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ままならぬ体 ②

 常磐と谷尾、二人だけの移動は素早く、暁津島を出発したその日の夕方には門脇達に追いつくことができた。


 それから常磐は国軍とともに西の海を目指した。もちろん八雲の山城からの兵達も一緒だ。


 戦のための重い装備を身に着けての行軍はきつい。しかもすでに始まっている戦に間に合うよう、睡眠や休憩も最低限の強行軍だ。


 普通なら段々と士気が下がってくるものだが、常磐が励ますまでもなく士気は高いままだった。暁津島の国軍はゆく道の先々で八雲の領民からあたたかい歓迎を受けたからだ。


 里を通るたびに料理を振る舞われる。夜は民家の軒先を貸してくれる。全員が屋根の下で眠れたわけではないが、一日でもゆっくり眠ることができれば疲れ方が違った。


 行軍をするうちに人数も膨れ上がってきた。


 暁津島が国軍だけでなく民兵も動員しているからか、通る村々で自分達も行こうと人が増える。しかもそれが男達だけではなかった。


 女である常磐が軍を率いていると知ると、西の海にいる夫や恋人に会いたいと女達がついてきたがる。危ないからだめだと止めても、常磐がいるので説得力がない。


「手前の城までなら大丈夫でしょう」


 そう谷尾も言うので、結局女達もついてくることになった。


 女達は身軽なので機動力が落ちることもなく、また人が増えると活気が出るもので士気を下げることなく、谷尾達から五日はかかるといわれた行程を四日で行軍した。


 西の海を望む山城まであと少しだった。


「これは驚異的な速さですよ」


 門脇は言う。


 だが行軍を始めたこの四日の間で、常磐の焦燥は募っていた。


 すぐにでも援軍を連れて戻りたいと一日で駆け戻った道も、軍を引き連れてとなると時間がかかる。これでも十分に早いのだと言われても、軍の行軍というものを知らない常磐にはもどかしく感じられた。


 暁津島を出たばかりの頃は、きっと間に合う、きっと助けられると信じることができたのに、一日、一日と行軍が続くうちに、常磐の心に焦りが生まれる。


 行軍の士気が下がらないことはいいが、ともすると楽観的な空気が漂うことも常磐の不安を煽った。


 特に夜、行軍をやめてみんなが眠りにつく時、常磐の心は軋む。夜だって進んでいける、みんな起きて、西の海に急いで、と叫びだしたくなるのだ。


 もちろん頭ではわかっている。


 軽装備の常磐と違って、兵達はみな重装備だ。武器だって軽くはない。陽のある間、歩き続けるだけでも相当の疲労だ。夜は最低限の休みをとらないと、いざ西の海にたどり着いても戦いどころではなくなってしまう。


 そんなことはわかっていても、はやる気持ちは抑えられない。


 今にも黒瀬を飲み込み八雲へと襲いかかりそうだったムクリの大軍を見てから、もう五日、高延達は無事でいるのか、考えると胸が苦しい。


 西の海手前のつなぎの城までくると、そこには黒瀬の領民が避難してきていた。西の山城は危ないからと、ここまで退避してきたのだという。西の海がどうなっているのか、わかる者はいなかった。


 それで軍についてきた女達はひとまずこの城で待ってもらう。ここから先は危険すぎる。


「そんな顔をしないでください。不安が兵達に伝わってしまいます」


 谷尾に注意される。常磐としては不安を顔に出しているつもりはなかった。でも表情からも態度からもにじみ出ているというのだ。


「大丈夫です、ここに避難民がいるのは、まだ西の城が落とされていない証拠です。高延王はご無事ですよ」


 そう谷尾に励まされるが、常磐には気休めにしか聞こえない。


 ここまできたら山城まであと一駆けだ。一人で走り出したい。でも軍を率いる身としてなんとかそれをこらえる。


 常磐には亀の歩みのように感じる行軍だが、それでも西の海が近づくにつれ兵達の足は少しずつ速度が上がってくる。


 山城にいたる最後の峠を抜けて、視界が開けていく。街道のその先に西の山城と黒瀬が、そして西の海が見えてくる。


 やっとここまで来たという感動よりも先に、常磐の目に入ってきたのは立ち上る煙だった。


 黒瀬の領地のあちこちが燃えている。西の海の海岸沿いにはすでに焼け落ちたあとの黒焦げた村々が見える。


 黒瀬の土地に翻るのはムクリの軍旗。血の気が引いてくる。


「常磐様!」


 後ろから声がする。


「お待ちください、常磐様! 一人は危険です」


 いつの間にか常磐は馬を駆って走り出していた。ほとんど無意識だった。


 どれだけ静止されても無理だ。もう止まれない。


 城に近づくにつれてさらに全容がはっきりしてくる。


 黒瀬の土地を埋め尽くしているのはムクリの軍勢、そして山城の手前にも敵の手勢が迫っているのが見える。今まさに山城が攻撃されている。


 止まろうとは思わなかった。


 城の裏手に敵の姿はない。入口まで行くと、門の上から監視の者が覗いてくる。


「開門! 暁津島の援軍です」


 精一杯声を張った。


 見張りの兵士は驚いた様子だが、その見張り台からすでに暁津島軍の先頭が見えているはずだ。門はすぐに開いた。


 常磐はなかに入るとそこで馬を降りた。


「馬をお願いします」


 無理やり預けて、攻撃を受けている城の前面部へと急ぐ。高延ならきっとそこにいるはずだと思った。


 最前線の郭までたどり着く。


 門を入っていくと戦闘の様子が見える。ムクリからの攻撃を受けて、あたりには兵達の怒号が響いている。


 しかし、防戦一方ではないようだ。


 下からくるムクリの兵を、高低差を生かして上から攻撃して侵入を阻む。先攻と後攻と補助、三人が一体となって間断なく攻撃を加えて敵に付け入る隙を与えない。


 指示をしているのは望月だった。


 望月がいるということは、高延も近くにいるはずだとあたりを見回した時だ。


「常磐!」


 呼びかけられて振り返ると、そこに高延がいた。



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