お菓子の少女
会議室へ入る。
ゼウレンは席から立ち上がった。
「お待ちしておりました」
ウェルト達を見て軽く頭を下げる。
「まずはお呼び立てして申し訳ありません」
「気にするな、それで?」
ウェルトが右手を出して頭を上げるように促す。
ゼウレンは少し表情を引き締める。
「前回の不正探索チームの件です」
「軍から改めて事情聴取を行いたいとの要請がありまして」
「そのため本日お越しいただきました」
「あぁ、あれか」
ウェルトは納得したように頷く。
ゼウレンも頷いた。
「ご安心ください」
「皆様が何か疑われているわけではありません」
「状況確認のためです」
「まぁ協力はするさ」
「ありがとうございます」
ゼウレンはそう言うと表情を少し緩めた。
「なお、他の三名にも既に連絡しております」
「まもなく到着されると思いますので、それまで少々お待ちください」
そう言うと近くにいた受付嬢へ視線を向ける。
「飲み物と軽食をお願いします」
「かしこまりました」
受付嬢は一礼して部屋を出ていく。
数分後。
受付嬢が戻ってきた。
ワゴンには飲み物。
そして小さな焼き菓子やクッキー、チョコレートが入ったバスケット。
テーブルへ並べられていく。
「どうぞ、ご自由にお召し上がりください」
そう言われる。
すると。
セレナがバスケットを見つめていた。
じー。
目が完全にお菓子へ向いている。
そして。
「食べていいの?」
受付嬢を見る。
少しだけ目が輝いていた。
受付嬢は思わず表情が緩む。
「あ、もちろんですよ」
「たくさんありますから」
「うん」
セレナは素直に頷いた。
セレナはクッキーを一枚手に取る。
小さくかじる。
さくっ。
そのまま数回咀嚼し。
少しだけ目を見開いた。
「おいしい」
小さな声だった。
だが確かにそう言った。
もう一口。
そしてもう一口。
無言で食べている。
特別表情が変わるわけではない。
だが。
どこか嬉しそうだった。
受付嬢はその様子を見ながら。
(かわいい……)
心の中で叫んでいた。
(なにこの子……)
(かわいい……)
(連れて帰りたい……)
職業倫理がギリギリ踏みとどまらせていた。
ウェルトはコーヒーを飲みながらその様子を見る。
村にいた頃はどうだったか知らない。
だが。
少なくとも今の家では菓子を食べてる姿を見たことがない。
ゾイも自分も甘い物を積極的に食べる方ではない。
自然と家には置かれなくなる。
だからだろう。
久しぶりなのかもしれない。
クッキーを食べるセレナを見ながら。
(今度買い物行った時にでも何か買っとくか)
そんな事を考える。
完全に保護者だった。
だが。
セレナが三枚目へ手を伸ばしたところで口を開く。
「食い過ぎるなよ」
セレナが顔を上げる。
「夜飯入らなくなるぞ」
「……わかった」
その時。
廊下の向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「セレナちゃーん!」
ウェルトが額を押さえる。
「来たな」
ドアが勢いよく開く。
アディだった。
ドルス。
コール。
いつもの三人。
「セレナちゃん!」
アディが一直線に向かう。
ゾイの肩を掴む。
そして。
横に押しのけた。
「うおっ!?」
ゾイがソファから追い出される。
当然のように空いた場所へ座るアディ。
そのままセレナへ抱きつく。
「会いたかったぁぁぁ」
吹き飛ばされたゾイは諦めたように別の席へ移動する。
「いつもすみません」
ドルスが謝罪する。
「セレナちゃんが絡まなかったらいいリーダーなんすけどね」
コールも半分呆れ顔だ。
ウェルトがコーヒーを置く。
「それで」
「軍の人間はいつ来るんだ?」
ゼウレンへ聞こうとした時だった。
アディが答える。
「あぁ」
「いるわよ」
「は?」
「入口で会ったもの」
アディがニヤリと笑った。
「驚くわよ」
その言葉で。
ウェルトはなんとなく察した。
見覚えのある人物なのだろう。
ウェルトはドアへ視線を向けた。
「お久しぶりです」
