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愛のため ③

 常磐が建物を出ると、外に待機していた八雲の兵達が振り返る。


「常磐様を止めてくれ」


 谷尾の声が追いかけてくるが、兵士達はつかの間ためらう。暁津島の王女にむやみと触れていいものかと思うのだろう。


 その隙に常磐は走って出郭を出る。どうしてか、さっきまで限界だと思っていたのに、今は力が湧き出てくる。


 出郭の入り口につないでいた馬に乗り込もうとしていたら、谷尾に追いつかれた。


「どこにそんな力が残っているんですか。勘弁してください」


 谷尾は肩で息をつく。


「止めても無駄です。私は行きます」


「少しの間、門脇殿を待つくらい、いいではないですか」


「これは私のするべきことです。ここに誰がいて誰がいなくても、関係ありません」


 援軍を西の海に送りたいなら、常磐自身が覚悟を示すべきだと思った。


 三日前に集まってくれた兵士達の前で、常磐はムクリの脅威を確かめてくると言った。脅威が確認できたなら一緒に戦ってほしいと言った。そして兵士達の多くは待っていてくれた。


 むしろ、門脇がいないほうがいい。門脇がとなりにいれば武官としてのその力量を頼ってしまう。


 門脇に頼ることなく、自分自身でこの事態に向き合わなければ、とても援軍を八雲に送ることはできないだろう。


「それでも、常磐様を一人にはさせられません」


「なら国境まで、送ってください」


 谷尾が引かないので常磐は言った。先に馬に乗ると山道を下る。


「開門してくれ」


 大手門まで来ると谷尾が後ろから声をかけて、常磐の目の前で門が開く。


 後ろを振り返ると谷尾は出郭にいた兵達を引き連れている。護衛のつもりだろうか。ありがたいとは思うがどのみち橋の手前までだ。


 馬を駆けさせるとすぐに川まで着いた。近くで見るとやはり手前は先日集まってくれた民兵達のようで、その奥に国軍がいる。


 常磐は馬から降りる。


「門を開けてください」


 声をかけると、門番は常磐と後ろの谷尾を見て、戸惑う顔をする。


「開けてくれ」


 谷尾の言葉に門番は常磐が一人通れるくらいに戸を開けた。


「全部、開けてくれ」


 門番はぎょっとしたように「いいのですか?」と聞く。それはそうだ。川向うには暁津島の大軍。それなのに門を全開にしろと言うのだから。


「常磐様、あなたを信じます。どうか彼らを静めてください。私はここにいます」


 振り返ると、谷尾が常磐を見てくる。


「ありがとう」


 常磐は歩き出した。


 三日前にこの橋を歩いた時、常磐は心臓が早鐘を打った。今だって怖い。だけど向こうにいる兵達は自分の味方だと信じられる。


 橋の真ん中に差し掛かる頃、暁津島でも常磐に気付いた。どよめきが起こって、門が開いた。


 常磐は止まらずに歩いていく。三日前、集まってくれた民兵達を前に話をした。あの時は暁津島のなかには戻らなかったが、今日は止まらなかった。


 みんなの顔がはっきり見えるところまで来ると、あちこちで常磐の名が呼ばれる。


 暁津島の門を一歩入ると、常磐は立ち止まりみんなに手を上げて応えた。


「今ここでなにが起こっているのですか?」


 質問すると常磐と目が合った一人の兵士が答えてくれる。


「都から来た軍が、八雲を攻撃するというので、みんなで足止めをしていました」


 やはりみんなで攻撃を止めてくれていたのだ。


「みなさん、ありがとう。国軍の指揮官と話したいので、道を開けてください」


 常磐が頼むと人垣が割れる。騎馬隊へと続く道ができる。しかし騎馬隊の先頭は指揮官ではない、将はもっと奥にいる。


 さらに進んでいくと、向こうからも道が割れてきた。騎馬隊の奥から出てきた人物に常磐は驚く。


「伯父上」


 それは王妃の兄、芳原公だった。妹が王妃になったことを最大限に利用している一人だ。そんな人がわざわざこんな国境まで出てきたとは驚きだ。


「常磐姫、ご無事でなによりだ。心配しましたよ」


 口ではそんなふうに言うが、親身さは欠片もない。


