初任務の少女 中編
最初に口を開いたのはアディだった。
「あの靴……」
呆然とした声。
「あれもどう見てもアーティファクトよね」
ウェルトはまだローブを持ったまま頷く。
「ああ」
ドルスも眉を上げた。
「聞いていたのは武器だけでしたが……」
あの靴の性能からして帝国製だろう。
武器だけでも十分異常だった。
それをもう一つ。
しかも同時に使っている。
ウェルトは昨日の出来事を思い出す。
買い物へ行く前。
セレナは鞄に入っていた靴に履き替えていた。
最初はなんで靴を2足も持っていたのか疑問だった。
だが今なら分かる。
(ただのショッピングにアーティファクトを履く必要はないよな)
アディは頭を押さえた。
「いやいやいや」
「どう見てもセレナちゃん、アーティファクトを2つ装備してるわよね」
「しかもあの威力は連合国製では出せないわ」
アーティファクトの制御には高度な集中力が必要になる。
帝国製は更に威力重視にされているため扱いが非常に難しい。
連合国製ならある程度の力量で使用を前提に作られており
威力などが帝国製より劣る分扱いやすい。
連合国製なら2つの装備を使用することはかなりの上位の人間なら可能だ。
実際、ウェルト自身は連合国製を同時に使用している。
だが帝国製は同時使用などまず不可能。
アディは唸る。
『そんなにヤバいことなんすか?』
コールが無線越しに尋ねる。
アディが答えた。
「アーティファクトは人間の体を流れるエーテルを動力にしてるの」
『エーテルって体を動かすエネルギーみたいなもんすよね?』
今度はドルスが補足した。
「生命活動に必要なエネルギーの一種です」
「血液や神経のように体内を循環している」
「アーティファクトはそれを武器の力へ変換しているんですよ」
アディは続けた。
「問題は制御よ」
「アーティファクトを使う時はエーテルの流れを意識的に操作しなきゃいけない」
「一つ使うだけでも慣れが必要なの」
「まして帝国製は出力が大きい」
「暴れ馬みたいなものよ」
ウェルトも肩を竦めた。
「俺だって連合国製だから何とか二つ扱えてるだけだ」
「帝国製二つは無理だな」
ドルスも同意する。
「普通なら制御が追いつきません」
「どちらか一方が暴走するでしょう」
そしてアディの視線が自然とセレナへ向いた。
風に銀髪が揺れる。
小さな背中。
細い身体。
可愛らしい少女。
なのに。
先程まで六体のキマイラを瞬殺していた。
その事実が妙に噛み合わない。
そして。
俯きながら腕を抑えるアディ。
少しだけ。
恐怖を覚えた。
自分達とは根本的に違う何か。
そんな感覚だった。
その時。
「アディ」
声がした。
セレナがこちらへ小走りで戻ってきていた。
ぱたぱたと。
軽い足音。
そして。
アディの前で止まる。
身長差がある。
自然と見上げる形になる。
銀色の瞳が真っ直ぐ向けられた。
「どうだった?」
きょとんとした顔。
純粋な質問だった。
自分の強さを見たいと言ったのはアディだ。
だから感想を聞きに来たのだろう。
その瞬間。
アディの恐怖は消えた。
完全に消えた。
風船が割れるかのように。
こんな顔で見上げられて恐怖など感じられるわけがない。
可愛すぎた。
「セレナちゃん!!」
両肩を掴む。
「今からでもうちのチームに来ない!?」
「給料出すわよ!?」
「美味しいものもいっぱい食べさせる!」
「お洋服も買う!」
「毎日頭撫でる!」
「最後なんかおかしいだろ!」
ウェルトがつっこみを入れつつ即座に引き剥がした。
「離れろ変態」
「変態じゃないわよ!」
「変態だろ!」
いつもの光景だった。
ドルスが苦笑する。
そんなやり取りの最中だった。
セレナが周りを見始める。
「来る」
「たくさん」
それを聞いた3人の表情が変わる。
全員の耳にノイズが走る。
『――っ!』
無線だった。
コールだ。
だが声色がおかしい。
焦っている。
『大変っす!』
『複数反応確認!』
『いくつかの方向からキマイラの群れが接近中っす!』
『数が多い!』
『たぶんセレナちゃんが地面蹴った時の爆音に引き寄せられたっす!』
空気が変わった。
一瞬で。
先程までの緩い空気が消える。
全員が戦士の顔になる。
ウェルトが即座に無線を取る。
「車の方は?」
『こっちには気付いてないみたいっす!』
『キマイラはそっちの方だけに向かってます!』
「了解」
車は安全。
ならば。
合流する意味は薄い。
自分達が合流するよりキマイラの足の速度のほうが断然早い。
つまり撤退は間に合わない。
合流すればしたで車を護衛しながらは戦いにくい。
ヘタをして車が破壊されればそれこそ目も合わせられない。
