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仲直りの少女

夜。


歓迎会を開いたあの店。


カウンター席。


ウェルトは一人で酒を飲んでいた。


グラスを傾ける。


一口。


喉を通る。


だが。


美味くない。


何の味もしない。


昼間のことばかり考えてしまう。


「はぁ……」


ため息。


改めて思う。


言い方が悪かった。


怒鳴る前に言うことがあった。


期待してる。


任せた。


そんな言葉を使ったのもまずかった。


だが。


それ以上に。


自分を大事にしないあいつが許せなかった。


荷物のために。


当たり前みたいに飛び降りた。


まるで。


自分の身体なんてどうでもいいみたいに。


グラスを見つめる。


酒が揺れた。


その時だった。


「やっぱりここにいた」


聞き慣れた声。


ウェルトは振り返らない。


「なんだよ」


そう言ってまた酒を飲む。


隣の席が引かれる。


アディだった。


「なんだよじゃないわよ」


腰を下ろす。


そして。


端末をウェルトの目の前へ突き付けた。


「これどういうこと?」


画面。


短い文章。


たった二行。


『ウェルトに嫌われた』


『どうしよう』


ウェルトの動きが止まる。


数秒。


固まる。


「は?」


思わず声が漏れた。


もう一度読む。


同じ文章。


「俺があいつを?」


信じられない。


「嫌いになるわけねぇだろ」


本気だった。


一ミリもそんなつもりはなかった。


アディはため息を吐く。


「でしょうね」


「なら尚更最悪よ」


ウェルトは黙る。


アディが聞く。


「何があったの」


「最初から全部話して」


ウェルトは酒を置いた。


そして。


今日の出来事を話し始めた。


輸送任務。


荷物。


飛び降りたセレナ。


怒鳴ったこと。


全部。


黙って聞いていたアディは。


話が終わると。


「なるほどね」


そう呟く。


そして。


立ち上がった。


ウェルトが顔を上げる。


次の瞬間。


ゴッ!!


