すでに始まっている ①
宿所での夜のせいで、この旅の間、平静にしていられるか心配になった。
だけど翌日からの高延は宣言どおり適度な距離を保つ。常磐も次第に冷静になった。
それに、二日目の工程はなかなかきついもので、浮ついた気持ちを冷やした。
二日目は一日中、馬に揺られて山道を進んだ。馬が歩いてくれるとはいえ、朝から晩まで馬に揺られるのはきついものだ。
道沿いにはつなぎの城が点々とあって、夜はそのなかの一つに泊まることになった。
このつなぎの城は連絡のためのものだ。山の上に櫓と簡素な平屋があるが、当然きれいな宿所とはいえず、屋根があるだけありがたいというものだ。
高延をはじめ男達は気を遣って、狭い平屋の一角を空けてくれるものの、硬い床の上で常磐はろくに眠れなかった。
三日目も同じく山道を進む。
夜にあまり休めず、常磐は疲労が溜まりつつあった。
ありがたかったのは、この日、昼の食事を屋敷のなかでゆっくりとることができたことだ。
国境の少し手前に、これまでよりも規模の大きなつなぎの城があり、その城を任されている武官の屋敷で昼食を出してくれたのだ。
黒瀬と交易することで栄えている里だそうで、宿場町のような雰囲気だった。
ここから国境まではあと一息と聞き、温かな昼食のお陰もあって常磐の気力も戻る。
そして一時間後、
「あの山を越えた先が黒瀬との国境です」
高延が山と山の谷間を指し示した。あの向こう側の山の中腹に、国境を見張る城が築いてあるのだという。
「こんなに明るいうちに着けるとは思わなかった。さすがは兵装の姫君だ」
褒め言葉なのかなんなのか。谷尾もうなずく。
「思いの外、早かったですね」
「道がいいからですよ」
黒瀬へと続く街道は延々と山のなかを抜けていく道で、途中にある里は小さな集落が多いのに、道はきれいに整備されていた。
後方の門脇もうなずいている。
「街道をよく整備しておられる。お陰で疲れが少なくてすみます」
「我が国と黒瀬とは交易が盛んですから、物資の輸送のために道をきれいにすることは重要です。ところで、西の国境に着く前に話しておきたいのです」
もう目的地を目の前にして、高延はゆっくりと馬を歩かせている。
「実は一つ、常磐姫に言わずにいたことがあります。向こうの城に着けばわかることなのですが、黙っていたことを許してほしい」
もって回った言い方に不安になる。
「黙っていたって、なにをですか?」
「行けばわかりますから」
高延は教えてくれない。
「門脇殿はもうお気づきかも?」
常磐は後ろを振り返るが、門脇はなにも言わずうなずいてくるだけ。なんの話かわからないのは常磐だけのようだ。
しかし目指す山はもう目の前だ。
木々が鬱蒼とした山のなかの細い道をしばらく行くと、やがて道は急な下り坂になっていく。
視界が開けてきて、街道の先に峰を整備した山城が見えてきた。山城を越えると黒瀬の領地、さらに向こうには午後の光がきらめく西の海がある。
遠くてはっきりは見えないが、海の上には船団らしき影が見える。
「あれがムクリの船ですか?」
「ええ。今のところ上陸は阻んでいます」
陸地には黒瀬の軍だろうか、陣を張っているのも見える。
そして常磐は、高延が言ったことを理解した。高延が黙っていたこと、それは。
「もうすでに八雲は参戦しているのですね」
黒瀬の旗印とともに、八雲の旗も見える。
そうか、そういうことだったのかと、やっと高延のおこした行動の一端が理解できた。
すでに八雲が参戦していることは、考えてみれば当然のことだったのかもしれない。
大船団を作って春風に乗ってやってきた大陸からの侵略者、その彼らを、国の規模の小さな黒瀬だけで食い止められるわけがない。
おそらく一月前、高延が王となって暁津島に停戦と和平を呼びかけた時、すでに八雲は黒瀬とともにムクリと戦っていたのだろう。
なぜこの重大な事実を早く教えてくれないのかと思う反面、高延からムクリのことを聞いた時に気がついてもよかったことだ、とも思う。
