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愛のため ②

「きっとなにか行き違いがあるはずです。大丈夫」


 常磐はなんとか明るい声を出した。


 西の海に向かうための軍を動員しようと必死の思いでここまで戻ってきたのに、あろうことか暁津島と八雲が睨み合っているなど、そんな馬鹿馬鹿しいことはない。


「門脇殿、早く暁津島に行きましょう」


 しかし門脇も暗い顔だ。


「……どうしてそんな顔を?」


「軍を差し向けたのは王ではありません。常磐様が八雲側にいるのにそんな危ういことを王がなさるはずはない」


「なら、誰が国軍を動かせるというのですか」


 門脇はためらいながら言った。


「常磐様、王妃様の一族は、芳原は本気で反逆を企てているのかもしれません」


「そんな、まさか」


 いくらなんでもそんなことはないと思うが、門脇は首を振る。


「そもそも咲耶様が常磐様を身代わりにしたこと自体、おかしいと思いませんか。常磐様を呼び出す文を王妃様が書いたことを考えると、一枚噛んでいると考えるのが普通です。しかし、そんなことをすれば反逆罪に問われても仕方がない。それは王妃様もわかっているはずです。覚悟がなければできない」


「でも咲耶が逃げるのに成功したのは、高延王がわざと見逃したからですよ。そんなことまで計算できるとは思えないのですが」


「いえ、高延王が常磐様に気づけば手放さないだろうと、目算はあったはずです。高延王は最初から常磐様を望んでいた。そのことは王妃様も芳原も知っています」


 門脇の話に谷尾も加わってきた。


「高延王が妹姫の思惑を汲み取って乗ったように、むこうも私達の思惑を読んでいたということですね」


 それは十分に考えられると谷尾も言う。


「妹姫が婚礼の期日を過ぎてもこない時点で、私達にもなにかおかしいという認識はありました。高延様は私に暁津島の動向をよく見張るようにと言っていました。私は、目がいいので。常磐様が川向こうの居館にやって来たことも、花嫁に付き添っていることも上から見えていました。ことを起こすことを私達にわかりやすく見せていたのですね」


「芳原としては、常磐様が八雲で人質同然の妻におさまれば、和平も果たせる、常磐様を公の存在から消すこともできる。いいことずくめだ。しかし高延王はすぐに常磐様を帰してくださった。芳原の思惑は崩れたわけです。しかもあの日、領民からの支持が常磐様にあるとはっきりしました。少なくとも王都から西側に住む者は常磐様を支持している」


「常磐様の演説が、向こうの陣営の危機感を煽ったのですね」


「ええ、おそらく。私はあの日のことを王に報告するのはゆっくりでいいと部下にいいました。私の報告より先に、芳原に知らせが届いたのでしょう」


 私の失敗です、と門脇が呟く。


「常磐様が王都に戻れば妹姫のしたことが追求され、王妃も連座して反逆罪に問われかねない。という状況ですね。そんななかで軍を動員してきたとなると」


「あの軍が味方だと盲信するのは危険です、常磐様」


 門脇の言葉は厳しい。


「お二人の言っていることは、よくわかりました。それでも、行きましょう」


「常磐様……」


 驚いた門脇の顔、でも常磐の気持ちに迷いはなかった。


 最悪なこと、それはこの地で暁津島と八雲が戦い始めることだ。


 そんなことになれば常磐は暁津島の軍をムクリに向けて動員することができないだけでなく、八雲の兵もここに足止めされてしまう。高延の力になるどころか、足を引っ張ることになる。


 考えたくないことだが西の海の攻防で黒瀬と八雲が負ければ、ムクリがここまでやってくるのは時間の問題だ。この期に及んで八雲と争おうとしている暁津島など簡単に踏み潰されるだろう。


「あの軍は母上や芳原公の思惑で動いているのかもしれない。それでも、あれは暁津島の国軍で、私達の仲間です」


 門脇はしばらく黙り込み、やがてうなずいた。


「おっしゃるとおりです」


「では、行きましょう」


「待ってください、この格好ではだめです。急いで城まで戻って着替えましょう」


 確かに八雲の服を着たこの格好では、八雲に従属したと思われかねない。しかし、常磐は断った。


「私はこのままでいいです。八雲と和平を成す。その上で、同盟を結びたいのです。これはその証です」


 門脇は不服そうな顔をしたものの、常磐の服については反論しなかった。


「わかりました。だが私は無理です。着替えてきますので、しばしお待ちいただけますか?」


 常磐が着る王の服は百歩譲っても、門脇は自分が八雲の服を着るのは受け入れられないようだ。武官の門脇からしたらそうかもしれない。常磐も門脇にまで強制するつもりはない。


「わかりました。門脇殿の思うように」


「すぐ戻りますから、けして一人では行かないでください。いいですね?」


「大丈夫ですよ。私も、さすがに一人であそこに行く勇気はありません」


 常磐が苦笑すると、門脇は「常磐様は時々突飛なことをなさるから」と呟いた。


「谷尾殿、常磐様をお願いします」


「わかりました。誰か一人、門脇殿を上まで案内してくれ」


 谷尾は近くにいた兵に声をかけた。兵を一人伴って門脇は山城へと向かっていった。


「お前達、悪いがしばらく外に出ていてくれ」


 谷尾は見張り小屋から兵を出した。


「門脇殿が戻るまで、少し休みましょう」


 そう言って谷尾は壁にもたれて座ると頭を下げた。


 確かに体力の限界だった。国境に戻るまではと張っていた緊張が切れて、疲労がどっと押し寄せてくる。


 常磐もその場に座り込んだ。体を横たえたい誘惑に辛うじて耐える。横になったら今日はもう立ち上がれないだろう。


 抱え込んだ膝に額をつけた。わずかでも眠りたかったが、目を閉じると外のざわめきがよりはっきり聞こえる。


 聞くともなしにざわめきを聞いていると、急にどよめきが大きくなった。谷尾がいち早く気づいて、外の兵士に「どうした?」と声をかけた。


「暁津島に、動きが」


 常磐は立ち上がって見張り台から覗いた。川の最前列には多くの歩兵達、奥に国軍の旗と騎馬隊が見える。


「……なにか、変です」


 遠目ではっきりとは見えないが、暁津島の兵士達が二つに割れて、押し合っている。


 国軍と、民兵達が争っている。ここを攻めようとしている国軍を、民兵達が押しとどめてくれている?


 気づいた瞬間に行かなくては、と思った。建物を出ようとすると谷尾に手をつかまれた。


「待ってください。どこに行くんですか?」


「暁津島に行きます。行かないと」


「馬鹿な。常磐様一人であのなかに入っていく気ですか? 危険すぎる。私は、橋は渡れない。門脇殿を待ってください」


「大丈夫です、みんな私を待っていてくれたんです。すぐに行きます」


 迷いも不安もなかった。


 常磐はつかんでくる谷尾の腕を振り払って建物を出た。



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