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兵装の姫君、救国の王妃になる  作者: 松花春芳
善の善なるもの
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善の善なるもの ①

「大層な軍勢ですな。これは頼もしい」


 黒瀬王は驚きの声を上げる。


 主郭の櫓から、常磐達の率いてきた暁津島の軍の全体を見ることができた。


「谷尾も、よくこれだけの人を集めてくれたな。すごいじゃないか」


 八雲の援軍も、国境にいた兵だけでなく途中から民兵達が加わったため、かなりの軍勢になった。


「暁津島のお陰です。暁津島からたくさんの民兵が参加してくれたので、八雲からも、おれも、という者が多くて」


 谷尾は生真面目に報告する。自分の手柄かのように話さないのがいかにも谷尾らしかった。


「これだけの人数なら、もう力で押し切られることはなさそうだ。あとはどうやってこちらの犠牲を減らせるか、だな」


 これまで圧倒的なムクリの軍勢を前に、八雲も黒瀬も正面衝突を避け、局地的な奇襲を仕掛けながら戦いを引き伸ばしてきた。


 だが援軍が来た今は違う。


 暁津島軍の奇襲攻撃はムクリの意表をつき、圧倒的な勝利となった。


 この五日間、数にものをいわせて強気だったムクリの軍が海際まで後退していた。こちらの戦力を計りかねて警戒しているのだ。


 見晴らしのいいこの山城から互いの戦力を比較してみると、数では五分五分といったところだった。地の利もあるため、正面から激突しても押し切れるくらいだ。


 しかしなるべくなら被害は最小限にして勝ちたい、と高延は言う。


 それは常磐も強く願うことだ。できることなら犠牲は出してほしくない。


 綺麗事に聞こえると思って口には出さなかったが、敵であるムクリに対してもそうだ。


 ムクリの兵の一人ひとりにだって家族はある。こんな異国の地で死にたいはずはないだろう。


 戦わずして勝つことこそが正義だ。生きて国に帰って、この地でひどい目に遭ったからもう二度とここには戻りたくないと思ってほしい。


「先日、彼らが私達にやった示威行為をやり返すのはどうですか」


 櫓から主郭の広間に場を移して、軍議が開かれていた。


 高延と黒瀬王を中心に、望月や門脇といった武官が並んでいる。みんなどう軍を展開していくか話していた。


 常磐はしばらくの間、黙って聞いていたが、思い切って言ってみた。


「私達のほうが高台にいるので、彼らからは私達の戦力がどれほどのものかわかりません。実は、手前の城まで女達も来ています。全員を呼んで、夜に明かりをともし、声で威嚇してみるのはどうですか? ムクリが五日前の夜、私達にやって見せたように」


「女達もきているのか?」


 高延が谷尾に確認する。


 谷尾はやや気まずそうに「来ています」と答える。


「女の私が軍にいるからか、付いてきてしまったのです。この山城に夫や恋人がいる女達です」


 常磐をここにこさせたがらなかった高延だ。領民の女達も引き連れてきたとなるとよく思わないかもしれない。


 このことで谷尾が叱責されるとかわいそうだと思い、常磐は言い添えた。


「彼女達にも参加してもらえれば、人数を水増しできます。夜のうちにまた向こうの城まで戻ってもらえば、危険はないかと」


「それなら我が国の者も参加できるでしょう。避難した者達がたくさんいる」


 黒瀬王も言った。


「みんなを呼べばかなりの人数になります。いつも自分達がやっているからこそ、自分が恫喝される側になった時に感じる恐怖があるのではないですか?」


 ムクリ達が五日前に奇襲をかけず自分達の人数を誇示してみせたのは、こちらの戦意を喪失させるだけの効果があると思ったからだろう。裏を返せば、そのやり方は彼らに響くのではないかと常磐は思う。


「ムクリ達があれほど後退した今なら、やってみても損はないですね」


 高延が同意した。


「それに常磐姫の話で、私も一つ思いつきました。常磐姫は谷尾と向こうの城まで行って、女達を連れてきてもらえますか。わざわざ危険を承知でここまでくるのですから、家族や恋人と会える時間を作ってやりましょう」


