挨拶の少女
翌朝。
空は雲ひとつない快晴だった。
まさに任務日和である。
そんな爽やかな朝とは対照的に。
ウェルトは死んでいた。
「んぁぁ……」
欠伸を噛み殺しながらリビングへ向かう。
髪はぼさぼさ。
目は半分閉じている。
完全に寝起きだった。
リビングへ入る。
そして。
「おはよう」
ソファに座っていたセレナがそう言った。
ウェルトは一瞬だけ目を向ける。
「あぁ」
返事はそれだけだった。
そのまま椅子へ腰掛ける。
そして数秒後。
もう一度セレナを見る。
きっちり整えられた髪。
昨日買った服。
身支度も完璧。
いつでも出発できそうだった。
ウェルトは目を瞬かせる。
「……早いな」
「?」
「もう準備終わってるのか」
セレナは頷いた。
「うん」
当然のような顔だった。
ウェルトは少し感心する。
普段はどこか抜けている。
放っておけば家具を壊しそうだし、常識も怪しい。
なのに。
こういう所だけ妙にしっかりしている。
「意外だな」
「?」
本人は意味が分かっていないらしい。
ウェルトは苦笑した。
その時だった。
リビングのドアを開ける音がした。
ゾイだった。
目が半分閉じている。
髪も少し乱れている。
どう見ても寝起きだ。
昨日は歓迎会から帰った後も遅くまで今日の準備をしていた。
だから最後に起きてきたのだろう。
ウェルトは立ち上がる。
慣れた手つきでコーヒーを淹れた。
湯気の立つカップをテーブルへ置く。
「ほら」
「んー……」
ゾイはそのまま席へ座った。
そして。
「おはよう」
セレナが言う。
ゾイは眠そうな目を向ける。
「んー……」
返事になっていない。
コーヒーへ手を伸ばす。
そこで。
セレナが二人を見た。
じっと。
数秒ほど。
そして口を開く。
「だめ」
「ん?」
ウェルトが首を傾げる。
「?」
ゾイも同じだった。
セレナは真面目な顔をしている。
「起きたらおはようって言わないとだめ」
リビングが静かになった。
ウェルトとゾイは顔を見合わせる。
そして。
「あ」
同時に気付いた。
確かにその通りだった。
ウェルトは頭を掻く。
「悪い」
そして改めて。
「おはよう、セレナ」
ゾイもコーヒーを持ちながら笑った。
「おはよう」
セレナは満足そうに頷く。
「うん」
それだけだった。
だが。
なぜだろう。
二人とも少しだけ目が覚めた気がした。
朝の挨拶。
当たり前すぎて忘れていたことを。
まさかセレナに教えられるとは思わなかったのである。
朝食を終えた後。
ウェルトとゾイも身支度を整えた。
武器の確認。
携行品の確認。
任務前のいつもの準備だ。
そして三人は家を出た。
駐車場に停めてあったピックアップトラックへ向かう。
セレナが当然のように助手席へ乗り込む。
ゾイは運転席へ。
そして。
ウェルトは荷台へ上がった。
慣れた動作だった。
「……」
荷台に腰を下ろしながら空を見る。
考える。
今までは問題なかった。
二人だったからだ。
ゾイが運転。
自分が助手席。
それで終わり。
だが今は違う。
セレナがいる。
三人になった。
当然座席が足りない。
「新しい車かぁ……」
ぽつりと呟く。
欲しい。
ものすごく欲しい。
だが。
金がない。
昨日だけで財布が致命傷を負った。
家具。
生活用品。
その他諸々。
思い出しただけで胃が痛い。
「無理だな」
結論は早かった。
荷台生活続行である。
車はゆっくりと走り出した。
しばらくして。
ギルド支部へ到着する。
建物の前には既に見慣れた姿があった。
アディだった。
こちらを見つけた瞬間。
彼女の目が輝く。
そして。
次の瞬間には走り出していた。
速い。
異常に速い。
「きゃああああっ!!」
セレナへ一直線だった。
「セレナちゃーん!!おはよう!!」
どすっ。
抱き付いた。
「おはよう、アディ」
素直に挨拶を返した。
アディは満足そうだった。
幸せそうだった。
もはや隠そうともしていない。
ウェルトが呆れた顔になる。
「また待たせたか?」
「別に?」
アディはセレナへ抱き付いたまま答える。
「どうせ遅れると思ったから先に任務選んでたし」
ウェルトが頷いた。
「分かってるじゃねぇか」
「褒めてないわよね?」
アディの目が細くなる。
「そういうところ直しなさいよ」
「無理」
即答だった。
その時。
アディの後ろから声が聞こえた。
「お久しぶりです。ウェルトさん」
低く落ち着いた声。
振り向く。
そこには大柄な男が立っていた。
身長は二メートル近い。
30代前半の短髪の黒髪。
筋肉質。
だが威圧感はない。
穏やかな雰囲気を纏っている。
さらにその隣。
「ちーっす、ウェルトさん」
軽い口調の金髪青年。
顔のあっちこっちにピアスを付けている。
20代前半くらいだろう。
アディが手を叩いた。
「そうだった」
「セレナちゃん紹介するわ」
そう言って二人を示す。
「うちのチームメンバーよ」
そして優しくセレナの背中を押した。
前へ出る。
大柄な男がゆっくりと片膝をついた。
目線を合わせるためだった。
そして柔らかく微笑む。
「はじめまして」
「ドルス=パーレリアと申します」
丁寧な口調だった。
「アディから話は聞いています」
「今日はよろしくお願いします」
右手が差し出される。
セレナは少しだけ見つめた後。
その手を握った。
「よろしく」
ドルスは満足そうに頷いた。
体格に反して非常に紳士的な男だった。
続いてもう一人。
「自分はコール=モスリンっす」
気軽な調子で手を振る。
そして。
セレナを見た。
見たまま固まった。
「え?」
もう一度見る。
「いやいやいや」
「聞いてたけど」
「本当に超絶美少女じゃないっすか」
「ってかこの子本当に戦えるんすか?」
疑いの目。
無理もない。
見た目だけなら貴族のお嬢様である。
ウェルトは自信満々に笑った。
「見てからのお楽しみだな」
「今日は三人なんだね」
ゾイが尋ねる。
アディは肩を竦めた。
「人数合わせよ」
「他の連中は別任務」
セレナが首を傾げる。
「もっといるの?」
「いるわよ?」
アディは当然のように答えた。
「今は十人くらいかしら」
「十人」
セレナは少し驚いた。
ウェルトのチームが基準だったからだ。
アディが苦笑する。
「むしろウェルトのところが少なすぎるの」
「普通は十人前後よ」
ドルスも頷いた。
「用途ごとに分かれますからね」
「護衛班」
「探索班」
「採集班」
「複数任務を同時進行することもあります」
セレナは納得した。
つまり。
ウェルト達がおかしいのだ。
「で」
ウェルトがアディを見る。
「今回の任務はなんだ?」
アディがにやりと笑った。
「それはね――」




