荒野の少女
荒野を一台の車が走っていた。
砕けた道路。
崩れた建物。
放棄された戦車。
戦争が終わって一年。
世界はまだ復興などと呼べる状態ではなかった。
運転席では、20代前半くらいの眼鏡を掛けた細身の青年がハンドルを握っていた。
後ろで束ねた金髪が揺れるたび、ちらりと地図へ視線を落とす。
彼の名はゾイ=ソートマン。
二人だけのチームを支えるマネージャー役だ。
助手席では、30代半ばくらいのガタイの良い男が腕を組みながら眠っていた。
短く刈り込まれた黒髪。
そして肩から先を失った左腕には無骨な義手が取り付けられている。
顔にタオルを掛けて、男は寝息を立てていた。
「そろそろ目撃情報があった場所だよ。ウェルト」
その言葉に男がゆっくり目を開く。
タオルを外し、座席を起こすと大きな欠伸をした。
「んぁ……」
彼の名はウェルト=シャーリー。
このチームのリーダーである。
「いつも通り何もない荒野だな」
窓の外を眺めながらウェルトは言った。
「本当にこの辺りか? ゾイ」
「目撃情報自体は昨日だからね」
ゾイは運転に集中しながら答える。
「移動してる可能性はあるよ」
そしてダッシュボードに取り付けられた探知機を指差した。
「とりあえずセンサー見といて」
「へいへい」
ウェルトは気のない返事をしながら探知機へ視線を向けた。
しばらく走るとセンサーに反応。
「お、反応があったぞ、30度左だ。車を止めてくれ。」
そういうとダッシュボードに置いてある双眼鏡を手に取りその方向を見る。
「OK」
そういうとゾイは車を止め同じようにドアポケットに置いてある双眼鏡を手に取りウェルトと同じ方向を覗いた。
そしてウェルトは反応があった当たりを見回すと何かを発見した。
「お、いたいた。中型のオートマタだな。数は……一、二、三。三体か」
そう言ってウェルトは双眼鏡を下ろした。
荷台に積まれた武器へ視線を向ける。
「この装備だとちときついな。一旦戻って装備を整――」
「ちょっと待って」
ゾイの声がウェルトの言葉を遮った。
「ん?」
「……あれ、人じゃない?」
「なんだって?」
ウェルトは再び双眼鏡を構える。
同業者か。
そう思いながらオートマタの周囲を探す。
そして見つけた。
三体のオートマタと少し距離をおいて対峙する一人の少女を。
見た目は十代前半くらい。
銀色の長い髪。
風に揺れる茶色の外套。
どう見ても同業者には見えなかった。
「おいおい……」
ウェルトは思わず呟く。
「なんでこんな場所にガキがいるんだ」
「どうするのウェルト! あの子殺されちゃうよ!」
ゾイが慌ててウェルトの腕を掴む。
「わかってる! くそ、この装備でやるしか――」
そこまで言いかけた時だった。
少女が動いた。
荒野を蹴る。
真っ直ぐ。
オートマタへ向かって。
「バカ! あいつ何してんだ!?」
身を乗り出すウェルト。
オートマタの背中に装備された機関砲が少女に銃口を向けた。
次の瞬間。
無数の弾丸が砂煙を巻き上げ少女を飲み込む。
「終わった……!」
ゾイが思わず目を閉じた次の瞬間。
砂煙から飛び出す少女。
少女は倒れなかった。
弾幕の中を駆け抜けている。
「は?」
ウェルトは目を見開く。
あり得ない。
避けている。
全て。
人間の動きじゃない。
少女が腰の武器を抜く。
剣のような形状に見える。
少女はオートマタの懐へと走る。
オートマタは振り上げた鉄の腕を叩きつける。
少女はその攻撃をかわしながら地面を蹴り上げるように跳躍する。
そのまま空中で武器を変形。
剣だったものが銃へ変わる。
銃口がオートマタの背中へ向く。
発砲。
轟音。
装甲が吹き飛ぶ。
オートマタの発光していた目の光は消え、崩れ落ちる。
「嘘だろ……!」
「倒しやがった!?」
「あの威力……アーティファクトか!」
ウェルトは驚いたように発言する。
残る二体のオートマタが即座に反応する。
一体がミサイルポッドを展開。
もう一体は背中の機関砲を少女へ向けた。
通常なら逃げる。
そう判断する距離だった。
だが少女は違った。
地面を蹴る。
再び加速。
爆発。
砂煙。
機関砲。
飛び交う弾丸。
その全てを紙一重で躱していく。
「おいおいおい……」
ウェルトは思わず笑った。
「なんだあれ」
もはや戦いではない。
踊っているように見えた。
少女は爆炎を抜ける。
オートマタの足元へ滑り込む。
変形したアーティファクトが再び剣の形へ戻る。
閃光。
オートマタの脚部が切断された。
巨体がバランスを崩す。
倒れる。
その瞬間。
少女は空中へ飛び上がった。
銃形態へ変形。
引き金を引く。
放たれた一撃が頭部を貫いた。
二体目沈黙。
残るは一体。
最後のオートマタは危険を察知したのか全武装を展開する。
機関砲。
ミサイル。
レーザーサイト。
全てが少女を捉えた。
「まずい!」
ゾイが叫ぶ。
しかし。
少女は止まらない。
一直線。
真正面から突っ込んだ。
弾幕の中へ。
常人なら自殺行為。
それでも。
少女は一発も当たらない。
そして。
オートマタの眼前へ到達した。
少女が剣を構える。
次の瞬間。
銀色の軌跡が走った。
オートマタの攻撃は止まり停止する。
数秒遅れて。
頭部と胴体が分かれた。
轟音と共に崩れ落ちる。
静寂。
風だけが吹いた。
「……」
「……」
ウェルトとゾイは言葉を失う。
三体。
討伐完了。
それも僅か数十秒。
ギルドでも上位クラスの実力者でなければ不可能な芸当だった。
そして。
少女はゆっくりとアーティファクトを腰へ収めた。
風が吹く。
銀色の髪が揺れた。
三体のオートマタは沈黙し、
荒野には静寂だけが残る。
少女はその場に立ったまま動かない。
勝利を確認しているのか。
それとも次の敵を警戒しているのか。
そう思った次の瞬間。
前のめりに倒れる。
「……倒れた」
ゾイが呆然と呟く。
「もしかして、被弾したのか!?おい、車を出せ!」
焦るウェルト。
「わ、わかった。」
双眼鏡を荷台に放り投げてすぐにアクセルを踏むゾイ。
車は砂煙を上げながら少女の元へ駆ける。
停車するより早くウェルトはドアを蹴り開けて飛び降りた。
「おい、大丈夫か!?しっかりしろ!」
ウェルトは慌てて抱きかかえる。
「どこをやられた!?」
少女はゆっくり口を開く。
「お腹」
「腹を撃たれたのか!?」
ウェルトは慌てて腹部を確認する。
傷はない。
血もない。
服すら破れていない。
「……?」
少女は自分のお腹に手をそっと置く。
「空いた」
風が吹く。
ウェルトはゆっくり少女を見る。
「……え?」
少女も無表情で見返していた。
そして。
「お腹が」
少女は言った。
「とても空いた」
ぐぅぅぅぅぅぅぅ。
荒野に盛大な音が響く。
数秒の沈黙。
「サンドイッチ....食うか?」
「うん」