拳が飛んだ。


「がっ!?」


ウェルトの顔が横を向く。


店内が静まり返る。


「てめぇ何しやがる!」


立ち上がるウェルト。


だが。


アディの目は笑っていなかった。


「それはこっちの台詞よ」


低い声。


ウェルトが黙る。


「何やってんのよあんた」


「……」


「聞けば聞くほど最低」


アディは吐き捨てた。


「気持ちは分かるわよ」


「私だって同じ状況なら怒る」


「でもね」


机を叩く。


「だからって怒鳴って終わり!?」


ウェルトは何も言えない。


アディは続ける。


「きっとあの子はそういう生き方をしてきたの」


「だから分からない」


「普通なら分かることも」


「誰かに大切にされることも」


「心配されることも」


「怒られた理由も」


ウェルトの拳が少し震える。


「……」


「あなたがしたのはね」


アディは真っ直ぐ見つめる。


「ただ怒鳴っただけ」


その言葉が刺さる。


痛いほど。


刺さる。


「荷物よりお前が大事だ」


「怪我してほしくなかった」


「死ぬかと思った」


本当に伝えたいのはそれだったはずだ。


なのに。


伝わっていない。


アディは少し俯いた。


「私があの子の部屋に行った時ね」


その言葉に。


ウェルトは顔を上げる。


「ベッドの上に座ってたわ」


「ぬいぐるみ抱えて」


「ずっと俯いたまま」


アディの脳裏に。


さっきの光景が浮かぶ。


部屋の中。


薄暗い明かり。


ベッドの上に小さく座るセレナ。


大事そうにぬいぐるみを抱えて。


ただ俯いていた。


声を掛けても。


すぐには反応しなかった。


「セレナちゃん」


「大丈夫?」


そう聞いた時。


ようやく顔を上げた。


だけど。


その顔はひどく辛そうだった。


「私」


小さな声。


消えてしまいそうな声。


「ウェルトを怒らせた」


アディは黙って聞いた。


「だから」


「家」


少しだけ言葉に詰まる。


「出ていかないと」


「だめかな」


その瞬間。


胸が締め付けられた。


本気だった。


セレナは本気でそう思っていた。


アディはゆっくりベッドへ腰掛ける。


そして。


そっと抱きしめた。


「大丈夫」


優しく背中を撫でる。


「そんなことないから」


「でも」


「大丈夫」


もう一度言う。


「ウェルトはそんな人じゃない」


「私が連れてくるから」


「だから待ってて」


セレナは何も言わなかった。


ただ。


小さく頷いた。


――――


アディは顔を上げる。


そして。


目の前のウェルトを睨んだ。


「そう言ったのよ」


言葉が出ない。


出るはずがない。


「あんたがどれだけあの子を傷付けたか」


「少しは理解した?」


ウェルトは俯いた。


拳を握る。


そして。


小さく呟く。


「……最低だな」


「ええ」


アディは即答した。


「最低」


容赦はなかった。


だが。


少しだけ表情が柔らかくなる。


「だから」


「ちゃんと伝えてきなさい」


「あなたがあの子を大切に思ってること」


「全部」


「言葉にして」


ウェルトはゆっくり立ち上がった。


もう酒なんてどうでもよかった。


帰らなければ。


今すぐ。


「行くわよ」


アディが言う。


「……なんでお前も来るんだ」


少しだけ渋るウェルト。


すると。


アディが無言で耳を掴んだ。


「いてっ」


そのままぐいっと引っ張る。


「いてててて!」


「ほら行くわよ!」


「離せ!」


「嫌よ」


強引だった。


ウェルトは抵抗するが。


アディは離さない。


そして空いている手でカウンターの上に金を置く。


「騒がしくしてごめんなさい」


「余った分はそのお詫びってことで」


店主は苦笑した。


「仲直りしてこい」


そして。


二人は店を飛び出した。


夜の街を歩く。


しばらく歩き。


アパートが見えてくる。


その途中。


アディがふと足を止めた。


「繰り返すけど」


静かな声だった。


「あなたが怒ったこと自体は間違ってないわ」


ウェルトは黙って聞く。


「危険だったのは事実」


「飛び降りたのは褒められたもんじゃない」


アディは続ける。


「でも」


「理由を伝えてない」


「だからあの子には分からないのよ」


ウェルトは目を伏せた。


その通りだった。


アディが振り返る。


真っ直ぐウェルトを見る。


「ちゃんと伝えてあげなさい」


「セレナちゃんが大事だって」


優しい声だった。


責めるためじゃない。


分かってほしいから。


そういう声だった。


「前に聞いたわ」


「あの子、一人ぼっちだったんでしょう?」


ウェルトは小さく頷く。


「ああ」


