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兵装の姫君、救国の王妃になる  作者: 松花春芳
善の善なるもの
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善の善なるもの ②

 食事を終えた兵達はすでに準備を始めており、あちこちで篝火が焚かれていた。


 篝火だけではなく、さらに、あるだけの松明にも火をつけて、兵達が持つ。八雲の兵が中心になって、山城の郭という郭を松明の明かりが埋め尽くしていく。


 常磐は高延とともに主郭からそれを見ていた。あたりが煌煌と明るい。遠くからこの城を見れば、闇のなかに輝く不夜城の如くそびえていることだろう。


 合図の音が聞こえた。


「始まりますよ」


 光と声で威嚇し返そうと言ったのは常磐だが、どんなふうにという話はなにもしていない。でも八雲の兵達はなにをするべきかわかっている様子だ。


 にわかに節をつけた大音声の詠唱があたりに響いた。


 誰か一人が声を先導しているようだ。その合図に従ってみんなの声が揃って続く。


 そして手拍子。また節のついた詠唱。さらに掛け声。みんな息がぴったりと合っている。


「なんですか、これ?」


 常磐は驚いて聞いた。すぐそばの高延にも声を張って聞かなければならないほどの大声量だった。


「八雲の出陣式での詠唱です。知りませんでしたか?」


「知りません、初めて聞きました」


「そうですか。知っていての提案だと思っていました。出陣前にみんなの士気を高めて、団結力を高めるために、声を合わせて詠唱するんです。こんなふうに敵を威嚇するために使ったのは初めてですが」


 八雲の民は男女に限らずみんなが知っているようだ。


 簡単な節回しと手拍子と掛け声の組み合わせなので、一度聞けば黒瀬や暁津島の者も声を合わせることができる。


 二巡目からは一段と声量が大きくなった。しかも、詠唱の間に挟む手拍子と掛け声によって熱はさらに上がる。


 あたりを異様なほどの熱気が包む。


 時間にしておよそ十分ほどだろうか。五巡、繰り返して詠唱は終わった。


 あまりの大音量に、終わって静寂が訪れた時は耳がおかしく感じたくらいだ。終わってもなお耳の奥にこだましている。


 これならきっと海際のムクリ達にも届いたはずだ。


「終わりましたね。それでは速やかに女達は向こうの城に帰しましょう」


 高延がまわりの兵達に指示を出す。


 女達二十人に対して松明を掲げた兵が一人ついて隊列を作らせ、順に帰らせる。女達の帰る列は山城の裏手になるので、ムクリからは見えない。残った兵達は篝火を消し明日に備えて就寝だ。



「あなたも向こうの城に下がってください。谷尾をつけますから」


 女達の列が半分ほどになった頃、高延が言った。


「ここは明日、決戦の場になります」


 高延はいつになく厳しい顔をする。しかし常磐は向こうの城に行く気はなかった。


「私はここにいます」


「だめだ」


 常磐が反論してくるのは折り込みずみといった感じで、高延は即座に否定してくる。


「常磐、ここはあなたのいるべき場所じゃない。向こうの城まで帰るんだ」


「帰りません」


 常磐も負けなかった。


「高延様、私に指図をするのはやめてください。私は暁津島王の権限を持っているのですよ」


 ずるい言い方だったが効果はあった。高延が困った顔をする。


「指図ではありません、これはお願いです。それに、そうするべき自明の理でもある。王は前線になど出てこないものですよ」


「それを言うなら高延様だって同じではないですか」


「私は違う。ここは八雲の城で八雲の領地だ。私にはここを守る義務がある。だけど常磐、あなたは違う。あなたが守るべきなのは暁津島の国土と暁津島の領民だ」


 高延のほうが一枚上手だ。王の権威など振りかざして、逆に墓穴を掘ってしまったかもしれない。


「でも暁津島の軍もきています」


「暁津島の軍の将は門脇殿だ。あなたが面倒をみる必要はない」


 常磐は答えにつまる。


「さあ、みんなと一緒に帰ってください」


 反論の余地がなくなってしまった。


 でもいやだった。


 またあの胸が潰れるような別れをしなければいけないのだろうか。明日一日、高延が生きているだろうかと、焦燥を抱えながら過ごさなくてはいけないのだろうか。


「行きません」


 五日前にここを去った時は言えなかった。でももう我慢したくない。


「私はここにいます。高延様のとなりに。どこにも行きません」


 あの時は暁津島に帰ることが高延を助けるために自分のできる唯一のことだと思ったから、ここを去った。今はもう、必要なものはすべてここにある。


「それでは王失格だ。あなたは暁津島王になるのでしょう?」


 常磐は首を振る。王失格でもいい。


 愛のため、と言った咲耶を思い出す。単純で無節操な独りよがりの愛、だけど、堂々と口に出せる咲耶が羨ましい。常磐もそのくらいわがままになりたい。


「そばにいなければ守れないと言ったのは、高延様です」


 西の海に向かう往路で、宿所に泊まった時の高延の言葉だ。


「今それを言いますか」


 高延が眉をしかめるが構わない。


「私を妻にするつもりなら、私を遠ざけるのではなく、そばで守ってください。私を離さないで」


 一歩間合いをつめて、高延の手をとった。


「…………」


 高延が言葉を失う。胸のうちで逡巡しているのがわかる。


「どうか、お願いです」


 だめ押しで手を強く握る。


 あー、と言った高延が空を仰いだ。


「あなたには勝てません」


 それから常磐を見る。


「明日の朝までですよ。おれ達は明日の朝、日の出とともに攻撃を開始します。もしもムクリも全面対決のつもりなら、すぐに退避してください。いいですか?」


 顔を覗き込まれる。


「わかりました」


「絶対ですよ」


 怖いくらいの厳しい顔で高延が念を押してくる。


「絶対です」


 高延がため息をつく。それから数歩離れたところに控えていた谷尾に声をかける。


「常磐姫は主郭の奥の間に泊める。門脇殿に伝えてくれ。谷尾もそのまま下がっていい」


 谷尾の不満げな返事が聞こえたが、高延は黙殺して常磐のところに戻ってくる。


「疲れました。もう休みましょう」



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