緊迫の少女 アディ視点中編
渓谷入口から少し入った地点で、車列は停止した。
ここから先はクイーンの縄張りだ。いつ遭遇してもおかしくない。探索者たちは武器の最終確認を行いながら、周囲を警戒する。
そんな中、アディが前へ出た。
「少し提案があるわ」
全員の視線が集まる。
「補給用トラック三台を中心に、方円陣を組みながら進みましょう」
地図を広げながら、アディは続ける。
「今回の渓谷は未探索区域よ。何が起きるかわからない。補給車両を失えば、撤退も継戦も難しくなるわ」
対クイーン用の大型兵器。予備弾薬。予備アーティファクト。すべてトラックに積まれている。
「慎重に進むべきよ」
多くの探索者が頷いた。
だが。
「遅ぇな」
声が響く。
バルディオだった。
腕を組み、鼻で笑う。
「そんなチンタラやってたら日が暮れる」
アディが視線を向ける。
「慎重に進むべきだと言っているの」
「だからそれが甘いんだよ」
バルディオは前へ出た。
「クイーンを倒せば終わりだろ」
「周辺の雑魚なんざ無視だ」
「一直線に本体を潰せばいい」
意見が真っ向からぶつかる。
周囲もざわついた。
ダストンが仲裁しようとする。
しかし、バルディオは聞く耳を持たなかった。
「結局お前らは怖いんだろ?」
「失敗するのが」
その言葉にオニキスのメンバーたちが笑う。
クラウスが眉を吊り上げた。
「てめぇ!」
「やめなさい」
アディが止める。
バルディオは舌打ちした。
だが、その直後だった。
「なら俺達だけでやる」
そう言って補給用トラックへ向かう。
「なに?」
アディが顔を上げる。
「クイーン討伐は俺達がもらう」
バルディオは笑う。
「ついて来たい奴だけ来い」
その言葉に数名が反応する。
ポイント欲しさ。功績欲しさ。それぞれの思惑。
結果、十八人が集まった。
補給トラック三台。対クイーン兵器。大型火器。それらを乗せたまま。
「行くぞ!」
エンジンが唸る。
アディが止めようとする。
「待ちなさい!」
だが、返事はない。
次の瞬間、バルディオがアーティファクトを起動した。
轟音。
崖が爆発する。
岩盤が崩れ落ちる。
大量の落石。
道が塞がれた。
さらに数台の車が巻き込まれる。
ガシャァァン!!
車体が潰れる。
探索者たちが慌てて飛び退く。
「なっ――」
アディが言葉を失う。
バルディオは振り返らない。
「俺達だけで十分だ」
「お前らはそこで見てろ」
そのまま三台のトラックは走り去った。
静寂。
残された二十二人は呆然とする。
「若さゆえ、ですかね」
マイヤーが呟く。
ダストンが額を押さえた。
「完全な規約違反です」
「クイーンを倒してもポイントは認められないでしょう」
「むしろ処罰対象です」
誰も反論しない。
呆れしかなかった。
そして、残されたチームで今後の方針を話し合おうとした、その時だった。
ゴゴゴゴゴゴ……
地面が揺れる。
最初は地震かと思った。
だが違う。
もっと近い。もっと重い。
ダストンがレーダーを見る。
顔色が変わった。
「反応!」
「大きい!」
「まさか――」
言い終わる前だった。
先程崩れた岩盤。その下。
地面そのものが爆発した。
轟音。
岩が吹き飛ぶ。
車が宙を舞う。
近くにいた探索者たちも吹き飛ぶ。
そして。
巨大な影が姿を現した。
誰もが息を呑む。
クイーン。
巨大なムカデ型だった。
だが、その姿を見た瞬間、全員が理解する。
最悪だと。
そして、同時にもう一つの違和感にも気づく。
おかしい。
なぜ、こんな場所にクイーンがいる?