アディも頷いた。


「だからこそよ」


「今のあの子にとって」


「あの家は大事な場所なの」


「あなたも」


「ゾイも」


「全部」


少しだけ笑う。


「きっとあの子なりに頑張ったのよ」


「任務が成功したら喜んでもらえるって」


「そう思ったから飛び降りた」


ウェルトは目を閉じる。


否定できない。


セレナならやる。


本気でそう思って。


本気で喜んでもらいたくて。


だから飛んだ。


その結果。


自分は何をした。


怒鳴った。


理由も伝えずに。


「駄目だな俺は」


小さく呟く。


アディは何も言わなかった。


ただ。


肩を軽く叩いた。


「さぁ、行きましょう」


―――


アパートへ到着する。


階段を上る。


ウェルトの足取りは重い。


アディは無言だった。


二人で部屋へ入る。


リビング。


待っていたようにゾイが立ち上がった。


「ウェルト」


「セレナは部屋にいるよ」


短い言葉。


だが。


その意味は十分だった。


ウェルトは頷く。


そして廊下を進む。


セレナの部屋の前。


立ち止まる。


深呼吸。


拳を握る。


そして。


コンコン。


軽くノックした。


「俺だ」


「セレナ」


しばらく沈黙。


その後。


部屋の向こうから足音が聞こえる。


近付いてくる。


ガチャ。


扉が開いた。


そこにはセレナがいた。


ウェルトは口を開く。


謝ろうとした。


だが。


その前に。


「ごめんなさい」


セレナが頭を下げた。


ウェルトの言葉が止まる。


胸が痛んだ。


セレナは俯いたまま続ける。


「荷物」


「鞄に入り切らないから」


「いるものと」


「いらないもの分けるまで」


少しだけ間が空く。


そして。


小さな声で。


「もう少しいてもいい?」


一瞬。


意味が分からなかった。


何を言われたのか。


理解できなかった。


だが。


次の瞬間。


視線が部屋の中へ向く。


机の上。


開いた鞄。


その周りには。


服。


食器。


ぬいぐるみ。


本。


生活用品。


そして。


ウェルトやゾイが買ってやった物が並んでいた。


持って行く物。


置いて行く物。


分けていたのだ。


ウェルトの思考が止まる。


セレナは。


本気で。


出て行く準備をしていた。


自分はもう。


ここには居られないのだと。


そう思っていた。


ウェルトの目が大きく見開かれた。


「違う!!」


ウェルトは叫んだ。


気付けば。


セレナを抱きしめていた。


強く。


壊れ物を抱くように。


そして。


自分でも気付かないうちに涙が流れていた。


「違うんだ……」


震える声。


「そうじゃないんだ」


「謝らなきゃいけないのは俺なんだ」


セレナが目を見開く。


ウェルトは首を振る。


「ごめん」


「ごめんなぁ……」


抱きしめる腕に力が入る。


自分が許せなかった。


彼女をここまで追い詰めた。


出て行こうと思わせた。


そんな自分が。


「お前が出て行く必要なんてない」


「そんなわけないだろ」


「俺がお前を嫌いになるわけないんだ」


言葉が止まらない。


今まで言えなかった分まで。


全部。


吐き出す。


「あの時怒ったのは」


「お前が大事だからだ」


「荷物なんて壊れる時は壊れる」


「輸送任務じゃ珍しくもない」


「でもな」


ウェルトは少しだけ身体を離した。


セレナの肩を掴む。


真っ直ぐ見る。


「お前は代わりがいないんだ」


「もっと自分を大事にしろ」


「俺達はチームだろ」


「家族みたいなもんだって言っただろ」


声が震える。


「家族が傷付くのは辛いんだ」


「死んだかと思ったんだよ」


「だから怒った」


「ちゃんと言うべきだった」


「ごめん」


セレナは黙って聞いていた。


少しして。


小さく口を開く。


「……出て行かなくていいの?」


その言葉に。


ウェルトの胸が締め付けられる。


どれだけ不安だったのか。


今になって分かった。


「あたりまえだ」


ウェルトは肩を掴んだまま言う。


「むしろ困る」


少しだけ照れ臭そうに。


視線を逸らしながら。


「今お前に出て行かれたら」


「俺が困る」


その瞬間だった。


「……よかった」


セレナが呟く。


ウェルトは顔を上げる。


そして。


初めて見た。


彼女の頬を。


一粒の涙が伝うのを。


「……セレナ」


「もう」


セレナは胸を押さえる。


ぎゅっと。


服を掴む。


「ここに居られないって」


「みんなに会えないって思ったら」


「ずっと」


「ここがぎゅってなってた」


胸の奥を押さえながら言う。


