帰路の少女
コールたちと合流した頃には、全員が限界だった。
荷台の上。
セレナだけが元気にサンドイッチを食べている。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
「よく食べられるわね……」
アディが驚いたように言う。
周囲にはキマイラの死体が山のように積み上がっている。
血の臭いも酷い。
正直食欲など欠片も湧かない。
アディは水筒の飲み物を一口飲む。
ドルスも同じだった。
スポーツドリンクを飲みながら息を吐く。
そんな中。
コールだけは相変わらずだった。
「今オートマタ出たら全滅っすね」
「縁起でもないこと言わないで!」
即座にアディが突っ込む。
「冗談っすよ」
「冗談に聞こえないのよ!」
いつものやり取りだった。
そこへ。
ゾイがウェルトへ飲み物を差し出す。
「ほい」
「助かる」
受け取ったウェルトは一気に飲み干した。
「クイーンが出た辺りでギルドに緊急通信しといたよ」
「救援部隊も来る」
ウェルトは目を丸くする。
「気が利くじゃねぇか」
「でしょ?」
ゾイが胸を張った。
その会話を聞いていたセレナが首を傾げる。
「通信できるの?」
「ん?」
ゾイが振り返った。
「もしかしてフォール粒子が邪魔して無理だと思ってた?」
セレナが頷く。
ゾイは笑った。
「ここ来る途中に大きな鉄塔があったでしょ」
「あれ」
「フォール粒子は地上五百メートルくらいから濃くなるんだ」
「だからそれより低い場所に中継局を建てて繋いでる」
「おかげで地上なら通信できるってわけ」
「そうなんだ」
セレナは納得したようだった。
それから数分後。
遠くから複数のエンジン音が聞こえてくる。
道路の先。
数台の車両が土煙を上げながら接近していた。
応援部隊だ。
ゾイの通信を受けて派遣されたギルドの緊急対応班。
車列はゆっくり停止する。
ドアが開く。
武装した探索者達が次々と降りてくる。
総勢三十名ほど。
先頭車両から降りたのは。
見覚えのある青年だった。
黒縁眼鏡。
整った制服。
以前オートマタ討伐の確認に来たギルド職員。
その後ろには新人らしい若い職員もいる。
「これは――」
そこまで言って。
青年は止まった。
どのチームの人間も驚きを隠せていない。
「すげぇ」
「嘘だろ?」
「これを6人でやったのか?」
そんな声が聞こえる。
視線の先。
道路一面。
キマイラ。
キマイラ。
キマイラ。
そしてキマイラ。
積み重なった死体の山。
抉れた道路。
崩壊した建物。
戦場そのものだった。
「……」
新人も口を開けたまま固まる。
「え?」
理解が追いつかない。
報告では六人。
たった六人。
それなのに。
目の前には大規模討伐戦の跡が広がっていた。
そして。
さらに奥。
新人が震える指で指差した。
「あれ……」
巨大な黒い物体。
首だけで人間の背丈を超える。
青年も視線を向ける。
そして。
無言で眼鏡を押し上げた。
「……クイーンか」
新人が慌ててタブレットを開く。
「クイーン討伐は通常三チーム以上での合同任務ですよね?」
「場合によっては軍へ支援要請もあります」
「その通りだ」
青年も淡々と答える。
だが。
その声は僅かに硬い。
クイーン。
それは災害指定個体。
ギルド単独で処理する場合もあるが。
普通は数十人規模。
重火器の投入。
長時間戦闘。
それが前提。
目の前の状況は明らかに異常だった。
青年は改めて周囲を見る。
応援要請を受けた時。
最悪の事態も想定していた。
到着した頃には半壊。
あるいは全滅。
そういう可能性すら考えていた。
だから急いだ。
だから三十人も連れて来た。
なのに。
結果はどうだ。
六人全員生存。
クイーン討伐完了。
周辺キマイラ殲滅済み。
もはや応援ではない。
後片付けである。
新人が呆然と呟いた。
「僕達……必要でした?」
青年は数秒考えた。
そして。
「死体処理には必要だ」
真顔で答えた。
その後。
タブレットを操作した。
前回探索記録。
異常なし。
キマイラ確認なし。
巣の兆候なし。
クイーン確認なし。
「あり得ませんね」
即答だった。
新人が首を傾げる。
「そこまで断言できますか?」
「できます」
青年はクイーンを指差す。
「クイーンは定住型です」
「巣を作るとほとんど移動しない」
「周辺には縄張りが形成される」
「さらに成体キマイラになるまで約二ヶ月」
「つまり」
青年は周囲の死体を見渡す。
「この数のキマイラが存在する時点で」
「最低でも二月以上前から活動していたことになる」
新人も顔色を変えた。
「前回の探索は一月前ですよね」
「ってことはその時にはもう……」
「存在していた」
青年はため息を吐く。
「間違いなく」
「前回担当チームの探索不足です」
青年は額を押さえた。
頭が痛い。
だが。
仕事は仕事だ。
すぐに振り返る。
「これからチームの班分けを行います」
てきぱきとチーム分けの指示を出す。
「探索班は残存区域の確認!」
「巣の内部に幼体及び卵が残っている可能性があります!」
「十分注意してください」
「死体処理班は焼却準備!」
「ここでは建物に延焼する危険があるので街付近から離れた位置まで運びましょう」
「それでは、お願いします」
即座に部隊が動き出した。
その後。
青年職員は改めてウェルト達へ向き直る。
「皆様は今回の功績により高額報酬が確定しております」
「詳細は後日改めて」
「まずは休養を優先してください」
誰も反対しなかった。
流石に限界だった。
「そうさせてもらうよ」
ウェルトは手をひらひらさせながら了承した。
――
帰り道。
行きと同じ二台の車。
帰路もアディの車に乗ったセレナ。
帰りの車内。
運転席にはコール。
助手席にはドルス。
そして後部座席。
「疲れたぁ……」
アディがぐったりしていた。
精神的にも肉体的にも限界だった。
大量のキマイラ。
クイーン戦。
エーテルを使い切った体。
流石に堪える。
だからだろう。
珍しく素直に頼んだ。
「セレナちゃん」
「なに?」
「膝枕して」
ドルスが振り返る。
「却下です」
即答だった。
しかし。
アディは諦めなかった。
「お願い……」
「今回だけ……」
「ほんとに疲れたの……」
目にはうっすら涙。
ドルスが頭を抱える。
セレナは少し考えた。
そして。
「いいよ」
あっさり許可した。
ドルスが深くため息を付いた。
現在。
アディは幸せだった。
非常に幸せだった。
セレナの膝へ上半身を預け。
完全にだらけている。
「えへへへ……」
頬をすりすり。
「セレナちゃんのふともも……」
すりすり。
「やわらかい……」
すりすり。
「生きててよかったぁ……」
「アディ」
ドルスが静かに言う。
「はい?」
「降りたら説教です」
「なんで!?」
その隣で。
セレナは特に気にしていなかった。
窓の外を眺めている。
流れていく景色。
崩れた都市。
そして。
一定間隔で建つ巨大な通信塔。
ゾイが説明してくれた鉄塔。
あれがあるから通信できる。
知らなかったこと。
初めて知ったこと。
初めての任務。
初めての共闘。
初めてのクイーン討伐。
胸の奥が少しだけ温かい。
不思議な感覚だった。
「……」
窓へ映る自分を見る。
少しだけ。
口元が緩んでいた。