だからこその覚悟。
「迎え撃つぞ」
短い一言。
全員が頷く。
ここで戦うしかない。
その時。
セレナが小さく俯いた。
コールの通信で気付く。
原因は自分だ。
靴の加速。
爆発音。
あれが群れを呼んだ。
「ごめん」
小さな声。
だが。
ウェルトは笑った。
「何で謝るんだよ」
ライフルを構える。
「探す手間が省けたじゃねぇか」
にやりと笑う。
完全に楽しそうだった。
ドルスも穏やかな表情を崩さない。
「問題ありません」
巨大な斧を構える。
「そのためのチームです」
「一人で抱え込む必要はありませんよ」
優しい声だった。
アディも少し俯いたセレナの頭を撫でる。
「そうそう」
「このままじゃ私達ほとんど何もしないで終わるところだったし」
笑いながら言う。
「むしろちょうどいいわ」
セレナは三人を見る。
誰も怒っていない。
誰も責めていない。
本当に気にしていないらしい。
そして。
遠くから。
聞こえた。
獣の咆哮。
一つではない。
いくつも重なっている。
ウェルトがライフルを構える。
「さぁて」
口元が吊り上がる。
「面白くなってきた!」
ドルスが前へ出る。
アディがライフルを構える。
セレナも武器を握り直した。
そして。
道路の先から土煙が上がる。
鈍い足音。
重なる咆哮。
数は分からない。
だが多い。
明らかだった。
「一本道だな」
ウェルトが周囲を見回す。
崩れかけたビル。
瓦礫の山。
逃げ場は少ない。
「俺はこっち側」
「アディとドルスは反対側を頼む」
「セレナ」
「お前は自由に動け」
「危ねぇ所だけ潰せ」
「うん」
セレナは小さく頷く。
「挟まれるぞ」
全員が頷く。
ウェルトはライフルを構えた。
迷いのない動作。
長年染み付いた指揮官の顔だった。
「近付くまで撃つ」
「二十メートル切ったら近接に移行」
その瞬間。
ライフルの射程範囲に入った。
土煙の中から最初のキマイラが飛び出す。
「撃て!」
銃声が轟く。
鈍い悲鳴を発しながら倒れていくキマイラの群れ。
しかし勢いは衰えず。
確実に近づいてくる。
そしてついにアディに1匹のキマイラが飛びかかる。
その瞬間。
ドルスが前に立ち斧で一刀両断。
続いて横に薙ぎ払い他のキマイラもどんどん切り裂いていく。
後方からアディも援護を行う。
同じチームだけあって連携は息ぴったりだ。
2人共、連合国製のアーティファクト。
威力は申し分ない。
ウェルト側もセレナが銃から剣に武器を変えて突撃。
ウェルトはライフルでそれを援護。
段々と狭まっていく戦場。
(おかしい)
(数が多すぎる)
ウェルトは戦いながらそう思った。
こういう任務は定期的に行う。
キマイラなどが繁殖するのを防ぐため。
なのにこの数。
「こりゃ、前のチームがさぼったな」
ウェルトが全員に聞こえるように喋る。
討伐依頼と違い。
探索任務は達成状況を確認しにくい。
「そのようですね」
「大方、半分くらいを探索して切り上げたんでしょう」
ドルスはそれに答えながらキマイラを両断していく。
ウェルトはセレナを援護しながら気付く。
セレナが剣を振るう。
その動きを見てウェルトは違和感を覚えた。
本来ならもっと踏み込めたはずだ。
だが彼女はそこで止まる。
(動きが鈍い)
そして気付く。
(くそ、そういうことか)
ウェルトはようやく理解した。
セレナは弱くなっているわけじゃない。
むしろ逆だ。
今まで一人で戦ってきたからだ。
味方を巻き込まない位置。
援護射撃の射線。
誰かが前に出る可能性。
そういうものを常に気にしている。
だから本来なら踏み込める場面でも踏み込まない。
振り切れるはずの剣を止める。
自分達に合わせているのだ。
アディも。
ドルスも。
同じ結論に辿り着いていた。
だが、現状では気にするなとは言えない。
むしろこの状況でなんとかなっている。
セレナの援護は的確だ。
そのおかげで誰一人怪我すらしていない。
(まったく)
ウェルトは笑った。
(セレナにおんぶに抱っこなんてさせちまうとは)
(こんなもんじゃねぇだろ、俺達は!)
ウェルトは考えた。
まだ自分達は成長できると。
「アディ!ドルス!まだやれるよなぁ!」
ウェルトは大声で叫ぶ。
「もちろんです!」
その言葉に笑いながら答えるドルス。
「当たり前でしょ!ここからよ!」
そう言いながらライフルの引き金を引くアディ。
3人ともエーテルの消費により疲労は蓄積しているはずだ。
だが動きにそれは見せない。
セレナの動きに合わせられるように全力で動く。
少しでも彼女の負担を減らす。
それがこの戦況を切り抜ける方法なのだから。