聞き覚えのある声だった。
一人の青年が入ってきた。
軍服。
短く整えられた髪。
姿勢の良い立ち方。
どこか見覚えがある。
だが。
すぐには思い出せない。
ウェルトは数秒その顔を見つめた。
そして。
「……お前」
目が少し見開かれる。
「バリルか!?」
青年の表情が一気に明るくなった。
「はい!」
「お久しぶりです隊長!」
その声を聞いた瞬間。
ウェルトも確信する。
間違いない。
昔の部下だった。
軍を辞めてから会っていない。
一年以上。
二年までは経っていない。
それくらいだ。
「かっこよくなったなぁお前」
「隊長は全然変わってませんね」
バリルは嬉しそうだった。
昔と変わらない。
ウェルトも思わず笑う。
「元気そうで何よりだ」
「隊長もです」
アディも軽く手を振る。
「入口でも言ったけど元気そうで良かったわ」
「ありがとうございます」
敬礼しそうな勢いだった。
アディは軍時代の先輩。
同じ戦場を戦った相手でもある。
自然と敬意が出る。
その様子を見ていたゾイが小声で聞く。
「知り合い?」
「あぁ」
ウェルトが頷く。
「昔の部下だ」
「へぇ」
ゾイは少し驚いた。
バリルは改めて全員へ向き直る。
「申し遅れました」
「バリル・グランツです」
「現在はこの街を担当する連合国軍の責任者を務めています」
その言葉に。
ウェルトが目を丸くした。
「おいおい」
「出世したな」
バリルは苦笑する。
「父のおかげですよ」
「あー」
ウェルトも思い出した。
「そういや総司令官だったな」
「はい」
連合国軍総司令官。
バリルの父だ。
とんでもない大物である。
「親の七光りって言われないよう必死ですけどね」
バリルは肩をすくめた。
その言葉にウェルトは笑う。
「まぁ頑張れ」
「はい」
そして。
バリルは表情を少し真面目なものへ変えた。
「さて」
「本日は前回の不正探索チームについてお話を伺いたく参りました」
会議室の空気が少し引き締まる。
――
一通り説明が終わる。
「しかし」
「こういう案件に街の責任者が直接来るものなんですか?」
ゾイが素朴な疑問を口にした。
確かにそうだ。
ただの事情聴取なら担当者だけで十分なはずである。
バリルは少し笑った。
「本来なら来ません」
「ですよね」
「ですが」
バリルは資料を軽く持ち上げる。
「報告書に隊長とアディ先輩の名前がありまして」
アディが眉を上げる。
「私たち?」
「はい」
「それで少し無理を言って担当を代わってもらいました」
ウェルトが納得したように笑う。
「あぁ」
「そういうことか」
「久々に顔を見たかったので」
バリルは素直だった。
ウェルトも悪い気はしない。
「しかし」
バリルは改めて資料を見る。
「クイーン討伐」
「この少人数で討伐とは」
素直に感心していた。
「本当に凄いですね」
「まぁな」
ウェルトは腕を組む。
そして。
親指で隣を指した。
「ほとんどはうちの姫さんのおかげだけどな」
セレナだった。
クッキーを食べている。
もぐもぐ。
本人は全く気にしていない。
バリルはその姿を見る。
銀色の髪。
小柄な身体。
そして。
腰にある銃や剣に変わる帝国製アーティファクト。
さらに。
持ち込まれた報告書の内容。
異常な戦闘能力。
脳裏に一つの資料が浮かんだ。
戦時中の報告書。
何度か目を通した記録。
そこに記されていた特徴。
あまりにも一致している。
(まさか)
バリルの視線がセレナへ向く。
セレナは気付いていない。
クッキーを食べている。
隣ではアディが頭を撫でている。
嫌がられていない。
ウェルトも普通に接している。
周りも当然のように話している。
誰も警戒していない。
誰も恐れていない。
(……いや)
バリルは思考を止める。
心の中だけで首を振った。
(やめておこう)
戦争は終わった。
今更掘り返す話ではない。
何より。
隊長が信頼している。
アディ先輩も同じだ。
ならばそれで十分だった。
バリルは資料を閉じた。
「なるほど」
「確かに凄い方ですね」
セレナが顔を上げる。
