救援の少女 前篇
渓谷の入口が見え始めた、その時だった。
「人だ!」
先頭車両の探索者が叫ぶ。
入口付近で必死に手を振る数人の人影。
車列は急停止し、そのまま彼らのもとへ駆け寄る。
生き残りだ。
そこには五人の探索者がいた。
救護班がすぐに駆け寄る。
全員が傷だらけではあったが、命に別状はないように見える。
その中にはワイルドローズのポルドロとライラの姿もあった。
ウェルトは治療を受けている二人のもとへ向かう。
参加者名簿には、ワイルドローズは六名。
足りない。
「アディは?」
ウェルトの問いに、ポルドロは苦しそうに首を振る。
「……分かりません」
ライラも唇を噛み締めながら言った。
「みんな……逃げるのに必死だったから……」
その様子を見たゼウレンがすぐに前へ出る。
「状況を教えてください。」
ポルドロは深く息を吸い、これまでの経緯を話し始めた。
一部のチームが功績を独占しようとして勝手に先行したこと。
その直後にクイーンが出現したこと。
さらに大量のキマイラが押し寄せ、部隊が壊滅したこと。
そして、アディが即座に撤退を指示し、生き残る可能性を少しでも上げるため全員を散開させたこと。
「俺達は運良く……」
「逃げた先のキマイラが少なくて、入口まで戻れました。」
話を聞き終えたゼウレンの表情が険しくなる。
「クイーンが……そこまで巣から離れるとは。」
想定外だった。
ポルドロも悔しそうに拳を握る。
「俺達も完全に油断してました。」
その言葉を聞きながら、セレナはじっと渓谷の奥を見つめていた。
まだ。
アディ達は、あの暗い渓谷のどこかにいる。
そう思うだけで胸が締め付けられる。
ライラがウェルトの服の端を掴む。
「お願い……」
「アディ姉を助けて……」
震える声だった。
ポルドロも続ける。
「うちのリーダーは……絶対に生きてます。」
「だから……お願いします。」
ウェルトは二人を真っ直ぐ見つめた。
そして力強く頷く。
「分かってる。」
「任せろ。」
「必ず連れて帰る。」
その一言に、二人の表情から少しだけ緊張が和らいだ。
だが。
ゼウレンは静かに口を開く。
「今回の件は危険度が高いと判断し、軍にも増援を要請しています。」
「安全を考えるなら、合流を待つべきでしょう。」
ウェルトはすぐに反論しようとする。
「待ってくれ――」
しかしゼウレンは左手を上げて、それを制した。
「ええ、分かっています。」
「そんな時間が渓谷の中にいる人達に残されていないことくらい。」
周囲を見回す。
「この人数でも突入すれば、生存率は上がるでしょう。」
「ですが、その分こちらにも犠牲が出る可能性があります。」
その言葉に、集まった探索者達の空気が重くなる。
進むべきか。
待つべきか。
誰も答えを出せない。
その時だった。
「なぁに!」
渓谷中に響くような豪快な声が飛んだ。
「わしらがおるから大丈夫じゃ!!」
胸をドンと叩きながら前へ出てきたのは、立派な髭を蓄えた大柄な男だった。
その背中には、人一人が入れそうなほど巨大な筒状のアーティファクト。
いや。
男だけではない。
後ろに並ぶ仲間達も全員、巨大な砲身や大型発射装置を背負っている。
まるで歩く砲台部隊だった。
ウェルトが目を細める。
「……どこかで見たことがあるな。」
男は豪快に笑った。
「はっはっはっ!」
「そりゃそうじゃろ!」
親指で自分を指差す。
「わしはガリオン=エイジャー!」
「チーム《巨砲主義》のリーダーじゃ!」
その名を聞いた探索者達がざわつく。
ウェルトも思い出した。
「ああ……巨砲主義か。」
火力至上主義で有名なチーム。
メンバー全員が大型アーティファクト使い。
遠距離制圧力だけなら一流チームにも匹敵する重火力部隊だ。
ガリオンは背負った巨大砲を豪快に叩く。
「クイーンだろうが何だろうが!」
「まとめて吹き飛ばしてやるわい!」
その豪快な笑い声に、張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。
その横で、セレナもそっとウェルトの服の端を引く。
「……私もいるよ」
