波紋 ③
山城を出て、国境となる川の手前までやってきた。
橋の両端に門が建てられている。谷尾が指示を出し、門番の兵士が開けてくれる。開けられた門の横に谷尾が立った。
「ここまでありがとう」
谷尾に声をかける。
「どうぞお気をつけて」
こんな時でも谷尾はしれっとしている。
門脇とともに橋へ出ると、すぐに門は閉まった。代わりに橋の向こう側、暁津島の門が大きく開く。その向こうにはたくさんの兵士達、高台から見ていた時はわからなかった一人ひとりの顔がはっきり見える。
常磐は顔を上げて先に歩き始める。そして暁津島の手前まで来た時、立ち止まった。後ろを歩いていた門脇がなにごとかと常磐を見てくる。
心を落ち着けようと深く息を吸い込んでから、常磐は口を開いた。風と川のせせらぎに負けないように大きく声を張った。
「みなさん、ここまできてくれてありがとう。私はこのとおり元気です。みなさんが私のことを心配して集まってくれたことを、うれしく思います」
自分では冷静なつもりだが、心臓はものすごい勢いで鼓動を打っていた。
「後ろの人まで私の言葉が伝わるように、どうか伝言してください」
常磐の要望を受けて、前のほうから後ろの兵士へと伝言が始まる。
「八雲とは今回のことに限らず長い年月、争いが続いていました。私はこれまでみなさんが国境を守ってくれたことに深く感謝しています。しかし八雲との争いはもう終わりにしたい。この国境の防衛に人手を割かなくてもいいようにしたいのです」
兵達の反応を見ながら、そこで一度話すのを止めた。伝言が行き渡ったらしいのを確かめてから、また話し始める。
「そのために、これから私はもう一度八雲に入ります。和平を成すためです。そうすればもう八雲と争う必要はなくなります」
後ろのほうへと申し送りが進むたび、どよめきがあがる。
「しかし和平が成っても、戦の心配がなくなるわけではありません。今、西の大陸ではムクリという異民族が勢力を広げ、西の海を渡り海沿いの国、黒瀬を脅かすまでになっています。これは対岸の火事ではありません。黒瀬と八雲が倒れれば、次は私達の番です」
ムクリの侵攻は兵士達にとって初めて聞く話だろう。昨日高延から聞いた時の常磐のように、不安なざわめきが広がる。
常磐は顔を引き締め、さらに声を張った。
「これから私は八雲の高延王と、門脇殿とともに、ムクリの脅威を見てきたいと思います。そしてその脅威が確認できたなら、速やかに八雲と強固な同盟を結びたいと思っています」
そこで一度間をとった。ここからが肝心だ。
「同盟が成れば、私達もムクリの侵攻を阻むため、戦列に加わることになります。新たな戦いをみなさんにお願いすることはとても心苦しい。それに敵だった八雲とともに戦うことに抵抗がある人もいると思います」
常磐もそうだ。最初は高延を信じられなかった。
「しかし新たに王となった高延王は私達との和平をお望みです。私はこれまでのわだかまりを捨てて、新たな王政となった八雲と信頼を築きたい。そして、八雲とともに黒瀬を助けることが、ムクリの侵略を阻む一番よい方法だと思っています」
川向うの兵士達を見回した。
「これは命令ではありません。私からのお願いです。同じ思いをみなさんとも共有したい。異議があるなら、どうぞ声を上げてください」
言い終わると、常磐は最後尾まで伝言がいきわたるのを待った。
常磐の話を伝えるための声が次第に離れていき、小さくなる。常磐から広がる半円の人だかりは、中心ほど静まり返っている。誰かが異議を唱えるかと、みんなが黙って様子を見ている。
恐ろしいような静けさが半円を満たした。
そのあとに、最後尾から順に歓声が湧きおこってきた。
それは地響きのように近付いてきて、ついには常磐の眼の前まで届いた。
常磐は信じられないものを見る思いで、兵士達を見つめた。言葉にできないほどの衝撃に包まれていた。みんなが常磐の訴えに思いを返してくれる。
兵士達の歓声、手拍子、常磐の名を呼ぶ声、それらが渾然となってあたりを満たしている。
よかった、みんな賛同してくれるのだ、そう思って門脇を振り返った。
と、そこにはなんとも情けない顔をした門脇がいた。
「姫様……」
「やだ、そんな顔して」
「常磐様こそが王に相応しいとは言いましたが、なぜそう唐突に飛び立ってしまうのか。まずは王都に戻り王にご相談してから」
「でも門脇殿」
常磐は遮って反論した。
「黒瀬はすでに一月、ムクリの侵攻に耐えているのですよ。手を貸すならば一刻でも早くやらなければ」
門脇は渋い顔になる。
「八雲に戻るのですか?」
「そのつもりです。……一緒に、来てもらえますか?」
「もちろんです。しかし、少しお待ちください。王に姫様は無事であることを伝えなければ」
門脇は橋の向こうから自分の側近を呼ぶと、王に『常磐姫は無事。八雲と今後のことについて交渉中である』と伝えるように指示した。
「急がなくていいぞ。姫様と西の海を見て戻ってくるまでに数日はかかる。早馬なんぞ使わなくていい。ゆっくりと行け」
そして門脇の出した使いは、指示どおりのんびり王都へと向かった。




