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ままならぬ体 ③

 横手にある建物から出てきた高延は驚いた様子だ。


 高延の顔を見た途端、常磐は安心して力が抜けそうになる。


 やっとここまでたどり着いた。何度も思い描いた高延の無事な姿だ。走り寄って抱きつきたいのに、足が動かない。


 かわりに高延が大股に近づいてくる。


「一人なのか? どうして谷尾と一緒じゃないんだ」


 強い口調で言われて、常磐は立ちすくむ。


「こんなところまで来たらだめだ」


 高延は怒った様子だ。ここには戻ってくるなと言われたのに、常磐が来たからだろうか。


「この城が攻められているのが見えたから、もう、だめなのかと……」


 言葉にすると感情がこみ上げてきた。


「もう、高延様に会えないのかと」


 鼻の奥がつんとして、常磐は自分が泣きそうなのを感じた。


 泣いたらだめだ、と言いきかせる。


 泣いたりしたら、なおさらこの戦場には相応しくない弱い女だと思われる。高延を困らせてしまう。でも抑えられなかった。


「ごめんなさい」


 涙を見られたくなくて、常磐は顔を背けた。


「ああ、もう。あなたは……!」


 急に腕をつかまれた。


 言葉もなく引っ張られて、陣屋にしている簡素な建物に連れこまれる。なかには何人かがつめていたが、高延は「外してくれ」と指示する。


「高延様?」


 みんなが出ていったあと、薄暗い家屋のなかで抱きしめられた。


 高延は常磐の首すじに顔を埋めてくる。


「ここには来るなと言ったのに」


 やっぱり常磐がここに戻ってきたことを怒っているようだ。


「……ごめんなさい。でも、援軍を連れてくるのは私の務めだから」


 高延が小さく笑う気配。


「さすがは兵装の姫君だ」


 それから高延はしばらくの間、黙って常磐を抱きしめていた。常磐も抱きしめ返したいのに、武骨な防具に阻まれて高延に触れられない。


「いい匂いだ」


 やっと体を離した高延が、一つ結びの常磐の髪を引き寄せ、いつかのように口づけた。


 髪に香を焚きしめてよかったと思いながら、でも香の匂いなどもうとっくに消えてしまったのではと恥ずかしくなる。


「あなたを抱きしめるのに、防具が邪魔だ」


 髪に口づけたまま高延が言う。本当にそうだ。防具のせいで高延の体温が感じられない。


「なぜ一人なのですか? 谷尾は?」


「一緒だったのですが、煙が見えたらいてもたってもいられなくなって。黒瀬の村も焼けているし。それで私だけ先に」


「ここが攻められていると思って、一人で来たのですか?」


 高延が苦笑する。


「勇敢すぎるのも困りものだな」


「黒瀬は大丈夫なのですか? 占領されたのですか?」


 前に高延は海際でムクリを叩くべきで、上陸して拠点を作られるとまずいと話していた。すでに黒瀬は占領されたように見える。


「そうですね、さすがにあれだけの軍勢は防げませんでした。しかし、村は自分達で火をつけたんですよ」


「自分達で」


「ええ、逃げる時に。家屋を残しておいても、敵を利するだけですからね」


 高延はこれまでの五日間の経過を話してくれる。


「あなたが言ったとおり、彼らは降伏を促すため使者を送ってよこしましたよ。それで返事を保留にしてしばらくやり過ごしました」


 八雲の各地からくる援軍を待つため、降伏を考えている様子を見せながら、開戦を引き延ばしたのだそうだ。


「それで二日は稼げました」


 三日目になって、黒瀬も八雲も降伏する気はないと悟ったムクリが攻撃の準備を始めた。


「向こうはあれだけの大軍です。まともに戦っては到底勝てませんから、三日目は先にこちらから遊撃戦を仕掛けて、少しずつ退却しながら敵を削っていったんです」


 集落で待ち伏せをして奇襲攻撃、向こうが態勢を立て直し始めたら家屋に火をつけ撤退。それを繰り返しながらこの山城のふもとまで誘導して、今度は上からたたく。


 常磐には劣勢に見えたこの戦いも、今はまだ、そこまで危機的な状況ではないのだという。


「上手くいっていますよ、ここまでは」


 しかし、ここから先はもう手詰まりで、これから籠城戦に入るところだそうだ。


 その時、外で怒号が起こった。


「行きましょう」


 高延は素早く外に出ると、望月のところまで行った。


「どうしたんだ?」


 望月は高延と一緒に来た常磐を見て「常磐様」と驚きつつ、納得した顔をする。


「暁津島の援軍が」


 物見台から郭の下を覗き込むと、この郭を攻めているムクリの軍勢に対して横から暁津島の国軍が突撃していくところだった。


 突如として現れた援軍に動揺したムクリ達は、見る間に陣形が崩れていく。


「すごい」


 常磐は思わず感嘆の声を漏らした。先頭には門脇の姿がある。軍の将なのに前線に出ている。


「門脇殿はすごいな。しかし、あまり深追いするなと伝えてきてくれ」


 望月はすぐにうなずくと兵士数人と郭を出て行った。郭を囲む門に隠し扉があって、そこから出て行った望月が暁津島の軍勢を追っていく。


「深追いするのは危険だ。いくらか削ったといっても、相手はまだまだ大軍勢だ。それにしても」


 高延が常磐を振り返る。


「この短い間に暁津島の国軍を連れてきてくれたのですか」


「そうですが、国軍を動員できたのは偶然というか。でも父から王の権限を委譲していただきましたので、私の指示で軍を動かせます」


 常磐の報告に高延は「それはすごい」と声をあげる。


「助力を期待しないと言いましたが、前言を撤回しないといけないみたいだ」


「高延様、私達の軍も忘れないでください。国境の兵士達を連れてきましたよ」


 そこに不機嫌そうな谷尾の声が割って入ってきた。


「常磐様、お願いですから単独行動はやめてください」


 谷尾は高延の前でさえ、常磐に遠慮がない。


「何度も大丈夫だとお伝えしたのに。率いている軍を放りだして先に行くとは」


 と手厳しい。


「ごめんなさい」


 弁解の余地はないので、常磐は素直に謝った。


 常磐と谷尾のやりとりを高延は苦笑して見ている。


「まあ、とにかく、援軍を連れてきてくれてありがとう、常磐姫、谷尾。これで、なんとかなるかもしれない」


 高延が明るく言った。


「黒瀬王と門脇殿も交えて、軍議を開こう」



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