 そう高延が言うので、常磐は軍議を抜け、つなぎの城まで戻ることになった。


 今夜から明日にかけての作戦は残った高延達が練る。兵をどう動かすかの作戦について常磐に言えることはないので、そこは門脇に一任した。



 常磐は谷尾と黒瀬の武官とともに、女達を待たせているつなぎの城まで馬を駆けさせる。


 五日前の夜中、馬の目と月明かりだけを頼りに二時間近くかけて帰った道も、昼間の明るい空の下なら一時間かからない。


 つなぎの城に着いて、夜の威嚇作戦の話をすると、女達や黒瀬の領民だけでなくこの城の周辺の者達もこぞって山城に行くという話になった。


 明日が重要な決戦の日になるからと、食料も多めにもらってくるように高延から言われていた。


 それで食料や煮炊きの鍋や薪、松明を作るための物資も持てるだけ持って、再び西の城へと向かう。


 みんなは意気揚々としていて、まだ十分明るいうちに城まで戻ってくることができた。


 黒瀬の領民は途中の街道から、焼け焦げた自分達の村を遠目に見て落ち込む様子も見せた。


 だがこれからの頑張りでムクリ達を追い払えるかもしれないという希望があるからか、すぐ精力的に働きだす。


 海からは見えない裏手の東南の三の郭は広く、歩兵達の寝床である簡素な長屋が並んでいる。そこで松明の用意や煮炊きをする。


 日が傾き始める頃、殺伐としていたはずの山城の一角が、まるで里の夕べのような風景になった。


「これはなかなか壮観ですね」


 兵の第一陣を連れてきた高延が楽しそうな声を上げる。


「ここが戦場だと忘れそうだ」


「本当に」


 常磐もうなずいた。食べ物を煮炊きする匂いは穏やかな日常を思い起こさせる。


 高延は最初の兵達を連れてくるとまた戻っていき、それから入れ替わり立ち替わりに、兵達が食事をしにやってくる。


 なかには家族や恋人と再会できる人達もいて、あちこちで喜びの声が上がる。


 でもみんな控えめだ。みんながみんな家族や恋人と会えるわけでもないので、節度を保てと厳命されているらしい。


 それでもあたりにはあたたかな雰囲気が広がっていた。


「常磐姫は食事をしましたか?」


 しばらくして、高延が見慣れぬ男を二人連れて戻ってきた。


 もうあたりは薄暗くなり始めていた。


「いえ、まだです」


「では一緒にどうですか」


 高延は長屋の一角に座を作らせて、見慣れぬ男二人に席をすすめ、自分も座った。


「常磐姫もここに」


 招かれて高延のとなりに座る。まわりには数人の兵もいた。高延にしては珍しく、警護をつけているようだ。


 谷尾が給仕として食事を持ってきてくれる。


 粗末な椀と箸で食べる野菜のごった煮と塩むすびだが、一日動き回ったあとだと身に沁みるおいしさだ。


 高延が連れてきた二人は無言だが、あたたかな食事にうれしそうな顔をする。


「そのお二人は?」


「五日前に私達に降伏を促してきた、ムクリからの使いの者です。私達の言葉が話せます」


「ムクリの者なのですか?」


 確かに着ている服の様式が違う。


「彼らを引き止めたまま返事を保留にしていたら戦が始まったので、ここで拘束していました。今夜、解放しようと思いまして。長く拘束したお詫びに、せめて温かい食べ物を振る舞おうと連れてきたのです」


 ムクリを連れているから、警備のため兵をまわりにおいているらしい。


「食事は気に入ってくれたかな? 豪華なおもてなしとはいかないが、冷え切った料理よりいいでしょう」


 高延は気軽に使者二人に話しかける。


「今、この山城には君達の軍勢を上回る兵が集まっている。暁津島も参戦してくれたからね。だから君達はもう撤退したほうがいい。国に戻って家族にまた会いたいだろう。自分の陣に戻って、大将にこちらの様子を伝えるといいよ」


 高延はにこやかに恫喝する。


 ムクリがやった降伏勧告を高延もやり返しているのだ。しかも、こちらの優位を見せつけ、あたたかな料理で里心を起こさせながらとは、高延も人が悪い。


 食事が終わる頃にはあたりはもう夕闇だった。


 高延は使者を大手門から外に出す。常磐は離れたところから見送った。彼らは思惑どおりに向こうの大将に撤退を進言してくれるだろうか。


「さてと、では仕上げにかかりましょうか」


 高延は常磐を主郭へと促した。



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