「?」
何を褒められたのか分かっていない顔だった。
事情聴取も終わり。
バリルは立ち上がった。
「本日はありがとうございました」
頭を下げる。
ウェルトを見る。
「久しぶりにお会いできて良かったです」
「俺もだ」
ウェルトは笑う。
「今度飲もうぜ」
「ぜひ」
その言葉にバリルも笑った。
端末を取り出す。
「連絡先交換しておきますか」
「おう」
ウェルトも端末を取り出す。
隣ではアディも当然のように参加していた。
「私も交換するわ」
「もちろんですアディ先輩」
数秒後。
交換完了。
バリルは苦笑した。
「ただし」
「変な理由で呼び出さないでくださいね」
「この街の責任者って結構忙しいんです」
ウェルトが吹き出す。
「善処する」
「隊長の善処は信用できません」
「失礼だな」
アディも頷く。
「まったくね」
「おいおい」
ウェルトは肩を落とした。
そして。
「それでは失礼します」
軽く敬礼。
そのままバリルは会議室を後にした。
ドアが閉まる。
「さて」
「じゃあ帰るか」
ウェルトがドアへと向かう。
すると。
「少々お待ちください」
ゼウレンが紙の束を取り出す。
そして。
ウェルトへ差し出した。
「なんだこれ?」
受け取る。
数十枚はある。
履歴書のような紙だった。
ウェルトが一枚めくる。
知らない名前。
もう一枚。
また知らない名前。
さらにもう一枚。
「誰だこいつら」
ゼウレンは苦笑した。
「チーム加入希望者です」
会議室が静まる。
「……は?」
ウェルトが固まった。
「加入希望?」
「俺たちに?」
今まで募集や勧誘しても誰も来なかった。
「当然ですよ」
ゼウレンは不思議そうに言う。
「少人数でクイーンを討伐」
「さらに中級チームへ昇格」
「ギルド内で現在一番の話題のチームですよ」
そこまで言われると。
ウェルトも少し納得した。
「それに」
ゼウレンは続ける。
「三人しかいないというのも大きいですね」
ゾイが頷く。
「あぁ」
「入りやすそうに見えるか」
「その通りです」
ゼウレンも頷いた。
「大規模チームだと新人は雑務や後方支援ばかりです」
「ですが皆様のチームなら活躍できる可能性が高い」
「そう考える人も多いようですね」
「なるほどな」
ウェルトも納得する。
だが。
ゼウレンは少し笑った。
「そしてもう一つ理由があります」
視線が移動する。
セレナだった。
「銀髪の美少女が所属している」
ウェルトが頭を抱えた。
「なんだそれ」
「当然よ」
アディは胸を張る。
「セレナちゃんだもの」
「実際」
ゼウレンは苦笑する。
「うちの職員の中にも彼女のファンがいますからね」
「まじか」
ウェルトが突っ込む。
その時だった。
コンコン。
会議室のドアが開く。
「失礼します」
先ほどのお菓子を持ってきた受付嬢だった。
空になったカップを回収していく。
そして。
「その……」
少しだけ緊張した様子で。
紙袋を取り出した。
「これ」
「余ったお菓子なんですけど」
「よかったら持って帰ってください」
中には個包装されたお菓子がいくつも入っている。
セレナの目が少しだけ輝いた。
「いいの?」
「もちろんです」
受付嬢は笑顔で頷く。
セレナは袋を受け取る。
そして。
「ありがとう」
しっかり頭を下げた。
その言葉だけで。
受付嬢の顔が少し緩む。
「い、いえ!」
「こちらこそ!」
何故かお礼を返してしまった。
そのまま片付けを終える受付嬢。
「それでは失礼します」
ドアへ向かう。
そして。
退出する寸前。
ちらり。
セレナを見る。
セレナも見ていた。
受付嬢は少しだけ笑う。
軽く手を振った。
セレナも振り返す。
「ばいばい」
「っ……!」
受付嬢は何かを堪えるように頷くと。
静かにドアを閉めた。
パタン。
数秒の沈黙。
ゼウレンが苦笑する。
「今日新たに一人増えた気がします」
アディは満足そうだった。
「またセレナちゃんの魅力で一人救われたのね」
「意味が分からねぇ」
セレナ本人はお菓子の袋を抱えながら。
ご満悦の表情だ。




