初任務の少女 後編
キマイラはモンハンでいうランポス、クイーンはディノバルドみたいな感じで想像するとわかりやすいかもしれません。
何体倒したのか。
もう誰も数えていない。
道路は血で染まり。
瓦礫の上には死体が積み重なっている。
セレナが最後の一体の頭を撃ち抜いた。
銃声。
そして沈黙。
ウェルトが銃を下ろす。
「終わったか……?」
荒い息。
額の汗。
肩で呼吸する。
アディも地面へ腰を下ろした。
「何体いたのよ……」
ドルスも斧を地面へ突き立てる。
「五十は超えてますね」
誰も否定しなかった。
その時だった。
セレナだけが顔を上げて一点を見ていた。
それに気付いたウェルト。
「おい、まさかセレナ」
その言葉に被せるようにセレナは言う。
「まだいる」
全員が反応する。
「もう少し休ませてほしいんだがな」
セレナは道路の奥を見つめていた。
「大きい」
直後。
ドォン――
地面が揺れた。
全員の足元が震える。
崩れたビルからコンクリート片が落下する。
もう一度。
ドォン――
ドォン――
何かが近付いている。
巨大な何かが。
『反応確認!!』
コールの声。
『なんだこれ!?』
『一体だけ反応のサイズがおかしい!!』
その瞬間。
道路の奥から現れた。
巨大だった。
十メートル級。
全身を黒い外殻で覆う巨体。
発達した長い尾。
そして。
その周囲を護衛する十体のキマイラ。
アディが息を呑む。
「親玉の登場ってところね」
コールが声を震わせる。
『もしかしてあれって……』
ドルスの表情も固い。
「クイーンです」
キマイラの母体。
巣の頂点。
大規模討伐対象。
本来なら複数チーム。
重火器。
数十人規模。
それが相手。
ウェルトは額の汗を拭った。
だが。
不思議と驚きは少なかった。
ここまで来れば。
「まぁ……いるよな」
苦笑する。
あれだけの群れだ。
親玉がいない方がおかしい。
その時。
セレナが一歩前へ出た。
自然と。
三人を守るように。
ウェルトはそれを見て笑う。
「大丈夫だ」
セレナが振り返る。
「え?」
ウェルトはライフルを構えた。
アディもウィンクをする。
ドルスも頷いた。
ウェルトが口元を吊り上げる。
「自分達のことくらいなんとかする」
「だからお前は何も気にするな」
「全力で暴れてこい」
セレナは数秒だけ三人を見る。
そして。
小さく頷いた。
「うん」
クイーンを見つめる。
瞬間。
靴が発光した。
爆音。
地面が砕ける。
消える。
否。
誰の目にも追えなかっただけだ。
クイーンの瞳だけが。
迫り来る銀色の閃光を捉えていた。
クイーンの懐へ飛び込む。
狙うのは後ろ脚。
巨大な身体を支える支柱。
剣閃。
火花。
だが。
浅い。
甲殻が硬すぎる。
斬れないわけではない。
だが決定打には遠い。
すぐに態勢を変える。
その瞬間。
クイーンの後ろ脚が持ち上がった。
踏み潰し。
轟音。
道路が陥没する。
アスファルトが爆散した。
後方へ飛ぶ。
だが。
そこへ。
巨大な尾が迫った。
横薙ぎ。
ビルの壁面を砕きながら一直線に迫る。
身を捻る。
回避。
だが砕けたコンクリート片が豪雨のように降り注ぐ。
瓦礫。
鉄骨。
粉塵。
その全てを避けながら着地した。
クイーンが咆哮した。
空気が震える。
耳鳴りがする。
周囲の瓦礫が吹き飛んだ。
そして。
瓦礫の中から二つの影が飛び出す。
キマイラ。
取り巻きだ。
左右から同時にセレナへ襲い掛かる。
だが。
銃声。
二発。
二体の頭部が弾け飛んだ。
「俺達を忘れて持っちゃぁ困るぜ!」
「邪魔なんてさせないわよ!」
ウェルトとアディだった。
残りのキマイラが三人へ向かう。
ウェルトが叫ぶ。
「アディ!」
「ドルス!」
「雑魚は任せた!」
「了解!」
「任せてください!」
ドルスが斧を構える。
アディもライフルを向けた。
ウェルトだけは視線を外さない。
狙うのはクイーン。
自分の弾じゃ倒せない。
甲殻が硬すぎる。
だから。
倒すための弾ではない。
戦況を変えるための弾だ。
カートリッジポケットから弾を取り出す。
閃光弾。
敵の猛攻で攻めあぐねるセレナ。
「セレナァ!!」
ウェルトが叫ぶ。
「目を閉じろ!!」
セレナが反応する。
一瞬だけ目を閉じた。
引き金。
発射。
クイーンの顔面付近で閃光が炸裂した。
視界を焼くほどの光。
クイーンが咆哮する。
