初任務の少女 前編
二台の車が砂埃を上げながら荒野を走っている。
青空がどこまでも広がっていた。
無線機から声が聞こえる。
『そろそろ到着だけどレーダーの反応は?』
アディだった。
ウェルトは助手席で端末を確認する。
「今のところ反応なし」
『了解』
「このまま進むぞ」
無線を切る。
セレナはアディ達の車に乗っていた。
五人乗りのジープだ。
当然のようにアディは膝へ乗せようとした。
だが。
「アディ」
ドルスが静かに言った。
「任務中です」
「うっ……」
正論だった。
アディは渋々諦めた。
コールが窓から空を見る。
「いやー」
「こんな綺麗な空見ると飛びたくなるっすね」
「昨日見た映画みたいにさ」
ドルスが呆れた。
「無茶を言うな」
その会話を聞いていたセレナが首を傾げる。
「なんで飛べないの?」
アディが振り返った。
「セレナちゃん」
「空にフォール粒子があるのは知ってる?」
「知らない」
即答だった。
アディは苦笑する。
「そっか」
そして説明を始めた。
「五十年戦争の最初の頃ね」
「帝国は空からの侵攻に困ってたの」
「爆撃機とかミサイルとか」
「だから対抗策を作った」
セレナは静かに聞いている。
「それがフォール粒子」
「粒子同士がぶつかるだけで強力な電磁波を発生させる特殊粒子よ」
「帝国はそれを大量に空へ散布したの」
「今では世界中の空を覆ってる」
セレナは窓の外を見る。
空は青い。
何もないように見える。
アディは続けた。
「地上から五百メートルくらい上に浮いててね」
「高度が上がるほど濃くなるの」
「だから飛行機も飛べない」
「レーダーも広範囲では使えない」
「今じゃ空を飛ぶのはテレビや漫画の世界の話よ」
「へぇ……」
セレナは素直に感心した。
「じゃあ消せないの?」
今度はドルスが答えた。
「難しいですね」
「粒子発生装置が今でも動いていますから」
「戦争終わったのに?」
「ええ」
ドルスは頷いた。
「全自動です」
「修理機械が設備を修理する」
「その修理機械も別の修理機械が修理する」
「永久機関みたいな状態ですね」
コールが苦笑した。
「オートマタの製造工場もあるおかげで誰も近づけないんすよ」
「その工場も絶賛稼働中らしいし、オートマタの巣窟ってところっすね」
帝国。
かつて世界最強を誇った軍事国家。
だが。
今は存在しない。
オートマタとキマイラの暴走によって滅んだからだ。
中心部に人間はいない。
ただ機械だけが動き続けている。
終わったはずの戦争の残骸として。
セレナは静かに空を見上げた。
青空はどこまでも綺麗だった。
だがその上には。
誰も見ることのできない戦争の傷跡が今も残っているのだった。
『見えてきたな』
ウェルトが無線機へ向かって呟いた。
二台の車が砂埃を巻き上げながら進む。
その先。
地平線の向こうに無数の建物が見えていた。
戦争開始初期に戦火に巻き込まれた廃墟群。
かつては大勢の人々が暮らしていた街だ。
高層ビル。
商業施設。
住宅街。
今ではその大半が砂に埋もれている。
崩れた建物。
割れた窓。
朽ちた看板。
繁栄の面影だけを残しながら。
ゆっくりと砂漠へ飲み込まれていた。
まるで。
戦争という愚行の墓標のようだった。
ウェルトは口元を吊り上げる。
「さて」
ライフルを肩へ担ぐ。
「何が出るやら」
嬉しそうだった。
今回の任務。
東廃墟群調査任務。
定期的に発生する重要依頼だった。
建物が密集しているため。
オートマタ。
キマイラ。
双方が潜伏しやすい。
特にキマイラは巣を作る。
そのため定期的な確認が必要になるのだ。
だが。
危険度は高い。
大型個体が潜んでいることも珍しくない。
受注できるのは一定以上の実績を持つチームのみ。
ウェルトだけのチームだと絶対に受けられない任務だ。
そして現場。
廃墟群の手前で車が停止する。
全員が装備を確認した。
武器。
弾薬。