「門脇殿はどうしたのですか?」


「あとから来ます」


 そうですか、と言いつつ、芳原の部下が二人、常磐の横に回ったのがわかった。


「それに、その格好は? 八雲の王の服ではないですか」


 芳原は侮蔑混じりの視線をよこす。


「これですか。これは八雲との和平の証です。伯父上は国軍を引き連れて、私を助けに来てくださったのですか」


「そうですとも。ご無事でよかった。国王陛下もご心配なさっています。どうぞ、こちらへ」


 芳原が常磐の手をとってこようとするので、それを遮った。


「私はまた西の海に帰ります。ムクリの脅威をこの目で見てきました」


「常磐姫、そのような話は館のなかでいたしましょう」


 いいえ、と常磐は声を張った。人の目のないところへ芳原と行ってしまったら、門脇が危惧したように、どんな目に遭わされるかわからない。


「ここに集まったみなさんにも聞いてもらいたい。私は西の海を見てきました。おびただしいほどの船でムクリは西の海を渡ってきていました。今は黒瀬と八雲が戦っています。しかし厳しい情勢です。この暁津島からも早く援軍を出したいのです」


 それから芳原を見つめた。


「伯父上、都から国軍を連れてきてくださったのなら、このまま西の海へと援軍に向かってください」


 芳原の目の奥に、怒りが燃え上がるのが見えた。


 この小娘が、わしに命令だと?と、その顔に書いてある。


 しかし常磐は怯まない。


 怒りに燃えた芳原より、最初に高延と対峙した時のほうがよっぽど怖かった。


 あの時は高延の胸の内も知らず、常磐はたった一人だった。でも今はここにいる兵達は常磐の味方だと信じられる。常磐は一人ではない。


「私は国王陛下から常磐姫を助け出すようにと言われ、軍をここまで率いてきました。しかし常磐姫が無事なら、このまま引き返すだけです」


「西の海がムクリの脅威にさらされ、黒瀬と八雲が戦っているというのに、ですか?」


 常磐はみんなにも聞こえるようにさらに声を張った。


「今、西の海では黒瀬と八雲がムクリと戦い、侵入を防いでいます。それは他国の戦ではありません。彼らが敗れればそれは私達の危機につながります。手遅れになる前に、暁津島は今すぐ援軍を送るべきです」


「……ずいぶんと八雲の肩を持たれる。その格好といい、まるで向こうの人間のようではありませんか」


「これは高延王との信頼の証ですが、私はこの国の王女であることを片時も忘れたことはありません。この国の国益を一番に考えています」


 あなた方と違って、と言い添えたいのをこらえる。無駄に挑発するべきではない。


「お言葉ですが常磐姫、いかにあなたが第一王女であっても、王の許可なく国軍を動かすことは許されません。私とて同じこと。私はこの地で常磐姫をお救いするために軍を動かす許可を頂いたのです。西の海まで行く裁量はありません」


 言葉遣いは丁寧だが、常磐の意に添うことはない、という強固な意志を感じた。そして芳原はこれ以上常磐と議論する気はないようだ。


「戻るぞ」


 後ろにいた国軍の兵達にここを退くよう指示を出した。


「伯父上、お待ちください」


 これではだめだ。


 一番の目的は暁津島と八雲を衝突させないことだが、その次に大事なのはこの国軍に西の海へ向かってもらうことで、このまま帰すわけにはいかなかった。


「みなさん、お願い。道をふさいで」


 常磐は歩兵達に頼んだ。そして国軍の面々に呼びかけた。


「国軍のみなさん、西の海に来ているムクリは、西の大陸の大半を支配して、今は大軍勢でこの国にも迫ろうとしています。戦うなら黒瀬と八雲がいる今しかありません。王都に戻ってはいけません。このまま西の海へと向かってください」


「常磐姫の言うことを聞くな。王の命なくして国軍が動くことは許されない。軍律違反だ!」


 芳原が常磐に負けない大音声で恫喝した。さすがの迫力にみんなの動きが止まる。


「常磐姫を拘束しろ。八雲と通じている」



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