すでに始まっている ②
夕方には前線にいる高延の腹心の武官が戻ってくるというので、改めて話を聞くことになった。
「昨日も今日もずっと馬に乗っていて疲れたでしょう。なにもない山城ですが、休んでください」
そう言って高延は部屋へと案内してくれた。主郭の奥にある館だった。
「ここは防衛のための城なのであまり居心地はよくありませんが、一晩、我慢してください」
通された部屋は寝台があるだけの簡素な部屋だった。
だが一人でゆっくり眠れるだけでもありがたい。兵達は狭い部屋で雑魚寝しているのだから、贅沢は言えない。
「戦況について黙っていたこと、怒っていませんか?」
二人だけになって高延が聞いてきた。
「怒りませんよ。そんな資格もない」
同盟を組むと約束もしていないのに、手の内をすべて明かすわけはない。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「なんでしょう?」
「どうして先王が即位する時には、異を唱えなかったのですか?」
それは式部に「高延こそが正統な王の血筋だ」と聞いた時から聞きたかったことだ。だけど高延は聞かれたくない質問かもしれないと思って、聞かずにいた。
でも今はどうしても知りたい。
常磐にも王位継承の正統性がある。これまではそれを主張して弟と争いたくないと思っていたが、王が判断するべき八雲との同盟について、すでに自分から一歩踏み込んでいる。
この先、暁津島の臣下達に自分の主張を聞いてもらうためには、自分で王の責任を果たすくらいの覚悟を持つべきなのかもしれない。血筋の正統性を主張するかどうかは別にしても。
だから高延が一年前、先王の即位の時になにを思っていたのか、知りたかった。
やはり答えを返しづらい質問だったのか、高延はしばらく考えていた。
「国を二分する争いになると思ったからですか?」
答えが待ちきれずに、常磐は先日、考えたことを口にしてみた。だが高延は静かに首を振る。
「父の死後、叔父上にはよくしていただいたので、遺志を尊重したい気持ちはありました。王への野望が見え隠れする従兄と争いたくなかった気持ちもあります」
やっぱりと思ったが、高延は「でも」と続けた。
「でもそれは、ただのいいわけです。本当は、自分に王の器があると信じていなかったからです」
「まさか。高延様が?」
高延は自嘲気味に笑う。
「本当です。おれは叔父上と従兄殿に自分で王位を譲ってしまった。二人の意志は明確だった。それに比べるとおれの王位への気持ちは弱かった。王になる自信がなかったからです」
「そんなふうに見えません」
常磐からは高延がいつも自信に溢れているように見える。
「あなたには、おれが、自信たっぷりなように見えますか?」
「ええ。そう見えます」
「ならよかった。王になってからは、迷いを見せないようにいつも心がけているんです。自信のない王についてくる者はいない」
そこで一度言葉を切った高延は、改まった調子で話し始めた。
「この際だから、もう一つ謝ります。……王としての公式な謝罪ではありませんが」
一昨日の夜の常磐と同じ前置きをする。
「なんの謝罪ですか」
「暁津島との戦のことです。おれはもっと早く先王を諌めるべきだった。国境を割って攻め込む前に。そもそも最初の略奪のあと、領民を諌めて救済するべきだったし、あんなふうに争いを長引かせるべきでもなかった。ムクリのことがなければ、今もおれは決断をしないままだったかもしれない。それを思うとぞっとします」
常磐はなんと言っていいのか、言葉に迷う。
「おれが王になることを臣下は支持してくれましたが、それも半分は、暁津島のお陰です」
「私達が? どうして」
「八雲は昔、暁津島王に臣従を誓う一豪族だった。その後、独立を果たしましたが、今でも八雲のなかには暁津島に畏敬の念を抱く者は多い」
そう話した後、高延はすぐに、
「でも誤解しないでください」
と強く言った。
「私達には暁津島から自分達の力で独立したという自負があります。再び暁津島の支配を受けたいわけじゃない。だけど同時に、私達のなかには暁津島王への畏敬の念も残っているのです。だから長い間私達はあなた方と争ったとしても、侵略して従属させようとは思わなかった。それを破ったのが我が従兄殿というわけです」
話を聞きながら、常磐はこれまでの色々なことが腑に落ちた気がして軽い衝撃を受けていた。
この半年の戦いを見て思ったこと、それは圧倒的に八雲が強いということだ。
だから不思議だった。これまで何十年と小さな小競り合いをしながらも、八雲は侵略のそぶりを見せずにきた。それは八雲に暁津島への敬意があったからなのだ。
「おれが王になると言った時にみんなは支持してくれましたが、おれが支持される以上に従兄殿の評判が悪かった。その理由は色々あるでしょうが、暁津島への対し方が原因の一つです」
そこで高延は常磐を見た。
「最初の日におれがあなたにしたことを臣下達が知れば、おれも反感を買いかねない」
「そのことはもういいです」
常磐は気恥ずかしくなってうつむいた。あの夜のことはもう怒っていない。
だけど「許す」とまでは言えなかった。許すと言えば、後戻りできないところまでいってしまう。
「おれはあなたの夫になったとしても、あなたを従属させたいとは思わない。あなたが父君を支えたいというなら応援する、それだけです」
うつむいた常磐の視界に、高延の手が見えた。
常磐は顔を上げて高延と差し出された手を見た。
「…………」
なにも考えずにこの手をとれたらいいのに、と常磐は思う。
国だとか王女の役割だとか、そんなことを考えずにこの手に触れたい。手を伸ばそうとした時だ。
「失礼します、高延様」
割って入ってくる谷尾の声。
「望月殿が戻ってきました」
黒瀬に出向いていた武官が早くも戻ってきたらしい。
「わかった。広間で話を聞こう。先に門脇殿を案内してくれ」
谷尾に指示を出しながら、高延は苦笑を浮かべる。
「残念。邪魔が入った」
冗談めかして言ってから、
「行きましょう」
高延は強引に常磐の手をとってきた。
「高延様」
咎めてもどこ吹く風だ。
「そこまで、ですよ」
高延の振る舞いを諫めたものの、でももう、常磐からこの手を振り払うことはできなかった。