通信機。
インカム。
戦闘準備は万全だ。
「ジープはここに置いて、1台で行きましょう。」
アディが言う。
「了解」
ゾイが頷く。
以降はウェルト達のピックアップトラック一台で進む。
荷台へ移動。
ウェルト。
ドルス。
アディ。
セレナ。
四人がそれぞれ別方向を警戒する。
運転席はゾイ。
助手席へコールが乗り込んだ。
レーダー担当である。
全員がインカムを耳へ装着する。
そして。
廃墟群へ進入した。
静かだった。
風の音しか聞こえない。
人気はない。
コールが端末を確認する。
『反応なしっす』
「了解」
ウェルトが短く返す。
だが。
まだ全体の半分も調査していない。
油断は禁物だった。
その時だった。
セレナが急に一点を見つめた。
ウェルトが気付く。
「どうした?」
「いる」
即答だった。
「匂いがする」
全員が緊張する。
直後。
コールの声が飛んだ。
『反応確認!』
『車から見て2時の方向!』
セレナが見つめている方向だ。
ウェルトの目が見開かれる。
レーダーより先だった。
「車止めろ」
ピックアップトラックが停止する。
四人が荷台から飛び降りた。
武器を構える。
ゾイは車で待機。
コールは護衛。
何かあれば即座に撤退できるようにする。
セレナの様子は。
ドルスの肩に取り付けられたカメラ越しに確認することになった。
すこし歩いた後。
先頭を歩いていたウェルトが手を上げる。
停止の合図だ。
曲がり角の先。
十字路。
その先でキマイラ発見。
六体。
三メートル級の二足歩行。
恐竜を思わせるような異形。
鋭い爪。
強靭な脚。
牙の並ぶ大きな口。
そして。
別個体のキマイラを喰っていた。
「共食いか」
ウェルトが呟く。
珍しい光景ではない。
キマイラ同士での捕食行動はよく確認されている。
作戦会議。
「どうする?」
アディが小声で言う。
「先手は取りたい」
ドルスも頷く。
だが。
問題があった。
道が真っ直ぐなのだ。
近付けば確実に見つかる。
建物内部を通って行くのも危険。
いつ崩れてもおかしくない。
三人が相談していると。
セレナが前へ歩き出した。
「セレナさん?」
ドルスが呼ぶ。
セレナは答える。
「この距離なら大丈夫」
そう言って。
ローブを脱いだ。
「持ってて」
「え?」
ウェルトが反射的に受け取る。
その瞬間。
セレナが腰を落とした。
構える。
ウェルト達は理解できなかった。
この距離から突っ込めば見つかる。
そう思った。
だが。
次の瞬間。
セレナの靴底が淡く発光した。
ウェルトの目が見開かれる。
「まさか――」
気付く。
「靴もアーティファクトか!」
直後。
轟音。
爆発音にも似た衝撃が響いた。
同時にセレナが立っていた地面が大きく割れる。
セレナが消える。
否。
消えたのではない。
移動したのだ。
そして。
キマイラ達が気付いた時には。
すでに二体の首が宙を舞っていた。
鮮血が噴き出す。
残る四体がセレナに顔を向け臨戦体制に入る。
だが。
遅い。
セレナは回転しながら武器を変形させた。
剣。
から。
銃へ。
銃声。
二発。
二体の首に大穴が開く。
そのまま崩れ落ちた。
残る二体。
一体が飛びかかる。
鋭い鉤爪が振り下ろされる。
しかし。
セレナの方が速かった。
銃が剣へ変形。
閃光のような一閃。
腕が飛ぶ。
さらに返す刃。
胴体が真っ二つになった。
最後の一体。
大口を開いて襲い掛かる。
セレナは落ち着いていた。
銃口を向ける。
引き金を引く。
轟音。
次の瞬間。
キマイラの頭部が消し飛んだ。
沈黙。
六体。
全滅。
一瞬の出来事。
アディとドルスは言葉を発せなかった。
ただ。
十字路の中心に立つ銀髪の少女を見つめていた。
ウェルトは思わず笑った。
「なるほどな」
強いとは思っていた。
だが。
まだ底は見えてねぇらしい。
一気に書いて、長くなった文章を切り分けて題名つける。そんな作業でした。