それにすでに参戦している事実を言わなかった理由は明白だ。暁津島がそれを伝えるに足る、信頼できる相手ではなかったから。
しかし高延はもうなにも隠す気はないようだ。
「高延様、ことの経緯を最初から教えてください」
常磐は高延を見つめた。
「ええ、もちろんです。城に着いたら、最初から説明します」
*
「ことの起こりは一月前、西の海にムクリの大船団が現れたことです」
西の山城に着いてから高延は話し始めた。
「その頃、私はちょうどここにいました。この山城です」
高延は従兄である先王の不興を買って、この西の山城につめるよう指示されていたのだという。
不興を買った理由は、高延が暁津島との戦いについて諫めたからだ。
年が明けて、農民達には耕作の準備を始める季節がきていた。
高延は先王に、いつまでも争いを長引かせるのではなく、もう停戦を呼びかけるべきだと進言した。
しかしそれが先王の不興を買ってしまった。
高延は西の海の警備を言いつけられ、王都からも暁津島からも離された。そして先王は意固地になったように暁津島への戦を本格化させた。
「もともと先王は高延王に劣等感をお持ちだった。だからなにかしら戦果をあげたかったのでしょう」
谷尾が横から口をはさんだ。先王のことを話す時の谷尾は憎々しげだ。
「やめろ、谷尾」
高延が抑える。
「劣等感はともかく、成果を急いだ面はあるかもしれませんね。しかしこちらに来たお陰で王都からここまでの道を補修することができましたし、ムクリの襲来をこの目で見ることができた」
ムクリの大船団を見た高延はすぐに周辺から兵を集い、王都にいる先王にも報告をした。案の定、黒瀬からの支援の要請はその日のうちにきた。
王からの返事を待って八雲の軍を動員するつもりだった。しかし先王から来た返事は「様子を見ろ」だった。
すぐさま高延はもう一度書状を書いたが、結局、待ちきれずに独断で軍を動かした。
「悠長に王の決断を待てるわけがありません。戦力差は明らかだ。様子を見ていれば二、三日で黒瀬は占領されてしまいます。そうすれば勢いのついたムクリは次にこちらへ攻めあがってくるでしょう。そんなことをここから手をこまねいて見ているわけにはいかない」
高延は現場を腹心の部下に任せて、谷尾を連れて王都に戻った。そして先王に直談判した。
暁津島とは停戦をして、できる限り早く同盟を結ぶべきだ。そしてこの事態を共有して、参戦を促すべきだ。もしも参戦が叶わないとしても、少なくとも背後から攻められる危険をなくすため、和平を結ぶべきだ、と力説した。
結果は虚しいものだった。
「その時、暁津島の国境の城を奪ったばかりでした。だから、このまま暁津島の王都まで進み、降伏させてしまえば同盟など必要ないと我が従兄殿は言うわけです。しかし差し迫った敵に対応する時にそんなことをしていては遅すぎる。それに力尽くで他国を従属させても、内部に敵を抱えるだけだ」
だから高延はその日のうちに自分が王になったのだと、常磐は二日前の質問の答えをようやくもらった。
自分が王になると決めて行動に出た高延にとって意外だったのは、先王の味方をする臣下がほとんどいなかったことだった。
「暁津島では私がたった一日で王都を制圧したと話が流れているようですが、制圧もなにもないですよ。私が王になると宣言して、多くの臣下が支持してくれた。それで先王には穏便に退位してもらっただけです。まあ従兄殿には少しだけ、自由な外出を控えてもらっていますが」
どこまで本当なのか、高延は政変劇について軽い調子で話す。
「そういうわけなので、常磐姫、門脇殿、どうか前向きに同盟の検討をしていただきたい。お二人からの進言なら、きっと暁津島王もお聞き入れくださるでしょう」
門脇は厳しい顔でうなずいた。
「今の戦況はどうなっていますか?」
「最初の上陸を押し返すことができました。こちらからは深追いをしていません。私達は海での戦いに不慣れなので。その後、向こうは他の上陸場所を探しているようなので、監視を続けています。本格的な戦いはこれからとなるでしょう」




