その後の調査でクイーンの存在も確認されたため、今回の討伐隊が編成されました。」
一度言葉を切る。
その表情は険しい。
「ですが……」
「報告書に記載されていた数と、まるで一致しません。」
「ここまで大規模な群れではなかったはずです。」
ガリオンも眉をひそめる。
「つまり……」
「途中で増えたということかの?」
ゼウレンは静かに頷いた。
「その可能性があります。」
ウェルトの胸に嫌な予感がよぎる。
キマイラが増えた。
それも短期間で。
何かがおかしい。
嫌な予感だけが、静かに胸の奥で膨らみ始めていた。
―――
場面は渓谷内部。
コールはアディの膝を枕にしながら、浅く息を繰り返していた。
先ほどまでは冗談を言えていた顔も、今では目に見えて血の気が失せている。
呼吸も荒い。
額には玉のような汗が浮かび、その汗が流れ落ちていた。
アディはそっと布を濡らし、その汗を優しく拭き取る。
触れた額は熱い。
「……熱が上がってる」
小さく呟く。
それでも笑顔を作り、コールの目を見つめた。
「大丈夫よ」
「すぐ助けが来るからね」
コールは苦しそうに息を吐きながらも、小さく笑う。
「……はい」
「姉御がそう言うなら……信じます」
その笑顔は弱々しい。
それでも、アディを安心させようとしているのが分かった。
その時だった。
洞窟の入口へ向かっていたドルスが、足早に戻ってくる。
「アディ」
「入口付近にいたキマイラがいなくなっています」
「え?」
「全部?」
「はい。一体も確認できませんでした」
「……変ね」
さっきまで入口を徘徊していたはずなのに。
何かあったのだろうか。
アディはコールへ微笑みかける。
「ごめんなさい」
「少しだけ入口を見てくるわね」
そう言って膝枕を終えると、ドルスと二人で慎重に洞窟の入口へ向かった。
岩陰から外を覗く。
そこには先ほどまでいたキマイラの姿はなかった。
静まり返る渓谷。
その時――
ドォォォン!!
遠くから爆発音が響く。
続いて。
ドォン!!
ドォォォン!!
連続する轟音。
渓谷全体が微かに震える。
アディとドルスは顔を見合わせた。
「……この音」
ドルスが小さく呟く。
「救援部隊だ」
アディの表情がぱっと明るくなる。
「来てくれた……!」
思わず笑みがこぼれた。
二人は急いで洞窟へ戻る。
「コール!」
「救援隊が来たわ!」
「すぐ近くまで来てる!」
コールは閉じかけていた目をゆっくり開き、安心したように笑った。
「……よかったっす」
「これで……助かる」
その言葉に三人の空気が少しだけ軽くなる。
だが。
その喜びも束の間だった。
アディは静かに俯く。
救援隊は来た。
ここで待っていれば、いずれ見つけてもらえるだろう。
だけど。
コールの傷は限界に近い。
このまま待っていて間に合う保証はない。
今すぐ救助隊と合流した方が、生存率は高い。
……しかし。
洞窟を出れば再びキマイラと遭遇する危険がある。
最悪。
三人とも死ぬ。
アディは拳を握り締めた。
(どうすればいい……)
(コールを見捨てれば)
(私とドルスだけなら生き残れる)
そんな考えが頭をよぎる。
だが、すぐに振り払う。
そんな選択はしたくない。
コールを助けたい。
絶対に。
だけど。
ドルスにも家族がいる。
優しい奥さん。
そして二人の子供。
自分の判断で、その家族から父親を奪う覚悟なんて持てない。
助けたい。
でも危険に巻き込みたくない。
答えが出ない。
その苦しそうな表情に気付いたのだろう。
コールがゆっくりと手を伸ばした。
「……姉御」
アディはすぐに膝を折り、その手を握る。
「どうしたの?」
コールは苦しそうに息を整えながら話し始めた。
「俺……孤児だったじゃないっすか」
「生きるためなら何でもやって」
「毎日が地獄で」
「クズみたいな人生だった」
少し笑う。
「でも」
「姉御達に拾われて」
「ワイルドローズに入って」
「毎日が楽しかった」
「あんな毎日があるなんて知らなかった」
少しだけ握る手に力が入る。
「あの時」
「キマイラから姉御を庇えた」
「俺の人生にも意味があったって思えた」
「ここで死んでも」
「絶対に恨まないっす」
「だから……」
「姉御だけは生きてください」
その言葉に。
アディの目から涙が溢れた。
助けたい。
助けたい。
こんなところで死なせたくない。
まだまだ人生は続くはずなんだから。
その時。
ぽん、と肩に優しく手が置かれた。
振り返る。
ドルスだった。
優しく笑っている。
「アディ」
「救援部隊と合流しましょう」
「ドルス……」
「私のことは気にしないでください」
穏やかに笑う。
「ここで彼を見捨てて生き残ったら」
「家に帰った時」
「きっと妻と子供に叱られます」
その言葉に。
アディは涙を拭いた。
そして深く息を吸う。
もう迷わない。
「……行きましょう」
「救援部隊と合流するわ」
コールへ笑いかける。
「もう少しだけ頑張って」
ドルスは静かにコールを背負う。
「よいしょっと」
「うわぁ……」
コールが情けない声を漏らした。
「姉御の膝枕はあんなに気持ち良かったのに」
「こんな硬い背中で死にたくないっす……」
その一言に。
思わずアディは吹き出した。
「馬鹿ね」
「帰ったら、またしてあげるわ」
「……約束っすよ」
「ええ」
「約束」
三人は顔を見合わせる。
そして。
洞窟の奥へ歩くアディ。
そこには二人の亡骸があった。
しばらく見つめる。
拳を握る。
そして静かに頭を下げた。
「ごめんなさい」
小さな声。
「必ず戻るわ」
「ちゃんと家に帰してあげる」
それは約束だった。
静かに洞窟を出た。
遠くで鳴り響く爆発音だけを頼りに。
救援部隊との合流を目指して。