本来なら、もっと奥の巣の中心にいるはずだ。
縄張りの外だ。
巣から離れた場所に、どうして――。
誰もがそう思った。
クイーンが咆哮する。
直後、周囲のレーダーが赤く染まる。
「うそだろ……」
探索者の一人が震える。
反応が増えていく。
増えていく。
増えていく。
四方八方。
渓谷全体。
キマイラの群れ。
包囲だった。
アディは即座に判断する。
「撤退!」
全員が振り向く。
「今すぐ撤退よ!」
ダストンも頷く。
「同意します!」
「緊急通信を!」
通信機が起動する。
だが、電波が悪い。
途切れ途切れになる。
それでもダストンは必死に通信を送る。
「こちら討伐隊!」
「討伐失敗!」
「負傷者多数!」
「救援を――」
その瞬間、アディの顔色が変わった。
「ダストンさん!」
叫ぶ。
だが遅かった。
クイーンの尾が振り抜かれる。
轟音。
ダストンの姿が消えた。
地面に叩きつけられる。
即死だった。
誰も言葉が出ない。
だが、悲しむ暇すらない。
「散開!!」
アディが叫ぶ。
「全員散って逃げなさい!」
「少しでも生存率を上げるの!」
探索者たちが走り出す。
キマイラの群れも押し寄せる。
地獄だった。
そして、アディは銃を構える。
クイーンの方へ。
自分が囮になるつもりだった。
だが。
「待ちなさい」
低い声。
振り返る。
マイヤーだ。
「君も逃げなさい」
「何言ってるんですか!」
アディが反論する。
マイヤーは笑った。
「君は若い」
「ここで散っていい人間じゃない」
静かな声だった。
「こういう役目はな」
武器を構える。
「十分生きた大人がやるもんだ」
その後ろに数人が並ぶ。
ブルーファングのメンバーだ。
誰も怯えていない。
覚悟を決めた顔だった。
アディは何か言おうとした。
だが、言葉が出ない。
男は笑った。
「生きなさい」
そう言って、アディの背中を押した。
アディは走った。
そして近くにいたドルス、コール、クラウスと共に敵の包囲網を突破する。
走りながらもアディは何度も後ろを振り返った。
ライラ。
ポルドロ。
離れた場所にいた仲間達のことが気になって仕方ない。
「大丈夫です」
ドルスが言う。
「ポルドロもライラも強い」
「きっと生き残ります」
だがアディは不安そうな顔を崩さない。
「でも……」
「ポルドロはもうすぐ子供が生まれるのよ」
「ライラだってまだ十九歳なの」
その言葉にドルスは少しだけ黙る。
アディは続けた。
「もし何かあったらって考えると……」
その時だった。
「俺だって若いっすよ?」
コールが割り込んでくる。
「心配してくれないんすか?」
アディは即答した。
「あなた孤児でしょ」
「ひでぇ!」
コールが叫ぶ。
「俺は死んでもいいってことっすか!?」
「そうじゃないわよ」
アディは呆れたように言う。
「ライラには親がいるの」
「親より先に子供が死ぬほど辛いことなんてないでしょ」
「いやだから俺は!?」
「死んだら一緒に死んであげる」
「んじゃあいいっす」
即納得した。
「よくないでしょ」
ドルスが呆れた。
その時。
クラウスが真面目な声で言った。
「俺は死んでもアディさんを守ります」
真っ直ぐな目だった。
アディは少し驚き。
そして微笑む。
「ありがとう」
クラウスの顔が一瞬で赤くなる。
それを見たコールがニヤニヤした。
「おっ」
「また赤くなった」
「うるさい」
そんなやり取りも束の間だった。
キマイラの群れは執拗に追いかけてくる。
倒しても倒しても。
減らない。
終わりが見えない。
アディは焦り始めていた。
このままでは。
先にエーテルが尽きる。
出口まで辿り着けない。
せめて。
この三人だけでも生かしたい。
そう考えた瞬間だった。
死角。
キマイラが迫る。
「アディ!」
ドルスが叫ぶ。
だが遅い。
キマイラはすでに飛び掛かっていた。
その瞬間。
アディの身体が突き飛ばされる。
「え――」
代わりに。
コールが攻撃を受けた。
「っぅぐ!!」
鮮血が飛ぶ。
「コール!」
アディが即座に銃を向ける。
キマイラを撃ち抜く。
そして駆け寄った。
コールは苦笑する。
「へへ」
「大丈夫っす」
「ちょっと掠っただけで――」
左脇腹を押さえる。
その手は真っ赤だった。
誰が見ても重傷だった。
アディの顔が青くなる。
どうする。
どうする。
どうする。
逃げた方向からキマイラが迫ってくる。
その時だった。
「俺が残ります」
クラウスだった。
「ここで殿をします」
「駄目よ!」
アディは即座に否定する。
だがクラウスは首を振った。
「コールは背負えば助かります」
「ドルスさんなら運べる」
「でもアディさんは無理です」
そして剣を握る。
「だから俺が残る」
「私が残る!」
アディが叫ぶ。
「私が時間を稼ぐ!」
だがクラウスも引かない。
「アディさんがいなくなったらチームはどうなるんですか?」
「リーダーには責任がある」
「俺は近接です」
「こういう状況の方が戦えます」
そして笑う。
「大丈夫です」
「少し時間を稼いだら逃げますから」
その目を見た瞬間。
ドルスは理解した。
この男は。
帰ってくる気がない。
だが。
何も言わなかった。
代わりに静かに告げる。
「アディ」
「リーダーとして最善を選んでください」
アディは唇を噛む。
コールは苦しそうに息を吐く。
そして。
決断した。
「クラウス」
「必ず生きるのよ」
「生き残ったら何でも一つ聞いてあげる」
クラウスが目を見開く。
そして嬉しそうに笑った。
「それは死ねませんね」
「伝えたいことがありますから」
ドルスがコールを背負う。
そして走り出した。
アディが援護する。
クラウスは逆方向へ走る。
迫りくる大量のキマイラを迎え討つ。
最後まで。
一度も振り返らなかった。