ウェルトは目を閉じた。


最低だ。


本当に。


最低だ。


自分は。


「ごめん」


もう一度。


今度は静かに言う。


そして。


改めて抱きしめた。


「傷付けるつもりなんてなかった」


「でも傷付けた」


「本当にすまない」


セレナも小さくウェルトの服を掴む。


ウェルトは続けた。


「俺はまだまだ未熟だ」


「人としても」


「チームリーダーとしても」


苦笑する。


「それでも」


「俺のチームに居てくれるか?」


しばらく沈黙。


そして。


セレナは力強く答えた。


「ここにいたい」


その言葉と同時に。


そっとウェルトの背中へ手を回した。


――――――


その様子を見ていたゾイは。


ようやく肩の力を抜いた。


「はぁ……」


長いため息。


「ほんと」


「二人とも迷惑かけてくれるよ」


そう言いながらも。


顔は笑っていた。


一方。


アディは。


限界だった。


「うわあああああぁぁぁぁん!!」


大号泣。


両手で顔を覆う。


「よがっだねぇぇぇ!!」


「ほんどによがっだぁぁぁ!!」


涙が止まらない。


鼻も止まらない。


感情が大爆発していた。


セレナはそんなアディを見る。


そして。


少しだけ笑った。


「ありがとう」


その一言で。


アディの涙腺はさらに崩壊した。


「うわあああぁぁぁぁん!!」


「どういだじまじでえぇぇぇ!!」


ゾイは苦笑する。


そしてリビングへ向かった。


「はいはい」


「仲直りしたところでご飯にしようか」


テーブルの上には料理が並んでいる。


二人があれこれしている間に作っていたものだ。


アディが涙を拭く。


セレナがアディの手を掴む。


「一緒に食べよう」


「……だべるぅ」


まだ泣いていた。


だが。


ちゃんと席に座る。


みんなも座る。


いつもの食卓。


いつもの席。


ウェルトは席に着く。


そして。


机に出された酒を一口飲む。


口の中に広がる味。


さっきまで何も感じなかった酒が。


今は妙に美味かった。


「……ああ」


思わず笑う。


今回はちゃんと。


酒の味がした。


―――


食事も終わり。


賑やかだった時間も少しずつ落ち着いていく。


アディも落ち着いたようで帰る時間になった。


「それじゃあねセレナちゃん」


「うん」


セレナが手を振る。


そしてアパートを出る。


駐車場に停めていた車へ向かう。


「アディ」


ウェルトが呼び止めた。


アディが振り返る。


「どうしたの?」


少しだけ真面目な顔。


ウェルトは頭を掻く。


「その」


こういうのは苦手だった。


だが。


今日は言わなければならない。


「今回は迷惑かけた」


少し間を置く。


「ありがとう」


アディは少し驚いた顔をした。


そして。


ふっと笑う。


「当然のことをしただけよ」


そう言ってから。


少しだけ表情を引き締めた。


「でもね」


ウェルトを見る。


真っ直ぐ。


「次」


「またあの子にあんな顔させたら」


「許さないからね」


その言葉に。


ウェルトは真面目な顔で頷いた。


「肝に銘じる」


迷いのない返答。


アディは数秒見つめる。


そして。


大きくため息を吐いた。


「本当に」


「不器用な人」


「でも」


「そういうところが」


言いかけて。


小さく笑う。


「なんでもない」


手を振る。


「じゃあね」


「おう」


車に乗ったアディが去っていく。


その姿が見えなくなるまで。


ウェルトは見送っていた。


しばらくして。


ウェルトも家の中へ戻る。


リビング。


ゾイは食器を片付けていた。


セレナも手伝っている。


いつもの光景。


さっきまで失うかもしれないと思った光景。


ウェルトは少しだけ笑った。


冷蔵庫を開く。


缶を一本取り出す。


「さて」


プシュッ。


音が鳴る。


「飲み直すか」


ゾイが呆れる。


「ほどほどにね」


「分かってる」


そう言いながら一口飲む。


ウェルトはソファへ腰掛けた。


すると。


セレナがおもむろに隣へ座る。


「お酒」


「美味しいの?」


その言葉に。


ウェルトは少し笑った。


「今日のは格別なんだ」


そう言って。


ぽんぽんと頭を撫でる。


セレナは嫌がらない。


むしろ少しだけ目を細めた。


ゾイはそんな二人を見て。


やれやれと肩を竦める。


ウェルトは思った。


改めて。


自分たちはチームになれたのだと。


銀髪の少女を迎えた日から始まった物語は。


この夜。


少しだけ前へ進んだのだった。

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