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兵装の姫君、救国の王妃になる  作者: 松花春芳
言葉よりも大切なこと
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言葉よりも大切なこと ③

 食事を終えて、あとは寝るだけとなった。


「高延様、少しだけ話をしてもいいですか」


 仕切りの戸をわずかに開けて、常磐は声をかけた。


「あなたから開けるとは思わなかったな」


 すぐに高延が戸のそばに来たので、常磐は半分だけ戸を開けた。


「どうしたのですか? なにか心配ごとでも?」


 常磐は自分から声をかけたものの、なんと言おうかとしばし迷う。


「こちらに来ますか?」


 ためらう常磐を見て、高延が招く。門脇に話を聞かれたくないのもあって、常磐はうなずいて高延の部屋に入った。


「今日、この国の様子を見ていて、申し訳なくなりました。これは暁津島としての正式な謝罪ではありませんが、私の気持ちを伝えておきたいと思って」


「申し訳ないとは、どんなことが?」


 それは今回の八雲との争いの発端になった水のことだ。


 ここまでの道すがらで、八雲がいかに田畑の少ない国かというのが目に見えてよくわかった。


 争いの発端は川の上流に位置する暁津島側の里が水を取りすぎたからで、そのせいで下流にあたる八雲の里ではその年、実りが少なくなってしまった。


 そのことは争いが起こった当初も申し訳なく思っていたが、正直なところ、里の一つ実りが悪かったくらいで国全体に影響が出るものではないとも思っていた。


 暁津島は国土の大半が平地で、一つの里の実りが乏しくとも、他の地域で足りない分を補填できるからだ。


 しかし実際にこの国を見て、八雲にとって一つの里の実り不足は大きな打撃なのだと実感できた。いくら山の幸があるとはいっても、保存に適した米の収穫は欠くべからざるものだろう。


 常磐は争いの発端となった水のことが、改めて申し訳なくなった。


「国としての謝罪を私が勝手にすることはできませんが、同盟が成ったならば、父に進言して、きちんと里に謝罪を伝えたいと思います」


「謝罪など必要ありませんよ」


 静かに常磐の話を聞いていた高延だったが、軽く言った。あまりにも軽い口調なので、真剣に聞いてくれていないのかと思ったくらいだ。


 だが顔を上げると、眉を下げた高延がいた。


「あなた方はもう謝罪よりも大切なことをしてくれた。暁津島の里が別の水源から水を引くようにしたことですよ。相当の人手と労力が必要なことだ。争いの元を断つために、あなた方は言葉ではなく行動で示してくれた。それだけで十分です。里の者が書いた感謝の文を、あなたも見たはずだ」


「見ましたが、それでもけじめは必要です」


「お互い様ですよ。私達のほうだって略奪行為をしていますからね」


 そこで高延は目をそらして、「困るな」と呟いた。


「この旅が終わるまでは我慢しようと思っていましたが、無理みたいだ。一つ聞いてもいいですか? あなたとおれのことだ」


 さっきまで距離を空けていた高延が間をつめて、常磐を見つめてくる。


「おれの妻になってもらえますか?」


 高延の目があまりにも熱っぽくて、常磐は胸が苦しくなる。


「同盟を結ぶためじゃない。国のためでもない。ただあなたがほしい。おれはあなたと人生を歩んでいきたい」


 高延の腕が伸びてきて、抱きすくめられそうになる。


「その返事は、待ってください」


 常磐はなんとか押し返した。いつも自信たっぷりな様子の高延の瞳に影が差す。


「おれでは、あなたの夫に役不足ですか?」


「違います」


「なら、まだ父君に遠慮を?」


「いいえ。あなたを夫にすることが暁津島にとっても有益だと思います。でも今一番大切なのは、同盟を成すこと。父や臣下達に、私達の関係が先にあると思われたくないのです」


「今さらという気もしますが。あなたの部屋をおれのとなりにするのを門脇殿も黙認するくらいだ」


「そうかもしれませんが、それでも順番は大切です」


「言いたいことはわかりますよ。ただでさえも父君はあなたを手放したがっていない。だけどおれが聞きたいのはそういうことではなく、あなたの気持ちだ」


 高延がすぐ間近で顔を覗き込んでくるので、常磐は頬に熱が上がってくるのを感じた。


「私の気持ちは、聞かなくてもわかるはずです」


 常磐だって高延の妻になるとすぐにも誓いたい。でも気持ちを口に出すと、自分が決定的に変わってしまうような気がして怖かった。


「昨日の熱い夜のあとなら、ということですか?」


 高延が耳元で囁くので、常磐は体を引いた。


「本当に、やめてください。あなたのそういう、すぐ人をからかうところ、好きではありません」


 高延の熱をそばに感じると体が燃えるようだ。


「すみません、からかうつもりではないのですが。でもよかった、焦れているのはおれだけではないようだ」


 そんなことを言うので、また頬に熱がのぼってくる。


「あの、私も一つ聞いていいですか?」


「なんですか?」


「今日、もしもあのまま私が暁津島に帰ったら、どうするつもりだったのですか?」


 高延はかすかな笑みを浮かべる。


「どうするもなにもありません。あなたは暁津島に帰って、同盟に向けて動いてくれるだろうと思っていました」


「私のこと、信じてくれたのですか?」


「信じるというか、あなたはきっと同盟のために動いてくれると思っただけです。たとえ、おれの妻にはなってくれないとしても」


 そんな言い方はずるい。常磐は否定せずにはいられない。


「妻にならないとは、言っていません」


「そうですね、あなたはすぐに戻ってきてくれた。さすがに、あそこで兵を相手に演説を始めるとは思わなかった。あれには驚きました」


「あれは、高延様のお陰です」


 あの時、高延が引き止めなかったから、信じて手を離してくれたから、常磐は自分の姿を知ることができた。集まってくれた兵士達を前に、やっと自分の力を信じることができた。


「仕方ない。妻になる気はある、ということらしいので、旅の間は節制することにします」


 そう言いつつも、高延は常磐の腕をとると自分のほうへ引き寄せる。常磐は思わず目を閉じた。口づけされると思ったのだ。


 でも高延は常磐の唇ではなく、額に口づけてくる。


「今夜はこれで我慢します。それに旅の間、なるべくあなたから離れていることにしますよ。ついこうして触れたくなってしまうので」


 高延は常磐を離すと、なにごともなかったように自室へ戻るよう促す。


「では、ゆっくり休んで」


 あっさりと高延は戸を閉めた。


 たった一枚の戸でも閉めると高延の気配は消えてしまう。常磐はほっとしつつも寂しかった。たった数日なのに、すでに高延がそばにいることに慣れてしまった。


 高延がとなりにいないことが物足りない。


 その夜、常磐は熱い体を持て余して、なかなか寝付けなかった。



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