僅かに動きが止まった。
その瞬間だった。
セレナは走った。
崩れかけたビルへ。
壁面を蹴る。
駆け上がる。
十メートル。
二十メートル。
中腹付近まで到達する。
そのビルは先程の尾撃で大きく傾いていた。
限界だった。
あと一押し。
それで崩れる。
セレナは振り返る。
クイーンを見る。
そして。
靴底が輝いた。
轟音。
爆発。
壁面が大きく陥没する。
それは移動だけではなかった。
破壊。
ビルへ与える最後の一撃。
飛ぶ。
銀色の閃光。
クイーンの顔面へ。
剣が振るわれる。
甲殻が割れる。
だが浅い。
やはり硬い。
クイーンの視界も戻り始めていた。
巨大な瞳がセレナを捉える。
だが。
遅い。
後ろで。
ミシリ、と音がした。
クイーンが振り返る。
傾いていたビル。
限界を超えた構造体。
数千トンのコンクリート。
鉄骨。
ガラス。
それら全てが。
崩れ落ちる。
避けられなかった。
頭部へ直撃。
轟音。
世界が揺れた。
どれほど硬い甲殻を持とうと。
衝撃までは防げない。
脳を揺らすには十分だった。
身体がふらつく。
足がもつれる。
巨体がゆっくりと傾いた。
倒壊するビルと共に。
地面へ崩れ落ちる。
瓦礫が崩れる。
土煙が舞う。
視界の先。
崩れたビルの下敷きになったクイーンの影が見える。
動かない。
「.....まだ終わりじゃなさそうだな」
ウェルトは銃を下ろさなかった。
経験が告げていた。
まだだ、と。
その時だった。
土煙の奥。
黒い光が走る。
一瞬だけ。
稲妻。
まるで生き物の血管のように。
闇の中を這う黒雷。
ウェルトの表情が変わった。
「セレナ!!」
怒鳴る。
「下がれ!!」
セレナは即座に反応した。
理由など聞かない。
後方へ跳ぶ。
直後。
轟音。
瓦礫の山が吹き飛んだ。
黒い稲妻が四方八方へ炸裂する。
アスファルトを焼き。
ビルの壁を穿ち。
周囲へ無差別に暴れ回る。
コールの悲鳴が無線に響く。
『な、なんすか今の!?』
ドルスが短く答えた。
「エーテルの暴走です」
『暴走?』
「キマイラは人間のようにエーテルが自然回復しません」
「ですが」
「外的要因か体内エーテルが尽きない限り死ぬこともありません」
瓦礫の中から。
ゆっくりと。
クイーンが立ち上がる。
全身を黒い雷が駆け巡る。
甲殻の隙間から漏れ出す光。
それは生命の輝きではない。
命を燃やしている光だった。
ウェルトが苦い顔をする。
「最後の手段だ」
「俺達も軍にいた頃、何度か見た」
アディも顔をしかめる。
「命を削って戦う形態」
「つまり」
ドルスが続けた。
「相手が命を賭ける価値があると判断されたということです」
舞い上がる土煙の中。
クイーンの赤い瞳だけが光る。
その視線は。
ただ一人。
セレナだけを捉えていた。
そして。
クイーンが咆哮した。
空気が震える。
クイーンを覆っていた土煙が吹き飛ぶ。
全身を覆う甲殻の隙間から黒い雷光が噴き出した。
バチバチバチバチッ!!
無数の稲妻が周囲へ放射される。
道路を走る。
ビルを這う。
瓦礫を砕く。
その全てがセレナへ向かう。
セレナは即座に後方へ跳んだ。
さっきまでいた場所を黒雷が貫く。
まるで生きた雷そのもの。
そして。
次の瞬間。
尾が振るわれた。
轟音。
崩れたビルを薙ぎ払う一撃。
セレナは回避する。
だが。
尾が通過した軌跡から黒雷が爆発した。
「っ!」
セレナがさらに跳ぶ。
着地地点へ雷が走る。
瓦礫へ移動する。
また雷が走る。
近付けない。
完全に近接殺しだった。
セレナは即座に武器を変形させる。
剣から銃へ。
着地と同時に発砲。
轟音。
確かに当たった。
だが。
甲殻の表面で黒い膜が弾けるだけだった。
「あれは.....」
ウェルトが気付く。
弾丸そのものは届いていない。
クイーンの体から溢れ出す黒いエーテル。
それが甲殻の表面に薄い膜を形成していた。
射撃が命中すると膜は破れる。
だが。
次の瞬間には再生する。
放出され続けるエーテルが破れた部分を埋めていくのだ。
(漏れ出したエーテルが勝手に障壁になってやがる)
(近づいてぶった斬るしかねぇ)
ウェルトはスコープを覗いた。
援護できるか。
考える。
だが撃てない。
クイーンに撃っても意味がない。
どこを狙う。
何を狙う。
答えが見つからない。
その時。
スコープ越しに。
セレナと目が合った。
(は?)