控えめだが、真剣な声だった。
ウェルトは少し驚いたあと、ふっと表情を緩める。
「そうだな」
そしてセレナの頭を優しく撫でた。
「頼もしいな」
その言葉に、セレナは少しだけ照れたように目を伏せる。
ウェルトも思わず口元を緩めた。
ゼウレンも静かに頷く。
「心強い戦力です。」
ガリオンは大笑いしながら叫ぶ。
「任せておけ!」
「救出も討伐も、まとめて片付けてやる!」
探索者達の表情にも少しずつ力が戻っていく。
その時、ゾイが一歩前へ出た。
「ウェルト。」
ウェルトが振り返る。
ゾイは負傷した五人を見つめながら言った。
「僕はここに残る。」
「この先の戦闘じゃ僕は足手まといになる。」
少し笑って続ける。
「軍が到着した時の連絡役も必要だろうしね。」
そしてウェルトを見た。
「だから入口は任せて。」
ウェルトは数秒だけ考え、小さく頷く。
「……分かった。」
「頼む。」
その返事を聞いたゾイは、今度はセレナの方を向いた。
「セレナ」
「アディたちのこと、お願いできる?」
セレナは一瞬だけ目を見開き、それからすぐに真っ直ぐ頷いた。
「うん」
その小さな返事には、確かな覚悟が宿っていた。
その様子を見たゼウレンは全員を見渡し、大きく息を吸う。
「これより救出作戦を開始します!」
「目標は生存者の救出、ならびにクイーンの討伐!」
「全員――生きて帰りますよ!」
「「おおっ!!」」
力強い返事が渓谷へ響いた。
そして救出部隊は、一斉に渓谷の奥へと突入していった。
―――
場面は渓谷内部。
洞窟の外。
入口付近では数体のキマイラが獲物を探すように徘徊していた。
岩壁の隙間を嗅ぎ回り、ときおり低いうなり声を上げる。
だが幸いにも。
洞窟の奥までは気付いていない。
その様子を岩陰から慎重に確認していたドルスは、小さく息を吐いた。
「……ふぅ」
静かに洞窟の奥へ戻る。
アディとコールが顔を上げた。
「どう?」
「まだ周囲を徘徊しています」
「ですが、この場所は見つかっていません」
その言葉にアディは胸を撫で下ろした。
「こっちは無線で呼びかけているけど……」
「この渓谷のせいで電波が届かないみたい」
悔しそうに通信機を握りしめる。
ドルスは静かに頷いた。
「ですが、緊急通信は送れています」
「途切れ途切れでしたが、救難信号だけは届いているはずです」
「救助隊は……きっと来ます」
その言葉に三人の表情が少しだけ和らいだ。
だが。
ドルスはふと視線を横へ向ける。
「……それはそうとして」
「何をしているんですか」
コールは満面の笑みだった。
アディの膝を枕にして寝転がっている。
「いやぁ」
「だって、あいつだけやってもらって俺だけ無しは不公平じゃないっすか」
さっきまでバルディオが膝枕をされていたことを言っているのだろう。
アディは呆れたようにため息をつく。
「ほんと何言ってるんだか……」
それでも追い払おうとはしない。
コールは天井を見上げながら、にやりと笑う。
「いやぁ」
「洞窟の中なのに二つも山が見えます」
「絶景っすねぇ」
「馬鹿」
アディは苦笑しながら、軽く額を小突いた。
その笑顔とは裏腹に。
コールの腹部へ巻かれた包帯には、少しずつ赤い血が滲み始めている。
応急処置しかできていない。
本格的な治療を受けなければ危険な状態なのは明らかだった。
それでも。
コールは明るく振る舞う。
二人に心配を掛けたくないから。
その気遣いには。
アディもドルスも気付いていた。
だが、誰も口にはしない。
アディはそっとコールの頭を撫でる。
優しく。
子供をあやすように。
「皆で帰りましょう」
改めて口にする。
その言葉は、自分自身にも言い聞かせるようだった。
コールは嬉しそうに笑う。
「帰ったら、お疲れ様会っすね」
「その前に病院です」
ドルスが即座に返す。
そのやり取りに。
アディも思わず吹き出した。
「ふふっ」
洞窟の中に、小さな笑い声が響く。
絶望しかない状況。
仲間を失い。
出口も見えない。
それでも三人は笑った。
少しでも。
ほんの少しでも。
互いの不安を忘れられるように。
希望だけは、失わないために。