(戦闘中だぞ。)
(何やってんだあいつ。)
セレナは何も言わない。
ただ。
ゆっくりと視線を動かした。
ウェルトも反射的に追う。
その先。
一棟のビル。
稲妻で傷つき。
咆哮でひび割れ。
今にも崩れそうな高層ビル。
そして。
ウェルトは理解した。
「アディ!!」
怒鳴る。
「炸裂弾装填!!」
「了解!!」
「ドルス!!」
「はい」
「後は頼む!!」
「お任せください」
ライフルを構える。
同じ場所。
同じ一点。
三階。
左から二本目の柱。
そこへ照準を合わせる。
「アディ」
「なに?」
「ありったけのエーテルを込めろ」
アディが笑う。
「そっちもね」
「俺はまだ使う予定がある」
ニヤリと笑う。
そして。
二人同時に引き金を引いた。
炸裂弾が命中する。
爆発。
柱が吹き飛ぶ。
ビルが軋む。
そして。
ゆっくりと。
クイーンへ向かって倒れ始めた。
クイーンは気付く。
見上げる。
学習していた。
同じ手は通じない。
巨大な尾が振るわれる。
轟音。
倒壊するビルが真っ二つになった。
コンクリート片が空へ散る。
脅威は消えた。
次は。
セレナだ。
視線を地面へと向ける。
だが。
そこに。
セレナはいなかった。
クイーンが周囲を見回す。
どこだ。
どこへ行った。
その瞬間。
上を見る。
真っ二つになったビルの上半分。
崩れ落ちながら傾くその残骸の先。
銀髪が揺れた。
そこにいた。
クイーンが尾を振り上げる。
瞬間。
バァンッ――!!
クイーンの側頭部に衝撃。
ウェルトの炸裂弾。
エーテルの膜によって意味のない攻撃。
甲殻は貫けない。
だが。
爆発の衝撃は違う。
先程の脳震盪。
完全には回復していなかった。
衝撃が脳を揺らす。
クイーンの身体が大きくよろめいた。
「!?」
踏ん張る。
倒れない。
王として。
群れの頂点として。
その誇りが倒れることを許さない。
だが。
首だけは垂れた。
まるで。
処刑台の前に立つ罪人のように。
セレナは静かに武器を構える。
剣が変形する。
刀身が割れる。
展開する。
眩い光が溢れ出す。
「解放」
銀光が伸びた。
巨大な光刃。
二十メートル近い輝く刃。
そして。
セレナは落下するビルを蹴った。
轟音。
アーティファクトが咆哮する。
銀色の閃光。
一筋の流星。
クイーンへ。
一閃。
セレナはクイーンを通り過ぎる。
そのまま地面へ着地。
剣を突き立てる。
土煙が舞う。
長い軌跡を残しながら減速する。
静寂。
そして。
ずるり、と。
クイーンの首が滑った。
巨体が揺れる。
首が落ちる。
続いて。
胴体も横倒しになった。
轟音。
地面が震える。
土煙が空へ舞い上がった。
討伐完了。
その瞬間だった。
誰も言葉を発しない。
ただ。
そこに横たわる巨大な死骸を見ていた。
やがて。
ウェルトが大きく息を吐く。
「終わったな」
そのまま地面へ腰を下ろした。
足に力が入らない。
ライフルも重い。
アディはその場で大の字になる。
「もう無理……」
「指一本も動かしたくない……」
残った敵を倒したドルスも斧を地面へ立て掛けた。
普段の穏やかな表情はそのままだが。
額から汗が流れている。
かなり消耗していた。
その時。
無線からコールの声が響く。
『終わったっすか!?』
「終わった」
ウェルトが答える。
『今そっち行くっす!』
通信が切れる。
静かになった。
戦闘が終わったのだと。
ようやく実感する。
ウェルトはゆっくり周囲を見回した。
道路は抉れ。
建物は崩れ。
キマイラの死体が積み上がっている。
クイーンの巨体すら今ではただの残骸だった。
「……とんでもねぇな」
思わず漏れる。
たった四人。
本来ならクイーン討伐などあり得ない戦力だ。
軍時代ですら。
こんな討伐は複数部隊で行っていた。
重火器を持ち込み。
砲撃で削り。
何十人もの兵士が命を懸ける。
犠牲も多かった。
それが当たり前だった。
それなのに。
今ここにいるのは。
自分。
アディ。
ドルス。
そして。
一人の少女。
ウェルトは苦笑した。
「セレナがいなかったら」
言葉にするまでもない。
全滅していた。
間違いなく。
アディのチームが全員揃っていてもどうだったか。
正直分からない。
それほどまでにクイーンは危険だった。
そして。
それを倒したのは。
最後まで前線で戦い続けた銀髪の少女だった。
「ほんとに何者なんだよ、お前」
呟く。
だが。
その疑問に答える者はいない。
セレナがゆっくり歩き出す。
戦闘が終わったと理解したのだろう。
こちらへ向かってくる。
数歩。
歩いて。
そして。
ふらりと身体が傾いた。
前のめりに倒れる。
一瞬の静寂。
「セレナちゃん!?」
アディが飛び起きる。
ドルスも慌てて駆け出そうとした。
だが。
ウェルトが手を上げて止める。
「大丈夫だ」
「え?」
「一回見た」
意味が分からず二人が首を傾げる。
ウェルトは無線を取った。
「コール」
『はいっす!』
「なるべく早く来てくれ」
『何かあったんすか!?』
ウェルトは倒れている少女を見ながら笑う。
「うちの姫さんがサンドイッチをご所望だ」




